待たれる者
お読みいただき嬉しいです。
新章になります。
眠れないのは眠りたくないから。
家族と住んでいた時には夢なんか見なかった。毎日の生活が夢のようだったから、夢なんか見る必要はなかった。寝言言っていたとか、笑いあいながら朝を迎えた、遠い思い出の話し。
夢の中で家族と笑いあうと、決まって枕が濡れている。当たり前だ。目を開けると現実が待っている。できれば目を覚ましたくない、また家族に会えるまで永遠に・・・。
幸せなものだけじゃない、八本足だの得体の知れない子どもの夢だのと、夢見の悪い日々を暮らしている寝不足の昼過ぎを、ソファでまどろみながら美紗の電話での話し声を聞いているに、闇の民が遠くで出たらしい。他の夜の民はいないことだし、たぶん、出番だろうなぁ、と俊は寝たフリをしながら考えていた。
「起きてるでしょー? 聞いてたでしょー?」
思わずビクッと起き上がる。声が美紗のものであることは分っている。しかし、歩美の様な口調に思わず反応してしまうのは、きっと罪悪感のせい。仕掛けた美紗は俊の表情を、まともに見れずに目を伏せた。やってはいけない悪戯をした子どものように。
「起きてますよ」
気を取り直しながら答える。平静を装うのは得意技だ。それにそもそも最近はよく眠れていない。
「山梨のほうで妖魔が出ているみたいなの。二人が犠牲になったみたいで」
「車の中で聞きましょうか」
「あら?私が一緒に行くの分かったの?」
「本日残っているのは二人だけだろ。帰りに温泉に入ってこよう。美味しいもの食べて温泉に浸かりたい」
「はいはい」
美紗の支度を待って出発となった。悪い癖と思いながらやはり俊は外出着に無頓着だった。前から普段着や髪にも気をつけなさいと言われてはいたが、面倒だからと髪は短髪、Tシャツで出歩くことをやめられなかった。
「お洒落ですなぁ」
黄色のワイドボードネックのトップスに白いミニスカート。デートで観光地でも行くような出で立ちである。この気合の入りように、女性ってすげー、としか思えない俊。
「実用的ではないですけどね。情報収集向きでしょ?どうせ私は戦闘向きじゃないから。情報収集も、必要じゃないかもですけど」
「女性を戦わせようだなんて、最初から思ってないよ」
「意外にロマンチスト?」
「似合わないことにね」
「まぁ、この年でこういう恰好するのもなかなか勇気がいりますけどねぇ」
俊がまじまじと見ると、少し照れ臭そうに斜めに体をずらす。
「つかそんな年でもないだろう?」
「・・・何歳くらいだと思っていたんですか?」
「え? 25くらいだろ?」
目を大きく開けて今度は俊の顔をまじまじと見る。彼が本気で言っていることを悟って彼女は年齢をばらす。
「そんなわけないでしょう。もう30超えていますよ!」
口元に笑みがこぼれそうになるのを手で隠しながら目だけ怒ったように返す。肩をすくめて車に乗り込む俊を、横目で見ながら助手席に回る。小さなため息をつきながら。
「やっぱり・・・覚えてないか」
さらに心の中で付け加える、私も母と話すまで忘れていたけど、と。助手席に乗り込んだ時にはいつも通りの表情で、勝手にナビを操作する。
「現地に直行しますね」
「雲取山ってのもなんだかいい名前だね。なんか手の届かないものを手に入れる、みたいな」
笑いながら地名を読む。車を出発させ、他愛もない話をする。
「着くときにはいい時間かもしれませんね。夕方出発、22時過ぎですかね、到着は」
「即戦闘にならないようにしたいものだけど」
同じ人から迫害された者同士、殺しあったって得するのは誰でもない。生物を殺すのはどんな場合であっても罪悪でしかない。何かを護るためであっても。ふと思う。護るわけでもなく自己の欲求のために殺すのは何故?
「みんなの顔は覚えました?」
違うことに思考を使いながら、美紗に確認したいことを聞くにはいい機会かもと思う。
「よくも他の属とも仲良くいられるものだ。さすが器の大きさは元締めの娘だね」
「そのことは言わないでください。家に居場所がなくてこっちに出てきたんですから。傷つきますよ、それ以上言うと」
「泣かなきゃいい」
「パトカーとすれ違う時、派手に泣きます」
降参と言わんばかりに肩をすくめて、名前を羅列する。
「土の民では桜庭さんと石郷岡さん、水の民は諏訪くん、火の民が阿蘇さんで、風の民が風間さん・・・と」
「まぁよく出入りしているのがその面々ですかね。他にもすぐ連絡とれる人、いますよ。風の人は多くはないですけど」
「風と火はもともと少ないからな」
「聞きたいこと、あるんでしょ?」
助手席でまっすぐ前を向いて、いきなり切り出してくる。表面上は何もない素振りだったが、気付かれていたのか。
「桜庭さんのこと」
「・・・そんなに分かりやすかったか? というより俺はそんなに気にしてないけど」
「そんな感じですね。桜庭さんのほうが意識している感じでしたから。五色さんはむしろ「何?」って感じですもんね」
初対面であの反応はないだろう、と思っただけ、俊は。名前を聞いて分かりやすく驚き、そしてそっけなく無視をして持っていた新聞を読み始めた。俊を意識して気をやってくるのは分かったが、表面上は無視し続ける。俊にしてみればイラっとする態度だった。言いたいことがあれば言えばいい。それは初対面から10日、ずっと続いている。
「・・・桜庭さんは土の民の薬師かい?」
「ありゃ。さすがです。知っていたんですね?」
「知識の上だけ。彼が、ってのじゃなくて桜庭姓が土の民では薬師だったなと思って」
「正解です。でもそれだけではないんですよ。桜庭さん、実際にお医者さんですから」
「人間の?」
「はい」
「すごいなぁ。頭いいんだ」
「東京医科歯科大学卒業です」
「・・・次元が違う。頭がいいと人の世にも出やすいよなぁ」
「私たちも、人、ですよ?」
「そこのコンビニに入るよ。喉渇いた」
意図的に話をずらして車を駐車させる。自分らは人から追い出された、人と認められていない一族。その思いは、何故か俊の体の中に蓄積されている。
その後、大学生の諏訪を除き、皆が定職を持っていることを聞き、人と関わりを持っていることに羨望と鬱陶しさを感じながら会話を続けた。風間さんが陶芸家だというのには、返答に詰まった。あの体と性格でそんな繊細な一面があったとは。
21時、美紗に電話をくれた人物に会う。60過ぎの彼は町内会の役員、と一目で分かるようなおじさん。亡くなったとみられるのは、町内会長とその隣の有力者であるらしい。亡くなったとみられると、迂遠な言い方をしたのは彼らが見つからないから。しかし、人とは思えない巨大な人影が、有力者宅に会長さんが飲みに行っている日、時間に、その屋敷から出てきた目撃情報があったそうだ。
そんな話を美紗の足を凝視しながら教えてくれた。
薄く笑いながら俊は探索の風を飛ばす。そしてある空間で唐突に風が消失するところと遭遇する。
---ここにもあるのか
表情にも声にも出さず、密かに緊張する。そこでは戦えない。
そして再度同じ方面に風を飛ばし、そして・・・。
「要、分かった。行けるか?」
「え? あ、はい。大丈夫です。木村さん、連絡ありがとうございました。今日は戸締りしてくださいね」
「お嬢も鬼のいる場所にいくのかい?危険だ、ここに残りなさい」
「ありがとうございます。でも大丈夫、彼もいるので。私も意外と強いんですよ」
微笑みながら強がってみる。俊にしてみれば足手まといにさえならなければいいと思うが、無論そんなことは口にはしない。
口にしたのは別のこと。
「気になることがあるんだよな」
「なんですか?」
「なんだか、俺が待たれている気がする。闇の民に」
車を木村宅に預け、20分ほど歩きながら風が消失した地点へ向かう。そのエリアのわずか外の公園に、彼はいた。
長い鉄の棒らしきものを地面に刺し、持ち手の柄の先端に両手を置いて仁王立ちする闇の民が。
鋭い視線を歩いてくる二人に向けて。
興味を持っていただけたら幸いです。