第14話
夢をみているような感覚だった。全く知らない人間の視点で、自分の意志と全く違う行動をする。それに加えぼんやりとした感覚もしたので、長い夢説に説得力を持たせていた。
「まぁ、現実だったんだけど……」
「き、貴様ぁ!何故生きて……立つことができている!?」
たしかにもう一人の俺、ヒュウガは体の内部が焼かれて死んだはずだった。全身の神経も焼けて立つこと自体が不可能のはず、目の前の男たちが動揺するのも当然だ。
正直、オレも驚いている。今まで何回も動かそうと試みたことはあるが、一切受け付けなかった。それなのに今になって動くようになった。ヒュウガが死にかけているから、深層にいる俺が出ざるを得なくなった……。
仮説を立ててみたが、確証はないからなんとも言えない。とりあえずロベリアの方を見ると、ちょうど彼女は口を開いた。
「ヒュウガ……いや、あなたは違う。誰……?」
うおっ、すげえ。すぐに別人ってわかるなんて、やっぱり愛の力か。軽い感動を覚え、胸の前で手を合わせようとした。
だが、立つときもそうだったが体を動かすときにもっさりとした感覚がする。長い間動かしてなかった弊害か、慣れ親しんだ体じゃないからか。
偏差値80の高校に入れた俺でも理由は分からないので、機敏に動くことは不可能ということだけを頭に留めておいた。
「怪我しすぎたんじゃねぇのか。おーいヒュウガ、聞こえてるか〜」
「お、お前……私を前に独り言とは……!」
「つーか指動かねぇし、どうすっかな〜……」
スランは怒りに身を震わせ、ズークは無言でこちらの様子をうかがっている。ただ二人共、こっちに何かアクションを起こそうとはしていない。
とりあえず腕から力を抜くと、偶然指がネックレスのちょうど石の部分に触れた。石は一瞬で砕け散り、地面に散らばってしまう。
光を反射する石がオレに文句を言っているようで、いたたまれなくなった。
「あっ、カルミアから貰ったのに……ヒュウガごめん……」
そう謝意を口で示し再度手を合わせようとしたとき、オレは違和感に腕を止めた。
もっさりとしていた体が、スッと動くようになっている。それにゆっくりと視点も高くなってきた。
「な、なんだ貴様!体が変わって……!」
「変身魔法、それは上級魔法のはず……いやそれより魔法が使えたのか!?」
両手を見ると欠損した部分が治っている。何度も握りしめ、異常がないか確認するがなんともない。
よくわからないが全身の怪我が治ったらしい。オレが出てきたからか、石の力か。おそらく後者だろうが、前者の可能性を捨てたくなかった。
くだらない自尊心は置いておいて、今のこの状況をパパッと解決してやろう、ヒュウガが目を覚ますまでに。
とりあえず唖然としているスランに喋りかけてやる。オレがこちらに反応を示したとわかった瞬間、ビクッと体を跳ねた。
「おいテメエ。魔法使いだってのにずーっと素手で攻撃してたなぁ」
「……!」
「本に書いてたぜ。身体強化魔法ってのは初級も初級ってなぁ」
オレの発言の意図を理解したのか徐々にスランの顔が赤くなっていく。思ったより乗ってきたので、トドメの一言をかなり巻きで言うことになった。
「もしかしてアンタ……魔法使いの中じゃ結構ザコい?」
「貴様ァッ!」
想像通りスランは拳を構えながら、こちらに跳んでくる。怒りに身を任せた直線的な行動。小学校からの積み重ねでわかったことだが、怒った人間はみんな同じ動きをしてきた。ようするに、
「予習済みなんだよッ!」
横に軽く避け、思いっきり腹を蹴り上げる。柔らかい腹に鋭く突き刺さる。だが身体強化のおかげか宙に打ち上げるまではいかなかった。
なので足を素早く引いて足の上に乗っかったスランを落とし、次はサッカーキックと同じ要領で顔面を蹴り飛ばす。
「ごふぁっ!」
「おいおい、この程度で音上げんなよ」
地面に仰向けになって、がら空きになった喉へ足を乗せる。ゆっくりと体重をかけ、ズークの方に少し視線を移し、すぐにスランの方に戻した。
「なんか別の魔法使わねぇのか。もしかして使えねえのか?」
「ぐほっがほっ……!」
「あぁ、悪い。緩めてやるよ」
反論を聞こうにも肝心の喉を潰していては聞けないので、足をどかし言語機能を確保してやる。スランは荒い呼吸をし、振り絞るように喋りだした。
「貴様ぁ……私があんなしょぼい魔法しか使えっ……がっ?」
「やっぱいいや、だいたい推測できたし」
両足で喉に飛び乗るとバキッととてもいい音がした。念入りに何度も跳んだが、その度に気持ちのいい音がする。クセになるのは怖かったので、六回で止めておいた。
ひとまずこれで死んだだろう。えらくあっさり殺せてしまったので、あまり実感はなかった。
魔法を使うので命がけの戦いになると思っていたが、拍子抜けだ。
だが、今はそんな事はどうでもいい。ふぅと息を吐きズークを首だけ動かして見た。
ズークはロベリアにナイフを突き立て、人質に取っている。別に予想できたので驚きはない。ただこの状況をどうするかは考えていなかった。
「き、貴様!それ以上こちらに来たらこいつを殺すぞ!」
「あー、マジか」
別に近づこうがロベリアは殺されないだろうが、彼女の心に残る傷を考えると現実的な案ではない。
だがしかし、こういうときに限って好奇心が湧いてくる。魔法って俺にもできるだろうか。
どうしようか、この土壇場で軽率な行いは憚られる。しかしこの状況を打開できるかもしれない。
好奇心と理性がぶつかり合った結果、好奇心が勝った。
オレはヒュウガが読んだ本の内容を思い出しながら、動きを再現する。
まず胸の前で握り拳をつくり、真ん前に突きだした。ズークとロベリアはそれを唖然としながら見ている。
意味を理解していないなら都合がいい。照準をズークの顔に合わせた。
そして手から炎が吹き出すイメージで、勢いよく手を開く!……その時、魔法の使ったことのないオレでも明らかにヤバい感じがした。
「ロベリア伏せろっ!」
「えっ……!?」
ロベリアが伏せたのを確認する前に業火が目の前を覆い尽くす。急いで手を閉じて炎を止めようとしたが、炎の勢いが強すぎてどうしても閉じれない。オレはただ絶えない炎を眺めることしかできなかった。
一分ぐらい経つとだんだん炎の勢いが弱まっていく。なんとか手を閉じ炎を止めたが、目の前は煙だらけで視界は相変わらずゼロだった。
もしロベリアも一緒に焼かれていたらどうしようか。嫌な可能性が次々と頭に浮かんできた。
急いでロベリアの安否を確認する。煙が晴れて灰だらけの景色が露わになっていく。森はそっちの方向だけまっさらに消えていた。
ロベリアを探していると、ひとつ目を引くものがあった。
灰の原の中で一際大きな灰の塊が。
やっぱり間に合わなかったのか。唇をかみ、自身の軽率な行いを思い返す。
どう考えてもあの場面は命だけを優先させるべきだった。しかしオレは彼女の心的外傷を言い訳に好奇心を優先させた。
震える手で灰を掴む。すると柔らかい感触がした。肉片が少し焼け残ったと思ったが、灰をかき分けていくとそれが間違いということがわかった。
「んっ……んん……」
「……マジか」
柔らかい感触の正体はロベリアの頬。彼女は灰を全身に被っただけだった。俺の言葉は届いていたらしい。
安心して腰の力が抜けると思いっきり尻もちをつく。すると灰が舞い上がってオレの体にかかった。衝撃に反応したロベリアは咳き込みながら、ゆっくりと起き上がってくる。
「けほっ……あなたは……」
「あー……オレは貴浩……って言ってもわけわかんないよな〜」
首を下げると頭をかこうとすると、あのときのもっさりとした感覚に戻っていた。体も縮んでいくのを自覚すると、異常の理由がわかった。
「あ〜……ヒュウガが目を覚ましてきたな」
「目を覚ました……どういうこと。二重人格なの?」
説明をしようとしたがあまり時間がない。とりあえずヒュウガの目的だけは果たしてやるとした。
「ロベリア!森から出よう!」
「えっ……いや説明を……」
「いいから!」
ロベリアの腕を強引に引いてもっさりとした感覚の中、木々の間を抜ける。
煙や木などの邪魔するものがない外は、太陽の光がとても眩しかった。
それを全身で享受しながら飛び込むように地面に倒れ込む。もちろんロベリアの腕を離してから。
「あっ!だ、大丈夫……です、か」
「あ〜……大丈夫、大丈夫だから。とりあえずヒュウガ起きたら街まで行って」
笑顔をつくりながら、そう促す。次に出れるのがいつか分からないが、ひとまず休みだ。次の出番まで羽を休めよう。
「わかりました……あの、ありがとうございました」
意識が遠くにいく感覚がしてくる。死ぬときと似た感覚だ。
その時と違う点を上げるとすれば、とても安らかな気分なこと。それに一種の満足感さえある。
(おいヒュウガ。オレがこんなに頑張ったんだから絶対に幸せになれよ)
夢に戻る直前、最後に思ったことはヒュウガへの激励だった。




