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2 こんなことされたらそれはもうしょうがない

 小セントラル 冒険者ギルド初日

        

 結果から言えば、ペイジの予想はほぼその通りだった。

 

 既存の職員はそれぞれ内容に差異はあれど、ペイジに対して悪い偏見を持っているようで、最初にあった冒険者のように直接言ってくるならまだましな方、3名いる事務職員は初対面であいさつを交わしてから帰るまでに、何度か会話を振ってみたがまったく取り合ってもらえず、自己紹介さえ碌にされなかった。

 仕事についても薄っぺらい引継ぎ事項の紙だけ、内容は自分で書類の束をいちいち確認して回るしかないという現状。

 

 (効率が悪いにも程がある!悪すぎて虫唾が走る!おまけに一日中探しても運営のはずのラインのじいさんもいないし!そして何より許せないのが!)


 「3人とも50過ぎのおばちゃんどもじゃん!やる気なんかでるか!!!」


 カウンター席で肘をつき、手で顔を覆いながらペイジは思わず声を荒げた。


 「うふふ。お兄さんにあそこのおば様はまだ早いのね」


 そんなペイジに微笑みながら、カウンター越しの赤髪の女マスターはカクテルを静かに差し出した。


 ここは小セントラルに数件だけあるバー【帳】(とばり)

 ペイジが今日の鬱憤にもやもやしながら帰っているとき、たまたまこの店のネオンが目に入った。

 やけに目に付くピンク色の光に誘われるように店に入ると、他に人はなくペイジより少し年上に見えるマスターが一人。

 「いらっしゃいませ」と微笑んだ。


 ペイジは年上の落ち着いた女性がめちゃめちゃにタイプだった。


 「いや、でもほんとに今日は色々不安になっちゃうこともあったから、こんないいお店に巡り合えてよかったよ!マスターは綺麗だし、話は聞いてくれるし!・・・っと、ごめんごめんしゃべりすぎちゃった?」


 酒と貯めてたストレスの影響でペイジの口がよく回る。本人も気づかないうちに声量もやや上がっていたのを自覚して、一旦話を相手に渡した。


 「全然大丈夫ですよ。私、よく話てくれるお客さんの方が好きですから」


 しかし、マスターは変わらない笑顔で、自分のグラスに白い液体を注いだ。

 甘い香りがほのかに漂ってくる。

 好きと言われて嫌な人間はそう居ない。マスターの言葉選びは、相手を否定することなく、どこまでも優しい。

 そしてそれを意図して会話をしているのがペイジにはわかる。


 話し上手で知性を感じる女性がペイジはとても好きだった。


 「でも折角お兄さんが褒めてくれたから、いいことを教えてあげる」


 「いいこと?」


 「ええ。あなたの先輩のおば様方。あの人達、本当は役場の職員なのよ。あなたのお爺さんだけじゃとてもギルドをやっていけないけど、町からギルドが無くなったら困るからって役場から送られてきた人達なの」


 「へぇー。あ、そうなんだ!」


 すっかりマスターに見とれていたペイジは、急に振られた仕事の話に、思わず適当な返事を返してしまった。

 しかし、すぐに我に返り、カウンターに身を乗り出す。


 「いや、そうなんだじゃないわ!なにそれ、初耳なんだけど。もうちょっと詳しく教えて?」


 「うふふ。やっぱり知らなかったのね。あのギルド、本当は依然別の持ち主が経営してたんだけど、都会に行きたいから手放したがってたの、それをあなたのお爺さんが二つ返事で運営を請け負うって言っちゃったから、そのまま運営になっちゃったのよ。知ってた?」


 「いや、全然知らなかった。そこら辺のところ聞きたかったんだけど、何せ連絡つきにくいんだあのじいさん」  


 この世界の連絡手段は手紙と通信魔法の二種類、通信魔法は中等学校で習う必須技能で誰でも使えるが、通信札という精霊の言葉が書かれた板が必要になる。この板をアンテナ代わりに相手にこちらの声を伝えるのだが、こういったものを持ち歩かない人というのはどこの世界にもいるもので、ペイジの祖父ラインもその一人だった。

 今日も何度となく通信を試しているが、返事はない。


 呆れたそぶりを隠しもしないペイジに、マスターは笑いながら続けた。


 「うふふ。そうでしょうね。ラインさんそういう人だものね。流石にお孫さんには話してると思ったけど、思った通りだったのね。・・・・・・でもね、今はちょっとそれじゃすまないのよね」


 クスクスと笑っていたマスターの声が少し冷えたように感じた。

 ペイジが思わず顔を上げると、さっきまでと違いマスターの表情は明らかに曇っていた。

 

「おかげで今のギルドは役場のOB、OGさん達で一杯、冒険者もここら辺の出身の人たちで固められてて、受けるクエストもそこの人達の選り好みが激しいせいで、本当に困ってる人達のクエストは誰も受けてくれない・・・・・・。ギルドに不満を言っても「私は役場からきてるから知らない」って言われるし、役場には「ギルドに行ってください」の堂々巡り。だから、ラインさんのお孫さんのあなたが来るって聞いて、これで何か変わるかもしれないって、皆ちょっと期待してるのよ」


 困惑した顔で話していたマスターだが、最後にはお茶目にウインクして見せた。


 「なるほど」


 それを見たペイジの表情が引き締まる。

 置いてあったカクテルを一気に飲み干すと、静かにグラスを置いて親指を自分へと向けた。


 「それ、俺に任せといてくださいよ」


 ペイジは大人な女性が垣間見せる茶目っ気が大好きだった。


 「あら、頼もしい・・・・・・」


 酒の勢いでちょっと見栄を張ったペイジは、これでマスターにちょっとウケたらいいなと思っていた。

 しかし、マスターは目を細め、薄い笑みを浮かべたまま、カウンターに乗り出しペイジへ手を伸ばしてきた。


 (あれあれあれ!?ちょっとこれ、え、なんで!?)


 突然の展開に頭が回らないペイジの首と背中に回される細い手、口と胸に、柔らかい感触と温もり。

 

 それは一瞬だったかのそれともしばらく続いたのか、ペイジが我に返った時には、既にペイジは解放され、甘い香りだけが余韻として残っていた。


 「じゃあ、早速期待に応えてもらうわね」


 「・・・・・・え、あれ」


 まだ呆けたままのペイジが声の主の方を見る。


 先ほどまでと変わらないマスターが、カウンターのこちら側に腰掛け、足を組んでいる。

 しかし、今はカウンター越しでもどことなくわかっていたくびれやスタイルの良さが強調され、表情も先ほどの大人びた微笑からややあどけない笑顔になった気がする。無邪気に相手をからかうような小悪魔的な笑みが、後ろでユラユラと揺れるムチのような尻尾とよく似あう。


 (・・・・・・?)


 視界に映った何かに、沸き立っていたペイジの心が静まった。


 (・・・お?おっとっとっと?んんんんん????)


 ペイジの背筋から急速に体が冷えるのを感じた。

 自分が何をされたのか考えるほど、恐怖と焦燥が湧いてくる。


 (まさか・・・・・・、サキュバスじゃないよな?)


 サキュバスはこの世界でも有名な危険モンスターだ。

 知能が高く、狡猾で、多種多様な魔法を操る上に、()()()()()()()()()()

 中でも最後の特徴が有名で、人間にキスをするだけで魔力を注ぎ、隷属化させてしまう。

 魔力を注がれた人間はサキュバスに奉仕する人形になってしまい、気づくのが遅れると、あっという間に町や、果ては国を乗っ取ってしまうという恐ろしい逸話が残っている。


 魔力や戦闘力はそこまで高くないので、熟練の冒険者が相対すればそこまで問題はないが、町の一ギルド職員になどが出会ってしまえば、逃げるほか無い。

 もし運悪く捕まり、魔力を注がれてしまえば助かる道は無い。


 「ウフフ。慌てないで。そんなにおびえなくても大丈夫」


 引きつりながら後ずさりするペイジに、カウンターから降りたマスターが笑顔で歩み寄る。

 

 「サ、サキュバスじゃ、・・・無いよな?」


 「ウフフ。サキュバスは嫌い?さっきまであんなにかわいい顔で見てくれてたのに。お姉さん寂しいなぁ。ねぇ?皆?」

 「・・・ひぃ!」


 間近まで来たマスターに肩をつかまれ、くるっと後ろを振り向かされる。

 

 さっきまで誰もいなかったはずの店内には、ぞろぞろと多種多様なモンスターたちが思い思いにこちらを見ていた。


 「言ったでしょ?()期待してるの。よろしくね?」


 顔の横で、またかわいらしいウィンクをされ、ペイジは己の不幸を呪った。

 どういう前世の行いがあればここまで貧乏くじを引くのか、何か精霊に悪いことでもしたかと心で嘆きながらも、力なく返事を絞り出した。


 「・・・・・・はい。任せといてください」


 魔物とつながる冒険者ギルドが、誕生してしまった瞬間であった。


 

 

 

今回はつい長くなっちゃいました。


作者も大人の女性が好きです。

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