私小説ホラーの文学的戦慄 高野真さん「夜釣りの話」
次にご紹介する作品は高野真さんの「夜釣りの話」です。
昔、モダンホラーにはまった時期があります。
モダンホラーとは何かという言葉の定義はさておいて、具体的にはスティーブン・キング、ディーン・R・クーンツ、ロバート・R・マキャモン、クライブ・バーカーの作品を指します。
四人のホラー作家の作品には共通した作風があり、これをとりあえずここではモダンホラーと定義しておきましょう。
モダンホラーはよく映画化されており、クライブ・バーカーなどは作家以上に、自身の原作小説を映像化した『ヘルレイザー』の映画監督として世間一般には知られているでしょう。
映画だけ見て原作小説を読んでない人にはよく誤解されやすいのですが、小説のモダンホラーは実は活字メディアである利点を最大限生かした極めて文学的作品――つまり文章力で勝負した小説なのです。
純文学プロパーの作家や編集者にモダンホラーファンが多いと聞いたことがありますが、両者は文章力で勝負する小説という点で共通しているからでしょう。
前置きが長くなりましたが、高野真さんの「夜釣りの話」は上記のモダンホラーそのものではなく、それとは少し違う新しいタイプの小説ですが、モダンホラーファンの多くがはまりそうな、やはり文章力で勝負した作品です。
1. 「夜釣りの話」のあらすじ
次に「夜釣りの話」のあらすじを紹介しましょう。
夏の夜、居酒屋で飲食した後、「僕」は下宿に戻るべく、京都の鴨川の河原を歩いている。
気温が暑くてTシャツは汗でびしょ濡れ。しかも吐き気がする。酎ハイを飲み、ラーメンを食べたのがいけなかった。
すると河原で奇妙な釣り人に遭遇する。話しかけると釣り人は「カッパ」と答える。釣り竿が引いているので「僕」は本当に河童がかかったのかと思い、思わず釣り人の竿を引く。
すると釣れた獲物は想像を絶するものだった......。
この作品はラストのオチも重要なので、ネタバレを避けるため、ストーリーはこのへんでごまかしておきましょう。
この小説の前半部で特記すべきは、酷暑と吐き気に苛まれる「僕」の不快な気持ちの執拗な描写でしょう。それがこのホラー小説全体の基調低音になっています。
2. 勝手に私小説ホラーと命名
私はこの作品をタブレットPCにダウンロードして、朝の通勤バスの中で読みました。小説が面白かったのでその日の通勤は快適でした。
もしこのクオリティーを維持したホラー小説の短編集が文庫本で出版されたら買うかもしれないし、しばらくはこの作家にはまるかもしれないと本気で思いました。
学生時代、私はクライブ・バーカーのモダンホラー短編集「血の本」シリーズにはまりましたが、「夜釣りの話」は決してそれと”かぶって”はいません。
近代日本文学の王道である私小説にワンポイントだけ超常現象を加え、作家の高度な文章力、あるいは描写力を武器に、活字メディアたる小説本来の言葉の魅力を最大限引き出した、文学的ホラー小説に仕上がっています。
勝手ながら私はこの小説のジャンルを「私小説ホラー」と命名してみました。
何を私小説ホラーと呼び、何をそう呼ばないか、命名した私自身でも定義がやや曖昧ですが、高野さんの他のホラー作品も私小説ホラー的な作風が多いと言えます。
3. 京都を舞台に仏教ファンタジー
高野さんは「なろう」ではホラー小説の他、純文学作品も多数書かれています。京都が舞台となる作品が多いようで、現代小説だけでなく、時代小説的作品も目立ちます。
また仏教ファンタジーとでもいうべき、西洋ファンタジーや和風ファンタジーとも違う仏教的な幻想小説もあります。
しかしながら個人的には、高野さんには私小説ホラーを極めていただきたいという身勝手な思いもあります(ただし一つの小説の中で私小説ホラーと仏教ファンタジーの両立は成立します)。
「羊難」というホラー小説も「夜釣りの話」についで私のお気に入りです。
入れ子構造になっていて、最初の一文と最後の数行が、居酒屋で出会った親爺を若者の視点から描きます。この二つにはさまれる形で、親爺が若者に口語調で語った話が物語の本体となっています。
こうした小説のフォーマットは、モーパッサンの短編を思い出します。
拙作ホラー小説も紹介させていただきます。
①裏野ドリームランドの惨劇
②裏野ハイツの惨劇
③蜜蜂男爵の館
④蜜蜂男爵の館2
⑤四つの魂を持つ少年