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第0話

 退学になった。


 罪状は通りすがりの中年を恐喝。

 一切身に覚えがない。冤罪だ。

 偏差値80の高校に入学できた矢先にこれだ。中卒だと就職には不利だろうし、なりたかった医者への道も閉ざされた。


 がっくりと肩を落とし、日が沈んで暗くなった帰り道をとぼとぼと歩く。

 結構頑張ったんだけどなぁ、俺。両親が蒸発したから、必死に自力で学費と生活費稼いだし、寝る間も惜しんで勉強したはずなんだけど。現実というのは厳しいものだ。


 そうしばらく歩いていると、公園に通りかかる。気晴らしにちょっと遊ぶか。


 公園の右の方にあるブランコに、深く腰掛けて、夜空を見上げる。これからどうしようか。そう思い、途方に暮れていると急に高い声が聞こえる。


「お兄さん、大丈夫?」


 目の前に銀髪の小6ぐらいの少女がいた。話しかけられるまで、一切気配がしなかった。


「あぁ、うん。大丈夫だよ。ていうかいつからいたんだ」

「ずっといたよ。お兄さんが来る前からずっと」


 気になっていたことを聞く。


「なんでこんな時間にこんな所にいるんだ。早く帰らないと親が心配するだろ」

「ううん、大丈夫。私、親いないから」

「えっ」


 それなら俺と同じ境遇じゃないか。だが目の前の少女には、俺のときのような闇は感じられない。それどころかプラスの感情が強く出ているように見える。


「それに今日はお兄さんに会いに来たんだし!」

「俺に?」

「そうだよ、お兄さんに」


 なぜ俺に会いに来たんだ。本当に分からないぞ。


「お兄さんに仕事を手伝ってほしいんだ〜」

「仕事?なんのだ」

「ふふっ」


 不敵に笑う少女の不気味さに身じろぐ。一体何なんだこいつは。背筋に走る汗の感覚がはっきりとわかる。


「ねえ、異世界って興味ない?」


 少女の口調が変わり、空気もなんとなく変わる。

 異世界?よくラノベとかでよく見るやつか?だとしても意味がわからない。仕事と異世界、なんの関係があるんだ。


「君に異世界に行ってほしいんだよね、あの世界、最近こっちにまで侵食し始めてさー」

「ちょっと待ってくれ。意味がわからない、何の話をしているんだ。説明してくれ」

「あっ、ごめんごめん。説明しなきゃだよね」


 手を合わせ軽く謝ってくる。正直今すぐにでも帰りたいが、仕事というワードが気になる。

 理由はごく単純。

 就職先が見つかるかもしれないからだ。

 今の俺はこのままだとニートの未来か餓死の二択しかない。明らかに怪しいがそれでも就職の希望があるならば、それに少しでもあやかりたい。


「異世界ってのはよくラノベとかに載ってるやつを想像したらいいよ。その異世界がこっちの世界で死んだ人を誘拐してるんだよね。」

「異世界転生ってやつか」

「うん、そうそう。まあこのケースはとても厄介なんだけどさ」

「厄介?」

「別の世界の神が、天国の許可なしで違う世界の魂を無理やり連れていくのって、マナー違反なんだよね。あっちの神はそれをした。それだけじゃない、その世界が他の世界も飲み込んでいくようにもなった」

「飲み込まれたらどうなるんだよ」

「消えるよ。跡形もなく人も星も宇宙も何もかも消える」


 冷淡な声で平然と言い放つ。ありえない話のはずなのに、真実のような感じがして少し身震いする。


「このままだとこの世界まで消えちゃう、だから手伝ってほしいなーって」

「いやいや、信じられるかよそんな話」


 さすがにこれを信じろというのは無理がある。時間の無駄だったな、帰ろう。立ち去ろうとその場から一歩前へ踏み出した瞬間、少女の声が響く。


「今日退学になったんでしょ?ならこんな世界に未練はないと思うんだけど」

「なんでそのこと知って……」

「糸原貴浩、5973年8月4日の16時21分に生まれる。7歳のときに両親が蒸発し、その後15歳で神読高校に入学するも4月24日に恐喝事件を起こし退学。あってるよね?」

「……え……あ……あぁ……」


 嘘だろこいつ、本物の神様だってのか。反論をする前に出鼻を挫かれ完全に言い返す気力がなくなる。


「信じてくれた?私のこと」

「まあ、一応な」

「それはよかった。それじゃあ協力してくれる?」

「それは……内容を聞いてからだ」


 さすがに内容も聞かないほど馬鹿じゃない。これでも偏差値80ぐらいの高校に合格したんだぞ。退学になったけど。


「うんうん、大事だよね。内容」

「いいから早く教えてくれ」

「わかったわかった、言うよ。異世界に行くの」

「えっ?」

「だから君が異世界に行くの。わかったでしょ?」


 行ったところで何になるんだ。そう言おうとする前にその回答を言われる。


「君が異世界に行けばあの世界の侵食は止まるんだよ」

「なんでだよ、誘拐と何も違わないだろ」

「だって君この世界に選ばれてるもん。他の一般人とは一味違うのです」

「選ばれた?どういう意味だ、それ」


 この世界に選ばれた。いいように聞こえるが、これまでの人生を振り返るとおそらく悪いものだろう。


「簡単に言うとこの世界の力の一端が君にはあるの。他の世界の力を中和する力がね」

「ということはまさか……」

「うん、君には人柱になってもらうって事」


 神様は申し訳無さそうな目でこちらを見てくる。たしかにこの条件を飲むやつは多くないだろう。それでも


「ごめん、でもあっちの世界は結構楽しいと思うよ。人だっているし、魔法もあるからこっちよりいいかもね」

「あぁ、いや大丈夫。行くよ俺、この世界終わらせたくないから」


 正直この世界に未練がないといえば嘘になる。でもこの世界が消えるのと比べれば、そんなことはどうでもいい。


「転生先は選ばせてあげれるけど、どれがいいかな」

「そっちで決めていいよ。俺が選んだ道って大体嫌な方に行くし」

「そっか、じゃあそうさせてもらうね」


 神様は目線をそらし、小さく笑みを浮かべる。


「それで……どんな死に方がいい?」

「えっ?」

「いやだから死に方だよ。死なないと転生できないでしょ?」

「えっ、ちょっと思ってたのと違う。転移じゃないのか」

「そんなことしたら体があっちの世界に適応できずに消えるだけなの。ほら、観念してどの死に方か選びなさい」


 まるで言うことを聞かない子供を諭すかのような言い方で、神様は死を迫ってくる。


「いやちょっと、待ってください。それだともう少し心の準備が……」


 必死に言葉を重ねながら生きている時間を稼ぎ、後ずさる。異世界に行くだけなら別にいいが、死ぬとなるとさすがに抵抗がある。


「首吊りはオススメできないよ、結構意識残るし」

「いやあの、待ってくださいよ。もう少し猶予を……」


 一歩足を後ろに下げて必死に叫ぶ。

 その時悲劇が起こった。

 偶然落ちていた葉っぱを踏みつけてしまい、後ろに思いっきりコケてしまった。


 その直後、急に視界が眩しくなり、気がつくと「ゴッ」という音とともに宙を舞っていた。

 地面に叩きつけられ呼吸が出来なくなる。血のプールが自分の下に広がる。その瞬間、自分の身に何が起こったかを察した。


 俺、トラックに轢かれたわ。


 異世界転生にはお決まりのパターンだ。自分もその一部になれたことを喜ぶべきだろう。いや、どうせ死ぬならもう少し痛くない死に方がよかったな。


 そう嘆きながら、意識は闇へと溶けて遠くへと行った。

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