第12話
セーネ、フォレスター家の長女。主人側につくのが自然なことだけど自分たちを騙したことに変わりはない。だが湧いた感情はセーネへの怒りではなく自分への失望に近い感情だった。
都合の悪い情報を見ないふりをした自分に責任がある。それが理由なのだろうと、自分の中でこのことに区切りをつけるためにとりあえずの結論を出した。
だというのに無意識に自分の頭はセーネの不可解な行動を思い返す。
なぜセーネは俺にロベリアの結婚を教えたのか。逃げる手伝いをするなどと言ったのか。今の状況と矛盾する疑問が頭の中を循環する。
カルミアの方を見やると、彼女も考え込んでいる。
そうやって二人ともしばらく押し黙っている中、先に沈黙を破ったのはカルミアだった。
「それで、どうするわけ。色々と計画が狂ったけど」
「とりあえず、ロベリアを外まで連れてきてくれ」
「……どういうこと」
今まで聞いたことのない冷淡な声に面食らいながらも、言葉を続ける。
「今すぐここから逃げる。俺は森の前で待機するから。早く呼んできてくれ」
「……それは本気で言ってるの」
「もうほかに逃げ道もないし、こっちの行動は筒抜け。それなら今すぐ逃げたほうがいい」
監視がある中、すでにバレてる経路で逃げたところですぐに追手が来る。しかし今から考えても間に合わないのでこれしかない。
彼女も事情はわかっているので、それ以上は追及してこなかった。
「ロベリアは自分の部屋にいるはずだから、外に連れてきてくれ」
「いや、さっき部屋を見たけどいなかったよ」
「えっ?」
そんなはずはない。ロベリアは自分の部屋で荷造りをすると言っていた。動揺する俺にカルミアは冷静に返した。
「まぁ、行動範囲は絞れてるからすぐに見つかるよ。先に待ってて」
「わ、わかった」
言葉に詰まりながらもどうにか返し、玄関に急いで走る。荷物を取りに行きたいが、計画が狂った以上取りに戻る暇もない。カルミアが連れてくるまで時間がかかるとはいえ、あの重さのものを一人で持ってくるのも不可能だし、取捨選択をする時間もなかった。
勢いのまま玄関を飛び出し、一応の合流地点へと走る。当然息は切れてくるが、このあともっと走ることになるのである程度は体を慣らしておきたい。
そしてしばらく走って見えた光景はありえないものだった。
合流地点に俺の部屋にあるはずのカバンが置かれていたのだ。事前に俺が置いたわけでもないし、アオイが持って来たにしても底は汚れていない。あいつが持って来たとしたら引きずるしかないのに。
なんとも不可解なものだが、今の自分が誰がカバンを運んできたかを考えても仕方がない。
とりあえずカバンを開き、中を確認する。中はアオイと一緒に詰めたときと変わっていない。試しに持ち手を掴んで上に引っ張り上げたが、びくともしない。
この重さでは追われながら逃げ切るのは難しい。ほとんどのものを切り捨てるのが現実的だろう。火炎瓶は一本だけ残し、それ以外は全部地面に捨てた。
少々名残惜しいがかなり軽くなった。これで少しは逃げれる可能性も上がったと思いたい。カバンを左手に持って軽く深呼吸をする。
いま冷静になってみると、最初ここにカバンがあるのが不可思議なことだと思ったが、アオイがヒマリに頼めばいいだけの話だ。不可思議なことではない。
だが新たな疑問、というよりは本来先に出るはずの疑問が頭に浮かんできた。
なぜカバンがここにあるのかということだ。俺より先に置かれていたということは、置いた人間は俺が今逃げると予測していたことになる。
だがそれは不可能だし、万が一予測出来たとしてもその旨は俺に話すだろう。玄関からここまでに誰ともすれ違わなかったということは、俺が屋敷の中にいるときに話す機会は絶対あったはずだ。
謎は深まるが、これ以上考えていても仕方がないことに違いはなかった。
そう考えを打ち切った直後、後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ヒュウガ!」
「お嬢様、その格好は……」
いつもの服装とは違って、動きやすい姿をしたロベリアがこちらへと駆け寄ってくる。息が切れてかなりしんどそうだ。でもこれからさらに無理をしてもらわないといけない。
「お嬢様、カルミア様から話は……」
「うん、ヒュウガ……ありがと」
軽く微笑むロベリアの顔をなぜか直視出来ず、思わず顔をそらしてしまう。心配そうに覗き込んできたのを手でやんわりと制し止めた。
「ヒュウガ、もし捕まったらあなたは……」
「大丈夫です、私たちは捕まりません」
こんな見え透いた気休めの言葉でロベリアが安心するとは思えない。それでも言葉をかけずにはいられなかった。何か声をかけないと、彼女から光が失われるような気がして止まなかった。
「ロベリア様、走れますか」
「大丈夫だから、私のことは気にしないで……」
そうは言うが、あまり外に出れなかったロベリアは動くのに慣れていない。ここに来るだけで足は震えており、目尻には涙が浮かんでいる。走らなければいけないとはいえ、無理をさせるのは心苦しい。
「手、絶対に離さないでください」
「うん……」
はぐれないよう俺の手を握る姿はとてもこの年齢の子供にさせるようなものじゃない。少しの後悔が頭をよぎるが、なんとか振り払いロベリアの手を強く握り返す。
ゆっくりと向かうべき方向へ歩き、少しずつペースを上げる。生きた心地はしないけど彼女の手の温もりが俺が生きていることを証明していた。




