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僕は異世界で元気です。  作者: 七色雨
使用人編
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第10話

 次の日の朝。アオイをセーネに預けた俺は書斎にいた。理由は、ロベリアに別れの言葉を告げるためだ。


 監視の目にそれが映れば、少しは警戒が薄くなるかもしれない。

 それに早く話せれれば、そのぶん話す時間も長くなって、効果もよりあるだろう。だが、一向に彼女が来る気配がしない。


 もしや予定が変わり、ウッダー家に送るのが今日になったのか。あの主人の事だ。ありえない話ではない。


 そうでなくてもいつもならいる時間だ。何かあったかもしれない。早く見つけるために、勢いよく書斎の扉を開ける。

 そのときに扉が何かにぶつかったのか、鈍い音が響いた。扉の構造上、基本ぶつかるのは壁しかない。

 だが例外はある。例えば人とか。


 まずい。もしぶつけたのが主人だったら、作戦決行の前に打首だ。だがここで逃げても意味はない。素直に謝れば、まだ許してくれる可能性がある。

 主人じゃありませんように。心のなかでそう唱えながらドアを閉めて、相手を確認する。


 だが想像とは全く異なる人物が、こちらを恨めしそうに睨んでいた。


「……なにか私に言うことあるでしょ」

「申し訳ございません……ロベリアお嬢様」


 ぶつけたところをさすり、不機嫌そうに頬を膨らませている。怒りを抑えられないのか、謝罪の言葉を無視して、言葉をぶつけてくる。


「探してたのにこんな仕打ちって……。迷惑かけられてたのは分かるけど、ここまですることないでしょ?」

「あぁいや、そういうわけじゃ……本当に申し訳ございません」

「……まぁ、もういいわ。一応会えたし。話すには丁度いい場所だしね」


 そう言い、改めてこちらに向き直す。少し緊張しているのか全然目が合わない。探していたと言ってたので、話の内容はだいたい想像がつく。


「私、明後日嫁ぐの。ていうかもう知ってたわよね。お父様が伝えておくって言ってたし」

「……はい。直接言われました」

「そっか。あのお父様でも有言実行はするのね。少し見直したかも」


 予想通りだが、やはりいい気はしない話だ。彼女の笑顔で皮肉を言う姿は、痛々しくて見てられない。明らかに空元気だ。

 何も出来ないもどかしさで、次の言葉が思いつかない。


「まぁ、そういうわけだから。最後に話しておこうって思って。ほら、今まで迷惑かけたし」

「いえ、そんな……。私はお嬢様と一緒にいて楽しかったです。出来る事ならずっと仕えたかったです」

「本当?お世辞でも嬉しい、だけど聞きたくなかったわ。そんなの聞いたら未練が残るから」

「……申し訳ございません」

「謝らなくていいって。別にヒュウガが悪いわけじゃない、悪いのは父よ」

「……」


 監視のことを考えたら否定するべきなのだろう。だがそれを言う勇気が湧かない。彼女を否定する勇気が湧かない。

 自分の弱さが嫌になる。でも彼女はそれを責めない。作戦のことを知らないからじゃなくて、俺に一切期待してないからだ。

 でも、その卑屈な考えはすぐに次の言葉で覆された。


「……ねぇ、ヒュウガ。私のこと連れ去ってくれない?」

「えっ?」

「冗談だよ。そんなことしたらヒュウガ殺されちゃうし」


 一瞬ヒヤッとしたが、冗談だったらしい。手で口元を押さえ、ふふっと可愛らしく笑っている。

 でも、それを言ったときの眼は本気に見えた。自意識過剰かもしれないけどそう見えた。

 だから俺は調子に乗って言ってしまった。


「もし」

「……何?」

「もし私が本当に、お嬢様を連れ去ったらどうしますか?」


 今度はしっかりと目を合わせ、はっきりと声に出す。ロベリアは少し悩んだように視線を上に外し、またこちらの方に向ける。


「別に。その時に考えるぐらいでいいでしょ」

「……そうですか」

「まぁ、そんなことありえないだろうけど」


 また口元を手で押さえ、儚げに笑う。


「もしそうなったら楽しいだろうな〜。お嬢様じゃなくて、普通に働くの」

「……私もそう思います」

「へぇ、それじゃあ駆け落ちしたときよろしくね」


 いたずらっぽくそう笑う彼女の眼はさっきと同じだ。でも今度は俺からは何も言わない。言葉を返すべきなのに何故か言えない。

 そうしてる間に時間は来たようで


「あっ、荷造りしないだから、部屋に戻るね」

「そういうのは使用人の仕事ではないのですか?」

「私に人を割けるわけないじゃない。自分でするようにって、父から直接言われたわ」


 卑屈そうに笑う。今日の彼女はよく笑うが、どの笑顔にも陰を感じる。


「それなら私が……」

「大丈夫。見られたくないのあるから」

「あぁ、そうですか。申し訳ございません、出過ぎた真似を……」

「だからいいって。こっちこそゴメン。せっかく気使ってくれたのに」

「いえ、大丈夫ですよ」


 ていうかあの野郎、普通自分の娘に荷造りさせるか?使用人はいくらでもいるだろうに、ケチもここまで来るか。


「まぁ、明日出発するときに会えると思うから、そのときは絶対に来てよ。命令だからね!」

「分かりました」


 彼女からの命令は初めてだ。そうするほど俺に来てほしいのだろう。嬉しさと不安が混ざって複雑な気分だ。


「それじゃ。一応言っとくけど、部屋入ってこないでよね」

「承知してます」


 そう言って彼女は自室の方に歩いていく。その姿が見えなくなるまで、俺はその後ろ姿を眺めていた。

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