美人だけどぶっきらぼうな雫先生は、同志を見つけて大はしゃぎ。
1年前くらいから息抜きでちまちま書いていたものです。(なのでちょっと話題古め?)
連載を書いている時間がなかったのでストック更新……という言い訳です。<m(__)m>
頭空っぽにして楽にぼけーっと読んで頂けるとありがたいです。
どんな学校にも有名なヤツってのはひとりふたりはいるだろう。
たとえば……。
とんでもなく勉強ができて常に学年トップの成績を叩き出す――秀才。
どんなスポーツをやらしても活躍できる程の運動神経を持つ――天才。
何なら学業も部活動もピカイチの成績を誇る文武両道の――完璧超人。
容姿が整い過ぎて校内のアイドルとして君臨する――イケメンや美女。
全校生徒の女子の情報に詳しく男子からは絶大な信頼を誇る――変態。
前世の記憶を持ち、闇の波動に目覚め色々と拗らせた――中二病患者。
男子生徒同士のカップリングで、ことあるごとに興奮する――腐女子。
などなど……。
挙げればキリがない程だ。
――そして例によってうちの学校にもそんな有名人がいる。
その人物の名は――雫七瀬。
別に姓と名が逆転しているように見えるから有名ってな訳ではなく、ちゃんとした理由が3点ある。
理由その①は、まず生徒ではなく――先生であること。
次にその②は、態度はめちゃくちゃ不愛想なのに、生徒思いの良い先生であること。
最後のその③は、至極単純な理由だが――とんでもなく美人、ということだ。
生徒に「雫先生の好きなものってなんですか?」と訊かれれば、「それはプライベートなことなので答えられません」ときっぱりと断り。
教師に「雫先生の趣味ってなんですか?」と尋ねられれば、「それはプライベートなことですのでお答えいたしかねます」と丁寧に断り。
数日前には勇気のある男子が「雫先生! 初めて見た時から好きです! もし良かったら付き合ってください!」と朝礼後の全校生徒がいる場で公開告白を仕掛けようものならば、「プライベートを大事にしたいので無理」とバッサリと切り捨てる。
こんなにもぶっきらぼうな先生だというのに、生徒や教師からの人気は絶大で。
ぶっきらぼうは〝素直になれない不器用な奥ゆかしさ〟ということで〝クール&ミステリアス〟に変換され。
その美貌も相まって、うちの学校では一番の有名人として君臨しているのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「雫せんせ~! これあげる~!」
「調理実習でウチらが作ったパウンドケーキ!」
「もち愛情100%だから!」
「味の感想は明日聞かせてください!」
「先生が飽きてしまったら大変だと思って、私のは紅茶フレーバーです!」
「ウチのは抹茶だよー! 甘くないからスッキリ食べれるよー!」
「……わ、私のは……ドライフルーツ入り、です! た、食べて……くださいっ!!」
「あたしが作ったのはおかずになるようにケーク・サレにしたから、お仕事中の小腹満たしには最適!」
衣替えの移行期間が始まり、夏服派と冬服勢が入り乱れる10月のとある日。
帰りのホームルームが終わり放課後となった現在、教壇に立つ雫先生の周りにはクラスの大半の女子が集まっていた。
雫先生の人気は男女問わずだ。男子からは純粋な好意を。女子からは好意と羨望をといったところだろうか。
そんな女子が手に持っているのは、可愛いラッピングに包まれたパウンドケーキ。
それを一斉に雫先生に渡しているのだ。
雫先生は一切表情を変えることなく、大量に差し出されたパウンドケーキを鋭い目つきで一瞥してから、小さく息を吐いた。
……ちゃっかり複数渡そうとしているやつもいるので、個数にして20以上。
いくらなんでもそんなに渡したら迷惑だろ。男子でも食えねぇよその量。
俺は教室の掃除当番だったので適当に掃き掃除をしながら、雫先生の心中を察していた。
「こんなには食べられない。それに誰かのを貰ってもそれは不公平になってしまうから、気持ちだけいただく。それでは皆、さようなら。気を付けて帰って」
澄んだ声でよどみなく返答をして。
相手の返事を待つこともなく、雫先生は芯の通った美しい歩き姿で教室を後に。
女子は雫先生の去り行く背を眺め、引き戸がピシャリと閉まったところで堪えていた黄色い声をあげた。
「雫先生割とガチでカッコ良くない!? エモいっしょ!!」
「それな」
「断られるって分かってたけど、予想の3倍スマートなお断り方」
「ホント雫先生ってツンデレだよね~」
「その奥ゆかしさがいいんですけれどね」
「はぁ~雫センセ……好きピ」
「うわぁ~ユイが乙女ってる」
……わーきゃーと何とも楽しそうなこった。
俺はちりとりでゴミを集めながらひとり寂しく掃除を続行。……ちなみに掃除当番は俺と「ユイ」と呼ばれていた絶賛乙女っている(?)ギャルだ。
とりあえず今の気持ちをギャル語で言い表すならば「メンディーなんで秒で掃除してほしい件、マジ卍」と言ったところだろうか。……いや、知らねぇけど。
――なんて冗談を考えていたのが功を奏したのか、乙女ギャルさんがこっちに歩いてやってきた。
……どうやらようやくひとり掃除タイムとかいう悲しい時間から解放されるよう――、
「なごみーん! マジメンゴ! ウチこれからさなちー達とオケるからガチめにけつかっちんなんだよねー」
――いや、何語だよ!?
――じゃなくて「なごみーん」ってなんだよ!! 俺の名前は――名波静哉だ! 初めて聞いたあだ名をいきなりぶち込んでくるなよ!
……と言い返してやりたいが、何となくだがニュアンスは分かる。伊達に毎日ギャル語を半強制的に聞かされているだけはあるな。……スピードラーニン〇かな?
恐らく乙女ギャルさんは「名波くん。本当にごめんなさい。私、さなちゃん(仮)とカラオケに行く約束をしていて、どうしてもお掃除している時間がないの」と言っているはずだ。
……
…………
……………って結局ひとり掃除タイムじゃねぇか! ふざけん――、
「お礼にウチが作ったパウンドケーキあげるから、よろたん!」
あぁぁぁぁぁぁ!!
よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!
掃除当番やるだけで女子が手作りしたパウンドケーキ貰えるとか最高かよ!!
やりますやります!
ゴミ掃除でも肩もみでも靴舐めでもなんでもします!
……なんて言うとでも思ったか?
そもそもそれは雫先生用に作った言うなれば余りものだし、大体パウンドケーキなら、PKじゃなくてPCだろ。……もしかしてあれか? ギャルなりのボケなのか!?
「……了解」
もう掃除も終盤だし、断ってもめんどうなことになりそうなので無難な選択肢を。
「なごみんマジでなごみん!! 神対応あざーっす! 今度ウチ代わりにやるから! あっ……なんなら一緒にディズインでもおけ!」
「うわぁ~さりげディズイン狙いとかユイがまた乙女ってるわ~」
「――ち、ちげぇし! ガチで乙女ってないし!! は、はい、コレやる!! 抹茶味だから男子でも食べやすいっしょ!? …………あと、掃除当番、やってくれて…… 」
「……あぁ」
「なにしてんのユイ~! 先行っちゃうよ~?」
「ちょまち! 今行くからー!」
……なんだよ。普通に喋れるんなら初めからそうしてくれよ。
不覚にも惚れかけたじゃねぇか!
……これだから童貞キラーのギャルは困る。
友達を追いかけてドタバタと走り去っていく乙女ギャル。
気が付けば教室には俺ひとりだけになっていた。
先程まではあれだけ騒がしかったというのに途端に音がなくなり、聞こえてくるのはグランドを走る運動部の掛け声と吹奏楽部のロングトーン。
――そんな時だった。
スラックスのポケットに入れていたスマホが短く振動した。RINEの通知を知らせるものだ。
一旦掃除の手を止めて通知内容を確認する。
『いつものところで待ってるね』
顔文字も絵文字もスタンプもないごくシンプルなもの。
でも文章はどこか柔らかく、普段の〝ぶっきらぼう〟な様子とは違う。
これは1週間に1度の決まり決まった何気ないやりとり。
だが俺はこの連絡が来る度に嬉しくなってしまう。
他の誰も知らない、俺だけが知っている――本当の姿。
『了解』
俺もいつも通りの返信をしてゴミを捨てに行こうとしたら、再度メッセージが入った。
更に返事がくるのは初めてのことだったので少し驚いた。
『パウンドケーキずるい。あなたも調理実習だったから作っているんでしょう? 私に頂戴』
実は食べたいのに我慢してたのか。そういや甘いもの好きだもんな。
思わず笑いながらもう一度メッセージを送った。
『俺のでよければ』
すると珍しいことにまたしても返信があった。
『あなたのがいいの』と。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――雫先生との出会いは遡ること約半年。
その日は雲ひとつない快晴に桜吹雪が舞う入学式だった。
高校進学と同時に両親の転勤が決まり。
これでマンガやアニメの主人公みたいにひとり暮らしで好き勝手ができるぞ、ヒャッホー!
……と喜んだのも束の間、「家事もろくにできないくせに何言ってんの? あんたバカ?」とどこかで聞いたようなセリフとともに、至極現実的な理由で断られた俺は、友達はおろか知り合いもいないこの東京にやってきたのだ。
「――君、ネクタイが曲がっている」
……正直、ひとり暮らしができなかったことは悔しいが、東京に出てこれたのは最高だった。
何を隠そう、俺はオタク。
――正しくはゴリゴリのマンガ・アニメオタクなのだ。
「――聞いてる?」
我らが流行の最先端にして聖地と崇める秋葉原が、なんと我が家から電車で30分という好立地。
オタクの街――秋葉原といえばアニメグッズのショップはもとより、毎週末どこかしらで開催されている各種イベントに、メイドさんを筆頭にくノ一や巫女さんもいる何でもありな喫茶店、ちょっとアングラでマニアックなものを取り扱う怪しい店、そして異国の料理屋が日本での覇権を巡り聖杯戦争を日夜繰り広げるというカオスタウンなのだ。
それに何と言っても東京は深夜アニメもほぼ地上波で視聴が可能というパラダイス!
今期は超能力ギャグ枠が1本に学園エロ枠も1本。忘れてはならない魔法少女ものが2本に、最近流行りの異世界飯テロ枠が1本。それに俺的注目株の〝UMA少女〟と〝オタクに恋愛は難解だ〟も始ま――、
「――君? ちょっと待ちなさい」
Re:ゼロから始まるオタクライフを想像するがあまり、今の今まで声を掛けられていたことに気が付いていなかった俺は、立ち止まって声のする方に顔を向け――、
「…………!!」
息を吸うのも、瞬きをするのも忘れて固まった。
東京は美人が多いと聞いていたけど、まさかいきなり学校でモデルさんに会うとは思わなかった。
グレーのテーラードジャケットに足の長さが強調されるフルレングスのパンツ。
三つ編みアレンジされたハーフアップのミディアムヘアーは、落ち着いた雰囲気の中に確かな可愛さを秘めていて。
化粧はほとんどしていないようなのに、潤いを湛えた薄紅色の唇は大人の色香を纏っている。
「君、新入生でしょう?」
唐突に謎の美女(仮)に声を掛けられ緊張のあまり声が裏返った俺は「へい」と、どこぞの商人のような返事を口に。……無理して「へいらっしゃい」とでも言っておいた方が、わざとらしくてよかったかもしれない。
俺のそんなヘンテコな返答を聞いた謎の美女(仮)は、相好を崩すこともなくただただ淡々と何事もなかったかのように言った。
「ネクタイ直してあげるから動かないで」
言うが早いか、舞う花弁の如くふわりと近づいてきて、息遣いが直接感じ取れる距離に目の覚めるような美貌を誇る美女の顔ががががが!!
おまけに花のような甘い香りまで感じてしまい、突然の接近に見事に動揺した俺は、普通に返事をするのではなくあろうことかアホなことを口走った。
「――へ、へいらっしゃい!」と。
……何言ってんだ俺ぇぇぇぇ!?
完全に自爆だぞ!
完璧に不審者だぞ!
どう考えてもヤバいヤツだぞぉぉぉぉ!!
――すると眼前の美女は表情を変えることもなく、不思議そうに小首をちょこんと傾げてから、
「君、将来の進路はお寿司屋さんが志望?」
ボケともツッコミとも取れない天然な反応をされてしまった。
……せ、せめて笑ってくれたならまだよかった。
この反応は一番キツイ。
やっちまった感が半端ねぇ。
「……違います」
「――できた。明日からはちゃんと準備してくること。君は今日から高校生でしょう? 新入生くん」
「……はい」
「よろしい……気を取り直して――〝ようこそ能力至上主義の学校へ〟」
……あれ?
確かそんなタイトルのアニメがやっていたような?
ふと感じたこの疑問は雫先生がうちのクラスの担任ということを知った瞬間に、綺麗さっぱり吹き飛んだのは言うまでもないだろう。
――それから数週間ほど経ったある日。
丁度冒頭と同じく放課後に教室の掃除当番をしていた時のこと。
「――それでは皆、さようなら。気を付けて帰って」
この日は同じ掃除当番の乙女ギャルが体調不良で学校を休んでいて、クラスメイトは皆部活に向かったり帰路に着いたりと、教室には俺ひとり。……安定のボッチである。
そんな俺も早く帰って録画した深夜アニメを消化するべく、テキパキと掃除を進めていると――教壇の下に何かが落ちていることに気が付いた。
……なんだ?
しゃがんで拾い上げてみると、それは家の鍵のようだった。
だが俺は、家鍵を落とすなんてさぞかし困っていることだろう――なんて当たり前な感想よりも先に別の部分に注目。
――ま、まさか……うそ……だろ……!?
家鍵に繋がれた一見何の変哲もない男キャラのキーホルダー。
――でもこれはマンガ〝いたずら好きの茂木さん〟の超が付くほどの数量限定グッズなのだ!
原作のマンガが100万部を突破した記念に、掲載誌の企画で応募者抽選という形で100個だけ配布された幻の逸品。いくらお金があろうとも手に入れることのできない、最上級のコレクターズアイテム。
そんな貴重なものを持っていて、しかもそれを肌身離さずに持ち歩く家鍵に付けるなんて……筋金入りの相当なファンと見た。
「……さすが限定グッズ。茂木さんにイタズラされて驚いてる白片の表情の再現度がすご――」
「――な……なに、して……いるの?」
「えっ!?」
まじまじと眺めていたら勢い良く引き戸が開き、初めて見る慌てた様子で息を切らしている雫先生が飛び込んできたのだ。
俺が反応出来ずにいると、コツコツと心地好い靴音を鳴らしながら近づいて来て衝撃の一言を。
「それ――私の」
……え?
……この限定グッズ(正確には家鍵)……雫先生のなのか?
……冗談だよな?
「――本当ですか? これって掲載誌限定100個の激レアグッズですよね?」
すると雫先生の反応は顕著だった。
「その通り。いかにもそれは〝いたずら好きの茂木さん〟100万部記念のスペシャルリミテッドグッズ。毎日神社にお参りしたおかげでゲットできた私の宝物」
腰に手を当てて仁王立ちをして。
どことなくしたり顔で、わずかばかり目を煌めかせている雫先生。
間違いなく「どう? 凄いでしょう?」と言っているような気がする。
……というかこんな態度の雫先生を今まで見たことがなかったけど、もしかして――。
「雫先生は――オタクですか?」
「――な、何を言っているの名波くん、私は別にオタクではな――」
「――消しゴムの2択を外した白片をどう思いましたか?」
「――ふたりのやりとりが控えめに言って最高。あそこで外す期待を裏切らない王道な展開は見ていて悶絶必須」
あっ……(察し)。
この先生間違いなくオタクですわ。
俺と同じ匂いがプンプンしますわ。
それと意外とへっぽこなのかもしれない……。
雫先生は俺の誘導尋問にバッチリと引っ掛かった。刑事ドラマだったら犯人が自供しているようなクライマックスシーンである。
「そうですか。随分詳しいんですね雫先生」
「――は、図ったわね名波くん。…………えぇ。あなたの言う通り、私はアニメとマンガが大好きなオタク。さぁ、煮るなり焼くなり蒸すなり揚げるなり茹でるなり和えるなり炒めるなり燻すなり漬けるなり炙るなりレンジでチンするなり……好きになさい」
やたらと深刻そうな表情で何言ってんだこの先生。
もうへっぽこ確定ですわ。
あととっさにこれだけの調理方法が出るくらいだから、料理が上手そうな気がする。……レンチンもカウントするのはどうなのかと思うが。
……ってそんなことよりも、人のことを何だと思ってるんだ?
こう煽られると無性にイジワルしたくなるのが人の性。
「……好きにしていいんですよね?」
「……えぇ。教師に二言はない……我が生涯に一片の悔いなし!!」
天高く拳を突き上げてどこかの世紀末な世界の拳王が如くやり切った感満載の表情で、遠くを見つめている雫先生。……美人な先生が全力でラヲウを再現するってなんだよ。それに絶妙にカッコイイってホントなんなんだよ。
へっぽこ故に真面目にやっているのか、雫先生なりのボケで場を和ませようとしているのか全く判断がつかない。
「とりあえず目を瞑って、手のひらを上にして前に出してください」
「――これで……いい?」
「はい」
……とんでもなくイケナイコトをしている感があるが、俺は至って変なことをするつもりは無い。
掃除が終わるまでただそのままの姿勢でいてもらおうという、些細なイジワルを実行するだけだ。
ホウキで床のごみを集め。
「……な、名波くん?」
ちりとりで回収し。
「……一体何をするつもり?」
ゴミ箱に投下。
「――ま、まさか!? 私の宝物を捨てるつもりな――」
「――俺だって雫先生と同じオタクなので、激レアグッズを捨てるなんてそんなヒドイことはしませんよ。いいですか? これは正真正銘宝物なんですから、今後はくれぐれも落とさないように気を付けてくださいね」
先生の反応からさすがに罪悪感を覚え始めたので、律儀に固く目を閉じたまま焦りからプルプルと震えている手のひらにキーホルダーをのせた。……俺が言うのもなんですが、宝物より家鍵の心配をしたらどうですか雫先生。
「…………うん?」
すると恐る恐る目を開けた雫先生は手のひらにちょこんと乗る宝物を見て、数回瞬きを繰り返し。
「真剣です!」と言わんばかりの表情を湛えて、俺と白片を何度も見比べてから一言。……怒らせてしまったか?
「――いたずら好きの名波くん?」心なしか瞳をキラキラと輝かせた雫先生
怒るどころかどこか楽しそうにしている雫先生のそんな言葉に、不意を突かれた俺は盛大に噴き出したのだった……。
――それからというもの雫先生とはふたりきりになるようなタイミングがあると、どちらともなく口を開き、オタク話で自然と盛り上がるようになった。
ある時は放課後の教室で最近読んだマンガについて「雫先生、これ知ってますか?」「当然。ファンならば当たり前の知識。名波くんこそこれ知ってる?」と、どちらが詳しいかクイズを出しあったり。
またある時は皆に気付かれないよう、廊下ですれ違いざまにオススメのアニメ作品を書いたメモを互いに渡しあったり。
時には作品ごとにどのキャラが一番尊いかで意見をぶつけ合って「名波くんのわからずや!」「こっちのセリフです。雫先生の頑固者!」と、口喧嘩から冷戦状態に突入したり。
……でも最終的にはやっぱり一緒に作品について語り合って、お互いに共感したくてすぐに「私が大人気なかった。ごめんなさい」「俺も言い過ぎました。すみませんでした」と、仲直りをした。
その内連絡先を交換して、深夜までマンガ名言しりとりをしたあげく、そのままリアルタイムでアニメ実況をして、翌日学校でふたりして眠そうにしてしまったり。
平日の学校終わりに秋葉原で待ち合わせをし、コスプレショップで軽く変装をしてから、アニメの先行上映会に行ったりもした。
――そして俺と〝同志〟である雫先生が特別な関係になるまで、そう時間はかからなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
乙女ギャルをカラオケに送り出してから手早く掃除を終え、階段を1段飛ばしで駆け上がり。屋上へと繋がる扉の前までやってきた。
うちの学校の屋上は常時施錠されている。理由は危ないからというごくごく平凡なもの。
そんな施錠されているはずの扉の前に立って、俺は息を整えた。
急いでやってきたことがバレるのは無性に恥ずかしい。
充分に落ち着いてから今度は〝コンコンコン・コンコンコン〟とリズミカルなノックを。
――すると施錠されていて誰もいないはずの屋上側から〝コンコンコンコンコンコンコン〟とノックが返ってきた。
いわゆる3・3・7拍子のテンポである。
〝山〟と問われたら〝川〟と返すように、千夜一夜物語の〝開けゴマ〟と同様の暗号なのだ。
次いで「――ゾンビランド」と俺が口にすれば、扉の向こう側からは間髪入れずに「――シガ」と透き通った美声で返答があった。
ちなみに今のは完全に俺のアドリブだ。
それにすぐさま返答してくるあたり、さすが〝同志〟でもある。
「今開けるわね」
「……分かりました」
ガチャリと解錠され、ギギギと蝶番が悲鳴にも似た軋みを上げて重々しく扉が開いた。
そしてそこに立っていたのは――、
「遅かったわね同志――名波」
「掃除に手間取り申し訳ない同志――雫」
「今日のアドリブ良かった。ちなみに私は、伝説の田中たお派」
「ありがとうございます。自分は、伝説の花魁あさぎり派です」
学校一の有名人、雫先生その人だ。
「同志名波……季節は10月。時間は夕刻。場所は屋上。……寒かった」
丁度冬の到来を感じさせる冷たい風が吹いて、雫先生の艶めいた黒髪が夕日を浴びて煌めきながら靡いた。
ただなんてことのない一瞬。
でもその景色の中に雫先生がいると、まるで映画のワンシーンであるかのように絵になるのだ。
茜色に染まった空のもとでも分かる雪のように白く肌理の細かい肌。
真っ直ぐに伸びた高い鼻梁に、涼しい瞳とクッキリ二重の切れ長な目。
背はスラリと高く、プロポーションはモデル並みに抜群で。
そんな人が恥じらいの表情を浮かべながら、俺に向かって手を差し出してきたのだ。
……どうしたんだ一体?
急な行動に俺が頭を捻っていると今度は少しふてくされたように視線を逸らし、
「…… 」
と零した雫先生。
普段のぶっきらぼうな姿はどこにいったのか。
時折チラチラとこちらを窺いながら、言葉通り寒そうだからなのかそれとも気恥ずかしさからなのか、プルプルとしているその姿は反則的なまでに可愛かった。
……俺の担任で同志で――〝彼女〟である雫先生が可愛過ぎて今日も辛い。
「失礼します」
恐る恐る手を握る。
雫先生の手はかなり冷たく、階段を駆け上がってきた俺にとっては心地好く感じた。
雫先生は俺の手を両手で包み込むと、「……あったかい。同志名波くんの手はきっとパン作りに向いていると思うの。焼きたてダぱんの太陽の手」と相変わらずの調子で感想を口にしていた。
「寒いから手短に終わらせましょう。それでは早速、今週のアニメについて意見交換を――」
「――待って。手短は同意できない。ラグマットとブランケットとホットカイロと、それにタンブラーにあたたかい紅茶を入れてきた。準備万端だから……ゆっくり、一緒に……いて?」
「……はい」
――こうして今日も変わりなく俺と、一見ぶっきらぼうだけど実は甘えたがりな雫先生の秘密会議が始まったのだった。
――END――
お読みいただきましてありがとうございました!