諏訪部長の咆哮
「くそ生意気だぞ!!!」
事務所に戻ってくるなり、机に書類を投げつける諏訪部長。
その後は自分の近くにあるごみ箱を蹴って散乱させた・・・
肩で息をして、まだまだその怒りは収まる気配はない。
どうやら有機ELに関する会議で機嫌を損ねたらしい・・・
「室谷!」
ここで自分の名前を呼ばれたのだが、
あんな機嫌の悪いとことへ行きたいとまったく思わない・・・
だが、すでに体は反応しており、
諏訪部長の方へイスを回転させて、
「はい!」
返事をするとともに諏訪部長のすぐ傍へまで近づく。
すぐ傍に僕が来てもすぐに声をかけられることはなく、
前方をにらみつけたままの諏訪部長。
その間に事務所は100人以上いるというのに静まり返っていて、
誰一人声を発しようとはしないのである。
ここで一言発して、諏訪部長の機嫌を損ねるわけにはいかない。
みんなが、そう思って、一心不乱にパソコンに向かう。
どのくらいの沈黙が続いたかは分からないが、
心情的には相当長い沈黙であったと思う。
この沈黙で、心臓に悪い時間が早く終わることだけを切に願う。
その願いが通じたかどうかはわからないが、
その沈黙を破ったのは、当然諏訪部長であり、
「有機ELチームは本社の新事業推進本部からの予算で動くことになった。」
諏訪部長からの発言に驚いてしまう。
なぜ本社の新事業推進本部がこの件に絡んできたのかが分からない。
だけど、そのことを聞こうものなら
怒りの矛先がこちらに向いてしまうので、聞くことはなく、
「そ、そうですか・・・。」
ただ、返事をするのみである。
「契約書を送ってくるみたいだから、お前が対応しろ。
あっちの有機ELチームが対応したら、しょうもない不備をしそうだからな。
あいつらの不備で済めばいいが、そんなわけにはいかないからな。
九州事業所の技術部全体の評価が本社内で下がることになってしまう。
そんなことで下げるなんてバカらしいからな、しっかり対応しろ!」
「はい。」
諏訪部長の怒気を含んだ声での、僕に指示を出してくる。
僕に声をかけてきた時には少しは落ち着いたように思えたのだが、
全く落ち着いてはいないようだ・・・。
九州事業所の落ち度を気にしていることから、
まだまだ、したたかに狙っているんだろう。
新事業推進本部からの横やりがあったとは言え、
材料開発チームの事業化に伴う、事業部長の座を・・・
材料開発チームの事業部長になれば、本社直属、
しかも社長直属の事業部になる予定なのだから、
本社への道・・・いや、取締役への道が開かれる。
まだまだ貪欲に上を狙っている諏訪部長。
技術部長ではまだまだ地位が低いと考えのようで、
事業部長や事業所のトップになる工場長、さらにその上の取締役を
虎視眈々と狙っているのであろう。
ただ、本流=本社勤務でなければ取締役にはなれない。
九州事業所から一時転勤で本社に2年間いたが、
それ以外は一切出たことがない諏訪部長では、
一番上り詰めれたとしても工場長である。
だが、ここには年齢が一つ下の工場長がいる。
だから、どう頑張っても諏訪部長にその席が回ってくるこことはない。
いや・・・
色々と現工場長が失脚するように手は打っているか・・・
ただその策がいつ成功するか分からないので、
もう一手を諏訪部長は打っていた。
それは材料開発チームの事業化に伴っての部長の座を狙ていることだ!
そのための戦略として、現在本社管理となっている有機ELチームを一度不振にさせてから、
諏訪部長、自らが陣頭指揮を執って、一気に有機ELチームを立て直していく計画を立てている。
まさにマッチポンプのような策である。
そんなにうまくいくのか?という疑問は湧くのだが、
それをうまくいかせるのが俺達、諏訪部長付の人間達の仕事である。
そして、その立て直しも俺達の仕事である・・・
ただ、諏訪部長は自分の都合の良い絵を描きたいと俺達にいい、
俺達が、その下絵を必死になって描き、そしてその色付け、
絵が完成したら額縁をつけて、諏訪部長に渡す。
そして、諏訪部長が『この絵は俺が描いた!』その言葉を横で
感嘆しながら聞くのだ。
「・・・柊もうまく新事業推進本部に滑り込んで、
兼務とはいえ本社所属になりやがって・・・。」
「・・・。」
当然諏訪部長にとっては、柊君についての人事もまた激怒する対象であった。
そもそも新事業推進本部が出来と噂が流れていた時、
諏訪部長の中では、当然自分が部長としていくと思っていた。
新事業推進本部は、新規事業の取り扱いとして、
九州事業所にある材料開発チーム、更には有機ELを用いた照明器具化の二つが上がっていた。
どちらも九州事業所に関係しているたため、その技術部長である自分が思っていたのに
蓋を開けてみれば本社の村中部長が就任したのだ。
それだけでも怒り心頭の状態であったのにも関わらず、
その村中部長からの鶴の一声で、柊君は昇級して参事となり、
関東事業所での有機ELを用いた照明器具化に携わることになった。
更には新事業推進本部にも参事として兼務することになったのだ。
そう、ここで諏訪部長が喉から手が出るほど欲しかった本社所属の権利を貰ったのである。
自分がどうにかして手に入れようとしていた本社所属を手に入れた柊君に
当然怒りの矛先がすべて柊君に注がれることになったのだ。
そのことを踏まえて考えると、どうして柊君に怒りが向かっているのかがわかる。
先ほどの会議でたぶん、理不尽な仕打ちを受けている有機ELチームの件で、
諏訪部長に対して噛みついたのだろう柊君が・・・
そこがまた諏訪部長の機嫌を損ねたんだろう。
自分の意見にイエスという人間以外は有無も言わさず切る諏訪部長だ。
口論の末、村中部長から予算を新事業推進本部が出すといった言ってきて、
同じ部長とはいえ、技術部長と事業部長では格が違う。
ましてや本社から来た人間である村中部長に逆らうわけにもいかない。
だから、従うしかなかったんだろうな・・・
そこでは一時的に我慢していたが、会議室から出ると
また怒りが再度燃え上がり、当たり散らしていたと・・・
ただ、上にいる村中部長に怒りの矛先を向けることができずに
同席していた柊君へ怒りの矛先を向けているんだろうね・・・
有機ELが現在本社預かりであるため、そこを利用した策をダメにされて、
そのダメにされた相手が柊君達なら、当然目の敵にするのは・・・柊君に対してだな・・・
しかし、面白いくらいの掌返しだな・・・
今の部長職についたのは、まさに柊君のおかげだと言うのに。
川村部長が不在となり、その管理を急遽諏訪副部長がすることになった。
数ヶ月ではあるのだが・・・
その間に柊君達の力で世界一を達成したおかげで、
自分の評価が上がって、更には適齢期の人が誰もいないことがあって
部長の座に座れたというのに・・・
僕から見れば、柊君に対しては恩こそあれど、
あんな怒りをぶつける対象にはならないと思うのだが・・・
僕に指示を出した後は、仏頂面で自分のイスに座って、
ずっとふんぞり返っていた諏訪部長。
それから、数人が部長承認を貰いに来ていたのだが、
誰一人承認はもらえず、1時間の説教の後、出戻りとなっていた・・・
次の案を考え出すまで・・・このままなんだろうな・・・
僕は暗い空気が流れる事務所で、ただ黙々と仕事をするのであった・・・
次話は8月20日7時に更新予定です。
気づいた点は追加・修正していきます。
拙い文章で申し訳ないです。




