4 大事なことは最初に言って
小セントラル 長距離馬車乗り場前。
大セントラルや都市と繋ぐ専用の大型馬車乗り場。
日に数本しか来ないため、人通りもほとんどないここに、ペイジは一大決心をしてやってきた。
手に持っているカバンには、先ほど手に入れた冒険者名簿が入っている。
「・・・・・・いつも見ているんなら、今もいるのか?」
周囲に誰も居ないのを確認して、恐る恐る話しかける。
相手がいるかもわからないし、むしろ居ないでくれと思いながら放った言葉だったが、
「いるぞ」
足元から即答だった。
「うわっ!何時から居たんだ!?」
「昼間の見張りは俺がしている」
(それじゃ答えになってないですよ!)
反論したかったが、相手は魔物だ。
心の中でぎりぎり堪えた。
モンスターに見張られている中、下手に冒険者と仲良くして反感を買うのが怖かったペイジは、先にモンスター側と話をすることにしたのだ。
正直人目のないところに行けば、その場で殺されるかもしれないという恐怖との葛藤があったが、昨日の後生かされていることから、何か交渉の余地があるかもしれないという思いが勝った。
「見張りさんは影の中にいるタイプの方なんですか?それとも地面の下?」
「そんなことを聞きにこんな所へ来たのか」
(怖い。そもそもこっちの話に興味がないタイプだ)
声はずっとペイジの足元、影の中からしている。
人語を喋ることができるというだけで、モンスターの格はある程度高いものがほとんど。
そんな相手が目と鼻の先にいるというだけで、震えそうだった。
「いえいえ、もしも地面の下なら移動する場所には気を使った方がいいのかなー・・・」
「要件を言え」
(やばい。ちょっと怒ってる気がする)
一瞬ドキッとしたが、影からはそれ以上の動きはない。
気を取り直して、一度深呼吸をした。
今のやり取りから得られた情報を整理する。
(まず声色からはオスに近い相手だ。こっちの呼びかけに堂々と答えてきたことから、多少の自信もうかがえる。こっちの話を聞く気がない感じから考えると、彼には最初から俺に求める事が決まってるんだろ。そしてそれ以外に興味はない。そしてそれを早くしてほしいと思ってるから、無駄話にイラつきやすい。)
僅かな会話から相手を観察するのはペイジの得意分野だ。
例えそれがモンスターであっても、言葉が通じるなら同じこと。
(じゃあ、需要なのはその求める事が何かで、それに積極的に協力する姿勢を見せたら、悪くない反応が期待できるんじゃないか)
「君らが俺に、何をして欲しいのか聞きたいんだ。昨日は話の途中で寝ちゃってね。申し訳ない」
今度は最後まで言わせてもらえた。
わずかな手ごたえをペイジはつかんだ。
「人間どもを殺せ。特に冒険者。ギルドの連中。役人の連中も残さずだ」
(あー・・・・・・、そういう感じ・・・・・・)
考えなくも無かったが考えたくなかった。
そもそも一切協力出来ないタイプの求める事。
(断ったら死ぬかもしれない)
昨日ぶりの嫌な汗が噴き出してくるのがわかる。
「お前。冒険者どもの居場所を持ってきたな。すべて教えろ。今夜のうちに始末できる」
言葉とともに、足を何かにつかまれた。
影の中から伸びた黒い手。
金属のような光沢を帯びた手には大きな鍵爪。
ほんの少し力を入れるだけで、ペイジの足などバラバラにされてしまいそうなそれが、しっかりと脛を握っていた。
「ううぇぁ!!!」
情けない声を上げてペイジの身体がこわばる。
焦ってカバンを手に取ったが、それ以上は体が動かない。
「どうした。拒むのか」
「いや、違う!話を聞いて・・・!」
今度は最後まで言わせてもらえなかった。
「ならもういい。死ね」
影からもう一つ鋭い影がペイジの胸へ伸びる。
咄嗟に目をつぶったペイジ。
しかし、何も来ない。
(・・・・・・ん?)
恐る恐る目を開けると、目の前には何もない
手にもっていたカバンも無事。
いつの間にか足を握っていたはずの手も無い。
ペイジが困惑していると、背後から女性の声がした。
「何してるのかなー?シャドウちゃんはー?」
「うえっ。サキュバス!」
現れたのは昨日のマスター。
バーテンダーの時とは違い。帽子と大きく肩の出た黒いワンピース。
ペイジが思わず顔をしかめると、クスクスと笑って歩み寄ってきた。
「あらあら。そんな酷い顔しないで?どうかしらこの服。お気に入りなのよ?」
マスターはワンピースの裾を摘まんで持ち上げると、首を傾げて上目遣いでペイジを見上げた。
とても可愛いと思ったが、かえってそれが一層怖くペイジには思えた。
「それと、あなたは特別だから、名前で呼んでね。お店と同じ、トバリって。ね?ペイジ君?」
「あ、はい」
好みの女性と特別に名前で呼び合う仲が、こんなに悲しい現状にペイジは悔しくて涙が出る思いだった。
「何をしに来た」
ペイジがトバリに遊ばれていると、不意に足元から声がした。
(居たのかっ!)
唐突すぎてペイジは心臓から声が出そうだった。
声がするなり、トバリはそっとペイジの足元にしゃがみ話しかける。
「君が抜け駆けしようとするからでしょー?私たちのやりたいことはそうじゃないって言ったよね?覚えてる?」
トバリの声はさっきまでより不満そうだが、あまり本気には聞こえない。
ただ、その指に魔法で小さな炎を出して、ペイジの影へどんどん放り込んでいる。
影の中からはその都度「いたい」「やめろ」と変わらない口調で抗議が来ていた。
「だいたい君がこの名簿なんて持ってどうするの。目もないんだから読めないでしょどうせ」
トバリに呆れたように言われると、しばらく影は沈黙していた。
「目、無いのか・・・・・・」
「人間に余計な事を教えるな」
ペイジの口からぽろっと感想が漏れてしまったが、それに割り込むように講義の声が上がる。
その声色から、怒気を感じたペイジは固く口を閉じた。
「自分は勝手に人間に手を出そうとしたくせにー?」
トバリの表情は笑顔だったが、抗議されたせいか今度は靴の先でぐりぐりと影を踏みつけた。
再び影が黙ると、トバリは顔を上げてペイジに向き直った。
「ごめんねペイジ君。ちょっと誤解されちゃったかもしれないけど、私たちはあなたに協力をしたいだけなのよ?」
表情は申し訳なく眉を八の字にしているが、直前の事が印象的過ぎてとても信用する気が起きない。
しかし、すぐに殺されるという訳でもなさそうという印象に、ペイジはここでようやく少し緊張がゆるんだ。
「協力って一体何をしてくれるんだ?」
「もちろん。あなたがこの街を手に入れる為の全てをよ。あなたには私たちが協力する代わりに、この街を乗っ取ってほしいの」
戸惑うペイジに、トバリは満面の笑みで答えた。
少しづつファンタジー要素が見えてくる回。
ペイジ君の小物感も同じく強くなってきてしまいました。