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夜に住まう者は陽に憧れ、闇に住まう者は陽を堕とさんと欲す  作者: 妖狐
出会いは運命的に起こる
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昔語り

 「むかしむかし、人の属と鬼の属と自然の属は一つの集落で仲良く暮らしていました。人は自然を敬い、鬼と自然の民は非力な人を、守り助けて協力しながら生きていました。狩りに行くときには鬼が人を守りながら、田畑を耕すときには自然の民がよく育つように念をかけて。それはそれは仲良くしていたとさ」

 美紗はふと気づいた、そんな話をしているときの俊が、穏やかな瞳で話していることを。まるでその風景が見えているかのように。まるで子どもに語りかけるように。

 「集落は少しずつ大きくなっていき、他の集落と交ることもありました。そんなとき増えていくのは人の属でした。何しろ鬼や自然の民の数は絶対的に少なかったのだから。時に自分達とは違う能力を使う自然の民や、色の違う鬼が入ってくることもありましたが、ごく稀なことでした。そして他所から何も知らずに入ってきた者たちにとってものすごい力を持つ異形の鬼や、得体の知れない業を使う自然の民は、恐怖の・・・妬みの対象でしかなかったのです」

 俊は目を閉じた。まるで瞼の裏にその風景が映っているかのように。

 「そして事件は起きました。山で遊んでいた子ども達がクマに襲われたとき、いち早く声を聞きつけた鬼はクマから子どもを守りました。自然の民も一歩遅れて駆け付けましたが、クマを追い払った光景を見てホッと胸を撫でおろします。しかし、人の属は違いました。鬼が子どものケガを診ようと近寄ったとき、さらに遅れてきた人が棒で鬼を殴り、子どもを抱きかかえました。『子どもに何をしやがる化け物が』と叫びながら」

 どこにでもある陳腐な昔話。語る側にも聞く側にもそう思う節があった。しかしそれは現代でもよくある話。見てくれが荒々しい者が優しく声をかけただけでも、相手には恐怖に感じることもある。ましてや、罵倒を浴びせた側が悪意持っていたなら、なおさら。

 「鬼は悲しみ、怒りましたが、その場は自然の民がなんとか間をとりなしました。だけど人と鬼の関係はぎくしゃくしていきました。そして誰かが怪我をするたび、誰かが不明になるたび、鬼は人から批判されるようになるのです」

 「・・・一方的・・・ね」

 「まだ鬼は人を愛していました。だから懸命に人を助けていましたが、人はどんどん鬼から離れていきました。そしてある夜、酒に酔った一人の鬼が、人に襲われ命を落としたのです。怒った鬼は人に抗議しました。しかし証拠も何もない。人は存ぜぬを通し、鬼同士の争いではないか、とまで言う始末」

 「自然の民は疑われなかったの?」

 俊は深く頷き、軽く天井を見上げた。

 「人は形の近い自然の民にはまだ好意を持っていたのかもしれない、信頼に格差をつけることで鬼と自然の民の仲を裂こうとしたのかもしれない、分からないけど、三者の間で鬼はどんどん迫害されていった。その事件があってから、公然と人は鬼を攻撃し始めた」

 俊は今度は自分の掌を開き、それを見つめながら口を開いた。

 「自然の民は鬼を諭しました。いずれ人も思い出すに違いない、と。鬼の優しさも頼もしさも。しかしそれは幻想に過ぎませんでした。遂には鬼の長の妻が人によって殺されたのです。それも人の子を食ったと・・・狂言までつけられて」

 目をむく美紗。そんなことまでがあったのかと。

 「事実ではなかったんでしょう?」

 「おそらく山で獣に襲われたんだろう。そしてたまたまその鬼が誰よりも早く駆け付けてしまった・・・だけのことだと思う」

 「・・・ひどい」

 「鬼は当然抗議しました・・・いや抗議ではなく、とうとう人に戦いを挑んだのです。しかし人は狡猾でした。自然の民を味方に引き入れたのです。当然、自然の民は中立を保とうとしました。この期に及んでも人と鬼は元に戻れると、信じていたのですから」

 大きく息を吐く。語る俊自身も、昔語りなのか事実なのか、半信半疑だった。

 「しかし、人はそれを許しませんでした。中立を保つなら自然の民も鬼と共に滅ぼす、と告げたのです。人はすでに近くの領主に増援を頼んでいましたから、鬼と自然の民が力を合わせても、人には太刀打ちできないくらいに少ないのは自然の民の長も分かっていました。戦いを避けたい自然の民を、人は最前線に配置しました。人にしてみれば共倒れしてくれれば一番よかったのでしょう。その布陣は鬼にしてみれば人とも・・・自然の民とも関係を修復する道を断たれたように見えたことでしょう」

 新たにコーヒーが注がれ、俊はそれで喉を潤した。深い苦みが、自分の人生と重なる。しかし今語っているのは一族の過去であった。

 「自然の民は意を決しました。火ぶたが切って落とされると同時に、圧力をもって鬼に襲い掛かったのです。鬼を傷つけず、激しく攻めると見せかけ、鬼の後退を誘いました。鬼の首領も決して暗愚ではありません。機先を制された以上、不利になる前に即撤退を行いました。相手が人であったならば迎撃したでしょうけど、同等の戦闘力を持つ自然の民にそんな賭けをすれば、一族が危ういのは分かっていましたから」

 「鬼って猪突猛進なイメージがあるのにね」

 美紗は少し微笑みながら感想を挟んだ。鬼に対してのイメージが一変したかのように。

 「人の隊とは大きく離れて鬼を追いかけた自然の民の首領は、鬼の首領に告げました。人が追いつくまで時間がありません。自然の民の長は必死に鬼の長に訴えました。人の有利となる戦いはやめよう。鬼はこの里から離れた山に隠れたほうがいい、と。鬼は返しました、お前たちだけが安寧の日を送るのか、と。しかし自然の民も分かっていましたから、素直に返答したのです、我々も遠からず人の里から追い出されるだろうさ、と」

 実際にその通りになったのは、今、身分を隠しながら生きていることが証明になるだろう。

 「鬼の首領は去り際に言いました。我々は人に仇為すために闇に落ちよう。人を堕とし、穢し、戮すると。自然の民は返しました。我々は夜に乗じて生きる、人を助け、いずれ来る夜明けを待つ、と。両者の生き方はそこで決まることとなったのです」

 「闇に落ちた民、と、夜に生きることにした民、ということなのね」

 呟く美紗にコーヒーをすすりながら頷く俊。結局は人間の一人勝ちなのだ。

 「なんか見てきた嘘、って感じかな」

 「まあ、嘘だろうね」

 コーヒーをすすりながら返すと、頬杖から美紗の顎がカクンと落ちる。慌てて顎を乗せなおして微笑んでみる。

「人を助けて生きる、というのは人に復讐を誓った妖魔から守るということ?」

 「それも、あるんだろうね」

 「じゃあ、基本的に妖魔を倒すことでは、目的が一致しているってことね」

 俊は軽く笑って小さく首を横に振った。どうも何か目的がなければならないらしい、彼女の思考では。それにしても大まかにくくり過ぎだろう。

 「申し訳ないが、今、そんなことにも興味がない」

 「・・・でも、何かあったほうがいいと思う・・・」

 彼女なりに気を使っていたのは分かったが、それでもその方向に考えることは、俊には拒絶する内容であった。確かに今の彼には、闇の民に怒りをぶつけるしか、感情も吐き出し方はないのかもしれないが・・・。表情がたぶん隠しきれていない、そう頭で思ってもどうしようもならなかった。

 「ごめんなさい」

 彼女は意識的には人の心に立ち入らないように注意しているのだろう。だけどつい一歩を踏みこんでしまう。そして相手の暗い表情に過敏に反応してしまう、きっとその繰り返し。溶け込んでいるつもりでもしょせんヒトとは違う。だから一歩踏み込んだり、一歩引きすぎたり、うまく社会に溶け込めない。いや、そんなのは人と人の間でも同じことか。そんな思いは口にすることなく、気になっていたことのほうを言葉にする。

 「昨日、使い人ではない、って言ってたよね?」

 先ほどのことが心に引っかかっていたのだろう。自分の声が喉を通る時に刺を出したのを感じて、舌の上で極力、感情を押し殺して口から吐き出してみた。

 逆に今度は美紗がうつむいたまま、返事をしなかった。

 「要石は土の元締めじゃないか?」

 「・・・私は、力がうまく使えないの」

 「使えない?」

 「妖魔を倒すことも封じることも、力が弱すぎて・・・父や姉とは違って」

 「美紗、こいつに話すことじゃないだろ」

 先ほどから俊を睨みつけていた男が席を立って俊の後ろに立っていた。いや動いたことくらい気づいてはいたが、気にはしてなかった。

 「阿蘇さん、大丈夫、この人なら」

 「・・・力の使い方を間違ってるんじゃないか?」

 俊はその阿蘇とやらの剣幕をまったく無視して美紗に問いかけた。

 「使い方?」

 「治癒。土なら治癒に特化してるだろう? 防御もだけど」

 「要石は一族を護るために強大な力を持たなければならないの。その強大な攻撃力で一族を護るために存在しているのだから。だから・・・だからそれ以外の能力は・・・」

 俊は無言で右手の人差指に水の刃を作り、自らの左手を切りつけた。かなり深く。

 「ちょっ・・・」

 そして美紗の右手を掴んだ。血に触れるのを当然のごとく拒否する。

 「傷を治したいと思ってごらん。あ、難しく考えないで」

 「難しいこと言っています。それよりその傷、痛いです」

 「いいから、軽くそう考えてごらん」

 言いながら美紗の掌を、傷の上に触れるか触れないかのところに導く。美紗の顔を見ると目を閉じ、歯を食いしばり、顔を真っ赤にしている。

 「力を抜いて軽く。目を閉じたままイメージだけでいいから」

 すぐにはできないよな、と軽く考えながら美紗の手を見ると、思いがけず鈍く光っている。そして俊の傷は表面がくっついていた。中のほうが治っていないのは痛みで分かるが、初めてでは大したものである。

 「ほら、治癒には初めてなのにこんなに才能がある」

 俊は美紗の手を離し、今度は自分の右手で左手をなぜる。それだけで傷は完治していた。

 「君は治癒向きなんだよ。ただ攻撃しか考えない一族の中で、誰も気づかなかっただけ、いやただ認められなかっただけ。ね?阿蘇さん」

 「え、あ、ああ」

 今まで見たこともない光景を呆然と見ていた阿蘇が頷いてもともと座っていた椅子に戻って行く。火の使い手なら治癒は見たことないだろうな、俊は意地悪く考えた。攻撃的な要石家より、はるかに火の民のほうが攻撃的だ。

 「仕方もないか、要石は攻撃を何よりも先に置くからね、うん、コーヒー美味い」

 声をかけるとそれまで自分の掌を他人のもののように眺めていた美紗が我に返る。

 「そうでしょう?」

 軽く微笑んで受け答えた表情は先ほどとはうって違って透明感のあるものであった。彼女の心に痞えていたものが、いい方向に除かれたのだろう。たまにはいいことをした、と俊は思うことにした。

 「尋ねてもいい?」

 「俺に答えることが出来ることなら」

 「五色さんって、あの五色なの?」

 「たぶん、間違ってない」

 一度身を乗り出した美紗は、俊から身を離すように背もたれによりかかった。そして再びテーブルに肘をつき、手に平に形の良い顎を乗せた。

 「全ての能力使い」

 俊は表情を隠すように俯き、多分わずかに見えるであろう、口元を微笑ませただけで応えた。YESともNOとも応えてはいない。それは美紗にも分かっていた。俊は全ての能力が使えているのか、少し疑問でもあったから。だけれども美紗には全ての能力が使えていることが当然であると考えたから。

 それぞれの認識にじゃっかんのズレはあっても、大筋は同一線上にあった。彼らだけに通じる辞書の上では、全ての能力使い=五色が通念となっていたから。

 「もう、いないと思っていた」

 「俺の他にもいるよ。知っている範囲では従兄が一人だけだけど。引退したところでは親父と叔父もそうだ」

 「他には?」

 「曾祖父の代に北海道に入植していてね、どこから来て、どこに一族の本家があるかは実は知らない」

 「そう、なの」

 「しかし、さすが要石家、物知りだ」

 「私たちの間では、救世主的な存在だから会ってみたかった。そして会ってみたら私は救われたわ」

 それには苦笑するしかなかった俊は、顔を伏せて表情を隠した。柔らかく微笑む美紗の表情が今の彼には眩しすぎた。

 夜の民とはいえ、ずいぶん深く暗いところまで心が落ちていることを、このとき改めて気付かされた。今の自分には彼女のように笑うことはできない、そう思いながら。

 「改めて私たちのところに来てくれませんか?行くところ、ないのでしょう?」

 「悪いけど若い女の子のところに転がりこんで、何もしない自信はない」

 「えと、あの、そうじゃなくて、私たちと妖魔を倒しませんか?」

 顔を赤くしてやや早口に言う美紗を、俊はまた軽く笑った。意地悪いのは生まれつきだ、と自嘲する。女性の扱いが苦手なのも。

 「けっこう人付き合い苦手なんだ。顔見知りとかじゃなくて、関係を築くのが面倒くさくて」

 「大丈夫と思う、私たちなら」

 「会社でも正直うまくいってなくてね」

 自嘲気味に笑う。どうにも社会的人間でないことは自覚している。それでも人間社会は組織で働かなきゃならないようにできているらしい。それならばおどおどしながらヒトといるより同族と一緒にいたほうが気は楽かも。そう考えて、しかし彼は違うことを口にした。

 「なぜあそこに花束を?」

 美紗の視線が一瞬泳いだが、静かに目をつむったあと、視線は戻ってきた。

 「たまたま、としか言いようがないけど。あの日、ほんの少し離れたところで買い物をしていたの」

 少し間をおいて彼女は続けた。思い出す、ではなく忘れられないことのように。

 「歩道を歩く私の後ろから腕をかすめて、まっすぐあの場所に、車が突っ込んできて」

 「怒りや絶望をどこに向けていいか分からない人間のすることだな。今の俺みたいだ」

 途中で遮って彼は自嘲気味に笑った。それ以上は聞きたくなかった。妻子の遺体と、警察からの説明とワイド番組の説明から何があったかは知っている。犯人は車で人を引いた後、ナイフで倒れた人を、子どもを刺して歩いたという。

 「あなたに連絡するのは、時間かかると思う。決断は人の十倍遅い」

 「大丈夫、私は待っているから」

 店からでた俊に、阿蘇が声をかけた。

 「さっきの光景は見ていた。美紗の恩人だから俺は歓迎する」

 「もっと話してみたいことはあるから。いつでも連絡を待っています」

 「ありがと」

 一人で過ごすのも、少し飽いてはきていた。この二人以外の夜の民がどういう人物かわからないけど、少しは他人の中に戻ってもいいのかと、少し思い始めてはきた。しかし、そう思いながらも彼らの中に溶け込むことはないだろう、とも考えていた。結局彼にもどうしてよいか分からなかったのである。


興味を持っていただけたら幸いです。

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