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第8音

ダァーンと最初の一音に力を込める。


その後、右手と左手の拍子の違うメロディーを軽やかに弾いていく。





空気が変わったのを肌で感じた。


あの試験官はただじっとこちらを見つめていた。





前世で得意だった曲

それはショパン作曲『即興曲第4番 嬰ハ短調』





通称『幻想即興曲』







何十回、何百回、何千回と弾かされた曲は、既に楽譜がいらない域に達していた。


目を閉じていても耳に焼き付いた音を間違えるはずもない。


約5分程のこの曲は細やかなメロディーと右手と左手で拍子(ひょうし)が違い、絶妙な技術が必要であるため、超難関と評される曲の一つだった。



前世の親はその曲を俺が5歳になる頃には既に仕込んでいたのだ。



弾けなくてとてつもなく怒られた。何度も泣いたし、指が裂けた。痛みに耐えながら血で染まっていくピアノは5歳の俺には計り知れない恐怖だった。






本当はこの曲を選ぶつもりなんてなかった。身体に染み付いた痛みと恐怖を思い出すのが怖かった。


けれど古くなったユズリの横笛を見て、恐怖に怯えながらそれでいて堂々と演奏するユズリには負けたくないと思う自分がいた。

彼女だって頑張っていたのだ。キャリアのある自分が投げ出してどうする。


試験官は彼女のあの演奏を聴いておいて簡単に不合格にしたんだぞ。







せめて俺は、俺の演奏はちゃんと見て目に焼き付けろ!!!







曲もラストスパートに突入し、流れるように指を動かしていく。




最後の一音を響かせ、ゆっくりと指を離した。


そしてピアノの横に立ち、一礼をしてピアノを巻き直した。




試験官がじっと俺を見て紙に何かを書き、案内係に渡していた。




ユズリの時と同じだ。


ダメだったのか。俺の実力はこの世界で通用しなかったのか。


やっぱり15年のブランクは大きかった。父さんにピアノを借りて少しでも練習していれば良かった。









「お疲れさん。帰っていいよ」


試験官はお決まりの台詞を淡々と言い放った。

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