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夜に住まう者は陽に憧れ、闇に住まう者は陽を堕とさんと欲す  作者: 妖狐
出会いは運命的に起こる
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事実は一つ。真実は人の数ほど

 理性や思考で導かれた結果ではなかったが、非現実的な予感とやらに手を引っ張られて彼は先日闇の民を倒した現場にいた。

 まだ過ごしやすいとはいえ、桜咲く3月の夜に3日間、車をそこに停めて、車中泊するほど、彼の予感は嫌なイメージを伝えていた。またこの場所に闇の民が現れると。人間を殺しに現れると。人間なぞどうにでもなれ、と思えるほど人との関係を断ち切る勇気は、まだなかった。

 「この辺、ポイントなのか、聞いておけばよかったな」

 缶コーヒーを飲みながら彼は自嘲気味に思った。彼女たちにあれから一度も連絡をいれていない。消極的な彼の性格は、このまま連絡をいれやしないだろう、と理性に告げていたが、理性のほうは判断材料が欲しいだけだ、と言い訳していた。

 そういえば先日の女性、元気になったかな、とやや他人事に考える。

 思考にも目線にも気が多いのは自分の悪い癖だ、とは常々思っている。妻にもよく怒られていたのを思い出す。

 視界の隅を影が走る。視認よりも感覚が闇の民だと、俊に告げた。考える間もなく、車を飛び出し、影に向かって走る。

 似てるな、後ろ姿を見ながら何故かそんなことを思った。先日、ここで倒した闇の民に似ている。まるで同じ者から生まれたかのように。

 そもそも俊が住んでいた所には闇の民はほとんどおらず、動物や虫型の闇の物ばかりであったから、似ているのかどうかの判断は俊にはできなかった。ただ直感のような、感覚の様なもの。

 「触手」

 とりあえず動きを封じようと、手の平から水の触手を出す。

 しかし闇の民は到達する前にそれを飛んでかわした。そしてあろうことか空中で向きを変えて俊に何かを投げた。

 人にあらざる力で投げつけられたものは拳大の石だったが、銃弾並みに威力があり、いつものように水の防護で守っていたにも関わらず威力で後ずさりさせられる。

 「情報の共有か? 味な真似を」

 口に出しながら、胸の内では共有するにも前の奴は葬っただろ、と自分にツッコむ。それよりも最初から自分を狙っていたかのような行動もかなり気になる。

 余計な思考に脳の半分を費やしながらも、両手を左右に広げる。瞬く間にその両腕に水の龍が絡みつく。

 「水龍!」

 広げた両腕を同時に投げつけるように闇の民に向かって二匹の龍を放る。

 先ほどの触手のように闇の民は飛ぶが、真っ直ぐ伸びるだけの触手と違い、一匹の龍は後を追って上昇する。もう一匹は遅れて上昇し、背後から襲いかかる。

 下から追って来た龍の顎を掴み、力任せに潰そうとした闇の民は、背後から襲ってきた龍に左肩を咬まれ、その勢いのまま地面に叩きつけられる。

 しかし叩きつけられながらその頑強な体はすぐさまに起き上がり大きく後ろへと飛び退って距離をおこうとする。もちろん俊もそれを予想し、だらりと下した左手の指から着地すると思われる地点まで水の糸を伸ばしていた。

 が、俊の予想はあっさりと裏切られる。糸で捕まえる前に再び高く飛び上がり、石を立て続けに投げてくる。顔を両手でガードしながら、水の防護で耐えるが闇の民の攻撃力に対し、集中力があきらかに劣っていた。

 なんで攻撃が読まれる?誰が俺のパターンを教えてる?頭の中で自問自答しながら、石の弾丸の止まった瞬間に、闇の民に向かってダッシュする。

 闇の民も応じて余裕の表情で向かってくる。まともにぶつかりあって勝てるとは俊も思ってはいない。

 「水風船」

 ぶつかる寸前、闇の民の前に突如現れた水の玉。突然現れ、突然破裂する。特に害はないとはいえ、驚いて思わず闇の民が立ち止まる。

 俊はその隙に右側から背後に回り込み、飛び上がって後頭部に向かって巨大な水の塊をぶつける。

 さすがに闇の民もこれには顔面から地面に叩きつけられる。

 「浄土」

 間髪入れずに地に伏した闇の民の周りに泥人形が5体出てきており、両手両足、首を掴んで地面に飲み込もうとする。が、闇の民の抵抗も大きかった。

 泥人形の一体が闇の民の蹴りで吹き飛んで、さすがに俊の顔も焦りで歪んだ。

 もう一体が無傷の右腕で振り払われた時、偶然吹き飛ばされた石が俊を襲う。当っても水の防護に防がれるが、心理的衝撃は大きかった。

 「ちっ!」

 解くか、と口の中で呟いた時、別の声が重なった。

 「解くな!」

 起き上がろうとした闇の民の頭の上から空気の塊が叩きつけられた。飛んできた人間とともに。

 「助かる、風間さん」

 再び泥人形に力を込め、地面に引きずり込む。空気の塊で昏倒した闇の民はすでに力を奮うこともなく地面に飲み込まれていった。

 ゆっくり呼吸を整えながらその場に歩み寄った俊は、地面に手を当てて呟く。

 「次は日の当たる世界の住民に生まれてこい」

 呼応するように、地面が一瞬だけ、しかも気付かないほど弱く光り、そして静けさが戻った。

 「ここに出るのが分かったのか?」

 「時々、頭にイメージが湧くんです。何故か分からないけど。でもそういうイメージが湧いた時には必ず現れるので、張ってました」

 「勘が鋭いのね」

 「と言っても、あなた達が来てくれるとは思わなかったから、そこまで鋭くはないみたいだね」

 「今日は苦戦した?」

 「いつもギリギリだって」

 うそぶく俊の肩を、風間が思い切り叩く。思わず俊がよろめくくらいに。俊は表情を消し叩かれた肩を軽くさすり、それを見た美紗が微笑む。

 「パターンを、読まれてたような気がする。闇の民は相手を研究するのかい?」

 「残念ながら、がっつり戦ったことはないから何とも言えないけど・・・」

 「そうそう出るもんじゃないからな」

 確かに外に出ている闇の民なんて数が知れてるだろう。いや・・・実際にそうなのか?能力が低すぎないか? 自問自答に陥り始めたときに声がかかり現実に戻される。

 「どう?布団ありますよ。ゆっくり休んだほうがいいんじゃない? 朝食くらいは美味しい物をごちそうしますよ」

 美紗が相変わらず透明感のある笑顔で話しかける。別の思考の淵に片足を突っ込んでいた彼は不意をつかれる。思わず目が合った美紗の柔らかい笑顔に優柔不断な彼は抗しえなかった。

 「ありがと。車、持ってくるから、少し待っていてくれないかな」

 「はい」

 今度は安心したように美紗が笑う。

 車に近付いていき、思わず俊は足を止めた。それは驚愕と言ってもよかった。なぜならそこには彼女が立っていたから。

 顔色の悪い、そして今晩も硬い表情の彼女は唐突に俊に話しかけた。

 「あなたは大事な者を失ったことがある?」

 その視線だけで俊を射殺せるくらい、熱かった。何故かは分からないが、ほとんど初対面の彼女に憎まれている感じが、した。

 「・・・あるよ。残念ながら、まだ立ち直れないでいる」

 「そう。私も愛する者を永遠に失ったの」

 「時間が経てば別に愛せるものを見つけられるかもしれないよ。他人事みたいな言い方で申し訳ないけど」

 言いながら他人だけどね、と心の中で皮肉る。居心地が悪い。敵意をあらわにしている相手に、親身になれるほど優しくはない。寛容の足りないところだと、自覚している。

 「琴美、帰るよ」

 彼女の一街区後ろで、彼女と同じくらいの年齢の眼鏡をかけた男性が声をかける。それを聞いて彼女は振り返った。別人のような透明な笑顔で。

 「はい、敏也さん」

 そのまま俊を彼女は振り返ることもなく、彼と手を繋いで歩み去る。

 違和感だらけのその光景に、俊はただ戸惑うだけ。

 「なにを愛していたんだか・・・」

 呆れたように呟きながら、よきにも悪しきにも彼は興味を失ったことには執着を持たない性格だった。

 気を取り直し、車に乗り込み彼女たちの元へと向かう。

 二人はおとなしく待っていた。美紗のほっとしたような表情と、風間のシニカルな笑顔がなんとなく俊の笑みを誘う。

 風間の運転する車を追いかける俊の車には助手席に美紗が乗っていた。逃げられないように、と申し添えて乗り込むあたりが可愛くない。

 「探偵事務所・・・か?」

 恐ろしく空想小説的な彼女らの職業に、内心にも行動にもため息とともに言葉を吐き出す。

 「すみませんね、短絡的で」

 「もうちょっとさ・・・」

 「これでも需要はあるんです。失せもの探しとか」

 「まさか能力使ってじゃ」

 「違います。洞察力鍛えるために自力捜査です」

 「残念ながら探偵としての能力はないから、ただの居候にしかなれないからな」

 美紗はただ大きく肩をすくめただけで答えにした。俊にしてみれば答えが何なのか分からず、眉をひそめるがとりあえず黙っていることにした。

 「とりあえず、休んでください。きっとそのうち一緒に働きたくなりますから」

 笑いながら建物に入っていく。

 絶対探偵にはなれんよ、と口の中でだけぶつぶつ呟く俊もおとなしく後に着いていく。

 事務所の奥の一つの部屋に案内される。

 「こっちの部屋は仮眠室みたいにしているけど、実は泊ってまで仕事することはないから、ベッドがあるだけなの。住むところが見つかるまで使ってね」

 「ベッドで眠れるだけありがたい」

 「今日はもう、何も聞かないから、ゆっくり休んでください。施錠は私のほうでしておきますから」

 「ありがと」

 気の利いた文句もなく、芸もなくありきたりの礼だけを述べる。

 「お休みなさい」

 「ああ、お休みなさい」

 静かに部屋を出ていく美紗に気を遣うこともなく、俊はパタンとベッドに身を横たえる。そのまま気を失うかのように、眠りの奥に落ちていった。


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