第9話
午後11時、本来ならすでに寝ているはずのアオイが、今は自室の椅子に座っている。こいつもセーネと話をしたいらしい。今はセーネが来るまで待機だから、寝ててもいいのだが。
「アオイ、別に寝てていいぞ。セーネが来たら起こしてやるから」
「大丈夫!むしろ兄ちゃんこそ寝ておきなよ。ロベリア姉ちゃんのために、今は充電しないと!」
「十分出来てるよ、お前のおかげで」
「……なぁ、なんで予定が変わったのか。どんなのでもいい。お前の考えを聞かせてくれ」
6歳に何を求めているんだ。そう言われそうだが、今の状況が状況だ。藁にすがることぐらい許してくれ。
「まあ、そうしたってことはなにか不都合か、好都合なことがあったって事だろうけど。結婚先に何かしらの良いことがあったから、自分たちも早くそれにあやかろう、とかかな」
「なるほどな、ウッダー家に何かがあったか……」
こいつ本当に6歳か。一番可能性が高い答えを出してきた。もう一つ気になることがあるのでそれも聞いておく。
「あいつ、別れの言葉をかけて来いって言ってたよな。これって既に、ロベリア自身が嫁ぐことを知ってるんじゃないか?」
「たしかに。そうじゃないと別れの言葉を言っても、よ噛み合わないだろうし」
「じゃあ、ロベリアは結婚の事を知ってるって事だよな」
「それじゃあ今すぐにでも逃げようよ!事情を説明する手間も省けるし……」
「残念ながら、それは無理ね」
急に女性の声が横から入ってくる。それを聞いたアオイの表情は明るくなった。その声の正体はもちろん、
「セーネ姉ちゃん!おかえり」
「はいはい、ただいま。それより二人共、最悪の状況らしいわね」
「らしいわね、じゃなくて。何で今逃げたらダメなんだ。もう時間がないだろ」
「あの子の監視、人力になってたわ。今日、ロベリアと出かけてたらずっと尾けてくるやつがいた。魔法の方の監視も正常に戻ってたし」
「マジかよ、最悪だ」
さらに状況悪くなってんじゃねぇか。これはかなりマズくなってきたぞ。セーネが魔法を書き換えても、人がやっているなら意味はない。
「そんなことより、計画のことだけど……明日の午後10時にしなさい。タイミングはここしかないわ」
「えぇ、明日ぁ!?兄ちゃんまだこれだけしか作ってないのに!」
アオイがカバンを開き、その中を指差す。火炎瓶、手榴弾、閃光弾、はっきり言って、魔法相手には決め手に欠けるものばかりだ。
だがそれを見てもセーネは特に心配した様子もなく、
「それだけあれば十分よ。それより計画の説明をするわ」
「えっ…あぁ、おう」
突然振られたので、変な返しになる。こうやっていきなり話を変えてくるの、本当に苦手だ。自分の対応力のなさが浮き彫りになる。
「当日の夜に私が監視魔法を書き換えて、カルミアとヒマリが人の方を止める。あなた達はその隙に窓から逃げなさい」
「姉ちゃん、俺はどうすればいいんだ。俺も兄ちゃんの力になりたい」
「アオイは……そうね、屋敷中の灯りをつけておいて。少しはカモフラージュになるかもしれないから」
「うん、わかった!」
敬礼のポーズをとり、歯を見せて笑う。いい笑顔だ。それを見たセーネも少し口元が緩む。こいつも家族のことが大好きだ、ヒマリと似ているな。いやまぁ……この姉妹は全員、家族のこと大好きなんだろうけど。
緊張が少しほぐれる。やっぱりアオイって、すごい力を持ってるんだな。
「ヒュウガ、家を出たら森の中に入ってずっと真っ直ぐ進んで、森を抜けたらこの国も抜けてるから。絶対に森の中から出ちゃダメよ、分かった?」
「あぁ、分かった。サンキュー」
「これだけは言っておくけど、追手が来ても戦わず、逃げる。絶対に戦うなんて考えないこと、いいわね」
「……分かったよ」
返事をするが、セーネはこちらを一切信用していない目で見てくる。たしかに戦おうとか少しは思ったけど、時間稼ぎ程度だ。それに本気じゃない。だからそんな目で見るな。
「……まぁ、計画通りには動きなさい。今日はこれで終わりよ」
「あぁ、分かった」
「姉ちゃんありがとう!」
「……早く寝なさい」
自分の桃髪を軽く撫でて、照れたようにそう言うと、部屋から出ていった。セーネが扉を閉め忘れていたので閉めて、扉の前に重たい机を移動させる。主人側の誰かがカバンを見る可能性があるからな。わずかな可能性でも、出来る限りは潰しておきたい。
アオイの方を見ると床に自分の布団を敷いていた。ベッドの下に、予備の布団を直してたのを見つけたのだろう。敷き終わると布団に寝転がり、すぐに大きな寝息をたてる。年齢を考えたら、かなりの無理をしていたのだろう。
俺も早く寝ないとな。部屋の灯りを消し、アオイを踏まないように歩く。音を立てないように、ゆっくりとベッドの上に寝転がる。眠りに落ちるまでに大して時間はかからなかった。




