第3話
5分ぐらい経ち、泣き止んだロベリアは先程姉から受け取った本を開き、ページをすごいスピードでめくる。切り替えるの早いな。普通ならもう少し引きずるものだが。
彼女はこれでしっかりと読めているらしい。こういうの速読って言うんだっけ。
「ふうん、お姉様のわりには、まあまあ面白いの選んできたね」
「どんな話なんですか?」
「まあ話というより資料に近いわね。急に戸籍のない人物が大量発生した事件の記録よ。」
「へえ、面白そうですね。読んでみていいですか?」
「全然いいよ。ていうかそれより、洗濯は大丈夫なの?」
「あっ!忘れてた……すぐ行ってきます!」
急いで階段を駆け下り、洗濯物を干しに行く。
その後、書斎に戻れたのは仕事が終わって、1時間経った21時だった。
ロベリアに本を貸してもらおうと、書斎の扉を開けるとロベリア以外の先客がいた。
「あれ、ヒュウガ?どうしてここにいるんだい。ここの掃除は君の仕事ではないだろう?」
「ヒマリお嬢様……今回は私用であります」
ヒマリ、三女で自分と同じ13歳。黒髪を肩まで伸ばして、髪と同じ色のワンピースを着飾っている。顔は例外なく美人。さっき話した内容は4年前に、自分が間違えて書斎の掃除に来たことをからかっているのだ。
「ふぅん……。まあ学をつけといて損はないからね」
「はい、ありがとうございます!」
「いや、私に敬語は使わなくていいって、いつも言っているだろう……」
彼女は、プライドが高い人が多い貴族にしては珍しく、使用人の立場は自分と対等だと考えている。それと……
「あの、ヒュウガ……」
「どうなされました?」
「ロベリアの事なんだが……、いつも仲良くしてくれてありがとう。あの子、家族のことが苦手みたいでね。君がいてくれて本当に助かっている。本当にありがとう」
彼女はロベリアの事を心から大事に思っている。だから俺に会うたびに礼を言う。
「いえ、そんな。僕はただ一緒に話してるだけで、とても助けになっているとは……」
「そんなことないさ。あの子はいつも君と一緒にいる時間が一番楽しいって、そう教えてくれたよ」
「えぇ、いやそうなんですね。えぇ」
もとより思いやりの気持ちが強い人だ。父親の態度には納得がいかないだろう。家族が苦手と言う時に少し目が鋭くなった。
それと反対にロベリアのことを聞いた俺は、人に見せれないほどニヤケまくっていた。
「そうだ、礼と言ってはなんだが、君に明日から一週間休みをくれるか父上と掛け合ってみるよ。たぶん大丈夫だと思うから楽しみにしておいて」
「本当ですか!ありがとうございます」
俺は頭を深く下げ、感謝の意を示す。
本当によくできた人だ。
この家ははっきり言って選民思想が強い教育をされている。とてもこの考えに行き着けるとは思えない。一体どんな経緯で、辿り着いたんだろうか。
経緯を聞こうと思ったが、やめておいた。使用人ごときがそこまで干渉するのはマナー違反だ。
「おっと、ロベリアに用があったんだろう。それならこれだろう、預かっておいたよ」
ヒマリは朝にロベリアが読んでいた本を差し出してくる。ちゃんと表紙がこちらの向きになるようにしていて、小さな気遣いが身に染みる。
「ありがとうございます」
感謝の言葉を伝え、丁寧に両手で受け取る。集中できる自室で読むことにしよう。
「それでは僕はこれで、失礼しました」
「あぁ、おやすみ。ロベリアのこと大事にしてあげてね」
黙ってうなずき、扉を閉めた。廊下を引き返し、階段に向かう。今度はカルミアの時みたいにならないよう、人がいないか警戒する。
ゆっくりと足音を殺し、気配を消して階段を一歩ずつ降りる。人の気配を探りながら慎重に一歩、一歩。
なんとか誰ともすれ違わずに階段を降りれた。あとはそのまま左にまっすぐ進めば、自室にたどり着く。だが、それを遮るイレギュラーが発生した。
明かりに照らされた淡いピンクの髪を見て、その正体を一瞬で察する。
「セーネ……どうして俺の部屋の前に……」
セーネ。四人姉妹の長女で17歳。夜の灯りに照らされるセミロングの髪を弄り、飾り付けの少ない黒のドレスを着て、退屈そうに立っている。自分の中では一番苦手な相手だ。
だがいつまでも、こうして隠れているわけにはいかない。意を決して彼女の方に歩く。それに気づいたセーネは視線をこちらに飛ばし、口を開いた。
「ヒュウガ、またロベリアと一緒に遊んでいたらしいわね」
「いえ、遊んでいたといえば語弊があると言いますか、なんというか……」
「そんな話、どうでもいい。私は貴方に伝えなければならない事があるのよ。」
自分から話振ってきたくせに、急に話題を変えてくる。こういうところが本当に苦手だ。
「ロベリア、結婚するから」
「はぁ?」
いつもなら止めれる言葉も、止めれなくなるほどの衝撃が体を走った。