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「幸也は知ってるの?妊娠したって」
普段は声の大きい理央だが、気を遣っているのか椎華にだけ辛うじて聞こえるような声量で話す。
幸也とは、椎華の恋人の名前だ
橋本幸也ーー
椎華と理央の四つ年上で、職業はホストだ。
キャバクラでバイトをしていた理央に誘われて、夜の世界に踏み込んだ椎華を、ある日理央がホストクラブに飲みに行かないかと誘ったのが始まりだった
色白で長身の幸也は店内でも目立った存在で、透き通るような金髪が印象的だった。
「まだ話してないよ」
「ちゃんと話さないとだめだよ」
「わかってる」
鼻から僅かに息を漏らした理央の顔は、眉が垂れ下がり焦れったそうにしかめている。
そんな理央の視線を遮りたくて、無理矢理窓から見える景色を眺めたりしてみた。
「理央だったら、産む?」
景色を見つめたまま、理央に問い掛けると迷うこと無く返事は返ってきた
「産まない。あり得ないね。大体うちは子供嫌いだし…今デキても誰が父親かわかんないし」
「そっかぁ…」
そんな答えが返ってくるのはわかっていた。
自分は子供が好きで、父親が誰かわかっているだけ幸せなのだろうか。
空をゆっくりと移動し続ける飛行機を目で追いかけながら、一応自分を慰めてもみたりした。
空虚感…なのだろうか。
ただ、ポッカリ穴が開いたような寂しさが無いのは、穴があくというよりも、胎児で埋められているからなのか、これが母親ってものなのか、など余りにも幼稚で薄っぺらい思考に、ああーーだめだ、全然だめ。
それがやっと出た本音だったと思う。