カオスドラゴン先輩、マジやめて
「あいたたたた」
首に白いギプスを巻いて、首がガッチリと動かない。これじゃ百層大冥宮の八十層のボスとしてどーなのよ? ほんとモーロック先輩、やべーよ。
あ、ども。俺、ライトニングドラゴンのブラーシュです。これでも地下迷宮でボスやってます。いや、そのボスが首をムチウチでマトモに戦えないなんて、情けないっすけど。
最近、モーロック先輩がやべーんすよ。あ、モーロック先輩ってのは最下層のボスで、カオスドラゴンっていう、まー、なんていいますか? ドラゴンの中で一番やべードラゴンなんすよ。
「貴様ら、たるんどらんか? ワシが稽古をつけてやる!」
とか言って、暇なのか最下層から八十層まで登ってきては俺らを鍛えてくれるんすけど。
八十層ってのはドラゴンばっかりの層で、ヒドラとかワイバーンとか、そんな各種ドラゴンの幕の内弁当というか、とりあえずドラゴンっポイのは八十層で、とゆー層なんすよ。俺は一応そこで頭張ってるんすけどね。
で、カオスドラゴンのモーロック先輩は。
「ドラゴンCCC! 滅殺張り手!」
「ぎゃふん!」
「この程度で怯むな!」
と、八十層の俺達相手にやりたい放題なんすよ。いや、悪いドラゴンじゃないんすけど。やり過ぎるとこあるんすよ。なんつーか、あれっすよ。体育会系の部活のOBが、たまにふらっと来て後輩の様子を見るっていって、シゴく奴。これってなんなんすかね? 俺らもそんな弱くはねーんすけど、先輩と比べられちゃうと。ねぇ?
そのモーロック先輩が、最近やたらと張り切っちゃって。
「どうした? この程度、ミルなら余裕でかわすぞ? もう一発!」
「先輩! マジカンベンしてー!」
「甘い! そんなことではミルに負ける! ドラゴンとしての意地を見せろ!」
なんでもこの前、最下層に人間の女が来て、どういう訳か今は亡き魔王様の刀を受け継いだって。あの刀って魔王様以外は自分の使用者って認めなくて、誰も使えなかったハズなんすけどね。で、その女がミルっていうんすよ。
その人間の女、ミルさんとモーロック先輩が最下層で一緒に修練してるとか。そのミルさんに影響されて熱くなった先輩が、最近よくシゴキに来るんす。
と、ゆーか、人間の女でモーロック先輩とサシでやれるって、なんなんすかね?
「休むな! ドラゴンCCC、暗黒エルボー!」
「ぴぎゃす!」
「ブレスに頼るな! 格闘戦でもドラゴンこそ最強! このワシがドラゴン流近接格闘術、カオティッククロースコンバットを一から仕込んでやる!」
そのドラゴンCCCってのもモーロックさんが作ったんすけどね。そのオリジナル格闘術の新技実験に俺ら使うの、マジやめてくんないすかね。身体がもたねーっす。
「どうした! この程度のコンビネーション、ミルならワシをエロじじーと罵りながら笑ってかわすぞ!」
そのミルさんってのどんだけやべーの? ミルさんが来てからモーロック先輩が熱くなってるみたいなんすけど。人間が先輩を相手にして、まだ無事に元気ってのが信じられないっす。だって先輩って、ブレス以外にも角からサンダーとか目からビームとか出せるんすよ?
ミルさんて、何者かは、まだ会って無くて知らねーんすけど。前に、九十九層の青い髪の吸血鬼が、いきなりヒドラをボコにして、首を1本もいだんすよね。ま、ヒドラなんで首の1本くらいまた生えてくるんすけど。
俺、一応ボスなんで聞いてみたんすよ。そのヒドラの首、どーするんすか? って。
「今夜のミル様のご飯にしようかと、ステーキにする予定です」
ミルさん、ぱねぇ。ヒドラが晩飯っすか。ヒドラのタケゾウが泣いてるっす。首はまた生えても、もがれたら痛いんすよ。
聞いてみたらミルさんって、コカトリスの軟骨焼きとか、バジリスクの骨を油で揚げたのとか、ご飯にしてるらしいっす。
他にもプリンセスアルラウネの葉とか根っことか。それって、九十五層のボスっすよね。あのプリンセスアルラウネのロズさんの葉っぱの髪の毛とか足の根っこをサラダにして食べるって。ミルさんはほんとに人間っすか?
そのミルさんに刺激されたのか、モーロック先輩は。
「相手が素早い小物だろうと、侮るなよ! 蹴りが甘いわ! ドラゴンCCCブレーンバスター!」
「あんぎゃー!!」
ずどんがしゃーん。
「それで、モーロック先輩は、俺を軽々持ち上げて、地面に叩きつけたっす。で、今、ムチウチなんすよ」
「あのおじーちゃんは、なにやってんの?」
ついに噂の魔王様の刀を持つ人間の女。ミルさんが八十層にきたっす。周りのドラゴン連中も小さくカタカタ震えてるっす。
俺の配下のドラゴン達のビビり方がやべーっすわ。尻尾巻いてちっちゃくなってますわ。ヒドラのタケゾウなんて首を縮めて亀みたくなってますわ。
俺を見上げる小さな人間の女の子。腰には魔王様の愛刀が。絶対にただもんじゃねーっす。俺も背筋がゾクゾクするっす。助けて魔王様。
ミルさんは可愛らしく首を傾げて。
「その首、すぐには治せないの?」
「流石に骨と神経まで行くと、完治するのに三日はかかるっす。なので、せっかくミルさんに来ていただいたのに、俺はお相手できないっす」
「そっかー。おじーちゃん以外のドラゴンとはちょっとやってみたかったんだけどなー」
「あ、そ、そうなんすか? じゃ、ボスの俺の代理で誰か……」
周りのドラゴンを見てみても、誰も俺とは視線を合わせないように、俯いたり顔を背けたり。お、お前らー。も少しボスの為にー、くー。
も、仕方無いっす。俺もこの八十層のボスっすからね。腹を決めるっすよ。
「えっと、皆、体調悪いみたいで。俺で良ければ、」
「え? いいよ。ケガしてるのに無理しなくても。それより稽古でケガして本番できないって、あのおじーちゃんは、ほんとにもー」
あれ? ミルさんはドラゴンをコケにしてるってモーロック先輩から聞いてるんすけど?
「ちょっとあのおじーちゃんに言っとくね。後輩をイジメるなって。ブラーシュもたいへんだね」
え? ミルさんて、もしかして優しい人? 同情の視線が優しいっすよ?
「私からびしーっ、と言っとくから。稽古をつけるならちゃんとしろモーロックじじーって。相手のことを考えないから、デリカシーの無いエロドラゴンって言われるのよ」
「あ、あの、ミルさん? モーロック先輩にほんとにそんなこと、言えるんすか?」
「言えるんすよ。変態とかチカンとかセクシャルドラゴンナンバーワンとかいつも言ってるし」
ミルさんカッコいい。モーロック先輩をじじー呼ばわりして、そんな暴言吐いてて五体満足なんて。マジすげー。周りのドラゴンもザワザワ。
「ミルさん、マジぱねぇ」
「モーロック先輩をじじーって、変態って」
「先輩、怒ると怖いのに」
ざわつく俺達を不思議そうに見てるミルさん。
ヒドラのタケゾウがおそるおそると、
「あ、あの、ミルさん? なんか、僕の首をステーキにして食べたって聞いたんですけど……」
「あ、あなたがヒドラ? ……じゅる、あ、よだれが」
「ひいいいい」
「ヒドラがあんなに美味しいとは知らなかったー。美味しいお肉をありがとうございます」
ペコリと頭を下げるミルさん。え? ここって強いのが偉いってとこで、強いのに従うのが当たり前なんすけど。
あの先輩とやりあえるミルさんが、ヒドラのタケゾウに頭を下げるなんて?
「ステーキの他にも、シチューとか、肉まんとか、スモークにしてサンドイッチにしたりとか。とっても美味しいです! でも、大丈夫なの? すぐに生えるって聞いたんだけど」
「え? 心配してくれる? えっと、僕は再生力だけが取り柄なんで。一応ドラゴンなんですけど、空は飛べないし、足は遅いしで、先輩にはいつもしごかれて」
「私も空は飛べないなー。でも再生力が自慢で首が斬れてもまた生えてくるなんて、スゴい。足が遅くても首が五本もあるから、手数で押せちゃうよね。手強そう」
「いえいえ! 僕はここでもそんな強い方じゃ無くてですね。えと、そんな、その」
「それにお肉も美味しいし。こんなに美味しいお肉を食べたの初めて。ヒドラすごい。そこは百層大冥宮で1番だね」
「えぇ、そんなぁ、そんなことは……」
ヒドラのタケゾウが赤くなってモジモジしてる? 誉められて喜んでる? 美味しくいただかれてるんだけど? タケゾウ、しっかりして。
ミルさんは俺に向き直って。
「おじーちゃんもね、いい人なんだけど、ちょっと女の子にはデリカシーの足りないセクハラドラゴンだよね。私からも言っとくけど、そこは後輩でも言うときは、びしーっ、と言ったほうがいいよ。女の子ドラゴンもいるんだろうし」
うわ、ミルさんかっけぇ。魔王様の愛刀が主と選ぶのもなんか解ったっす。俺、きゅんときたっすよ。あねさんって呼んでもいいっすか?
「それじゃ、そのうちまた来るね。ケガが治るまで無理しないでね」
「あ、ミルさん送っていくっす。俺の背中に乗るっすか?」
「ありがとー。でも、ギプスしてる人に無理はさせられないよ」
皆で並んで去っていくミルさんを見送ったっす。
「ミルのあねさんって、優しい」
「俺達ドラゴンは強いって思われてるから、他の種族に同情されたりとか、優しくされたりとか、あんま無いからねー」
「モーロック先輩にびしーっ、と言えて、俺達に優しくしてくれるなんて」
「良く見たらちっちゃ可愛いし」
「ぼ、僕の首が美味しいって、僕の首があのミルさんの口の中に? なんだろう、このせつないような胸に湧く気持ち……」
俺達、すっかりミルのあねさんのファンになったっす。
その後は八十層にミルのあねさんフィーバー旋風が。人間のことバカにしてて見て無かったんすけど、なんとミルのあねさんが百層大冥宮の武闘ランキングに挑戦してたんすよ。俺らドラゴンは体格制限で出場できないから、興味無かったんすよね。
そのミルのあねさんの闘いは『刀術師ミルの挑戦』って番組になってて、百層大冥宮では視聴率トップの人気番組だったんすわ。
俺ら知らないうちに百層大冥宮のアイドルとお話してたんすわ。そんなあねさんなのに気取るとこも無くて、ドラゴン相手にも怖がらないし、偉ぶるとこもなくて笑顔向けてくれるなんて。
毎週放送されるミルのあねさんの闘う姿を、皆で応援しながら見るようになったっす。
でも、
「『刀術師ミルの挑戦』も第三シーズンで終わりかー」
「ランカー1位になるまでやるべきじゃないの?」
「でも人間が二年だっけ? それでランカー14位まで行くなんて、ミルのあねさんマジやべぇ」
「マンティコア戦はおもしろかったよなー」
「アラクネ戦って、あれはヤバくね? 放送コードに引っ掛かるんじゃね?」
「あー、もう、僕の首の肉を食べてもらえないのかなぁ……」
ミルのあねさんが百層大冥宮を出て、実家に帰ったっす。ずっとここにいてくれるかと思ってたんすけどねー。
ミルのあねさんがいなくなって、この八十層から火が消えたようになったっす。魔動映写機で録画したミルさんの映像を見てると、なんだかせつなくなってくるっす。
ドラゴンみんながボンヤリしてるとワイバーンのシュンが慌てて飛んでくるっす。どうしたっすか?
「みんな! ニュースだ! 大ニュース! 『刀術師ミルの挑戦』の続編が決まったってよ!」
「「なにーーーー!!」」
「今度のタイトルは『刀術師ミルへの挑戦』あと、数量限定で前作のスペシャルコンプリートボックスも発売が!」
「すぐに予約するっす!」
トゥルルルル、あ、魔動通話機が。誰っすか? 今、忙しいんすよ?
「はい、八十層のライトニングドラゴンのブラーシュっす」
「もしもし? ワタクシ、九十二層のアデプタスであります」
九十二層のボスの不死王のアデプタス様!? 同じボスっすけど、あっちは格上っすわ! 上司みたいなもんですわ! 実質この百層大冥宮の社長なんすわ! え、何?
「ちょっとお話がありまして、スケジュールを聞きたいでありますが」
「な、何でしょう? アデプタス様?」
「新番組『刀術師ミルへの挑戦』の出演以来であります。今回はランカー以外にも出てもらおうかと企画してるであります。いかがでありますか?」
え? 俺があの人気番組の続編に? 出演? マジっすか?
「この際にはミルさんとガチバトルしてもらうでありますが、」
「是非お願いするっす! スケジュールなんてガラガラ空いてますわ!」
「そうでありますか。では予定を組むのに一度会って話すであります。また連絡するであります」
俺が出演っすか? またミルのあねさんに会えるんすか? でもガチバトル?
「みんな! 俺の特訓に付き合うっす!」
今度は八十層のボスの名誉にかけて、ちゃんとミルのあねさんの相手をするっすよ!
「ブラーシュ、ミルとやるそうだな」
「あ、モーロック先輩」
「どれ、ワシが稽古を、」
「今回はケガした状態で本番する訳にはいかないっす! モーロック先輩は手を出さないで下さいっす!」
「何い?」
「何かあったら番組スタッフにも迷惑になるっす! アデプタス様とフェス様に怒られるっすよ!」
アデプタス様は社長で、フェス様は会長みたいなもんですわ。
「なので俺にも責任があるっす。トレーニングも決めてあるんで、モーロック先輩の手は借りないっす!」
先輩はちょっと不機嫌な顔してたっす。でも先輩でもアデプタス様とフェス様には強く出れないはずっす。先輩は、うむ、と頷いて。
「ワシもミルに迷惑かける気は無い。ブラーシュ、好きにするといい」
びしーっ、と言ったら意外にあっさり引いたっす。怖がらないで言うときは言った方が良かったんすね。
ヒドラのタケゾウが気合いを入れて。
「ブラーシュ!」
「どうしたっすか? タケゾウ?」
「僕の首をミルたんのお土産に!」
「解ったっす! ボスを倒したらお宝のドロップはあって当然っすね! クール宝箱に詰めて持ってくっす!」
待ってて下さいミルのあねさん。俺もやるときはやるってところを見せてやるっす。
俺がドラゴンってことで、『刀術師ミルへの挑戦』第1シーズンのラストって予定で、試合の日が今から待ち遠しいっす。
その為に特訓するっすよ!
「八十層のボスにふさわしいヤラレポーズと敗北シーンの特訓するっすよ!」
「ナメとんのかブラーシュ!!」
え? ちょっとモーロック先輩、マジやめて? あ、ちょ、待って、あー!
「ドラゴンCCC! ドラゴンスープレックス!!」
「あんぎゃー!!」
とある地下迷宮の内部事情でした。