七話 親友のおもてなし
レットとの再会を果たせるかもしれないという思惑もあり、僕らの教国滞在もズルズルと三日目を迎えていた。
決して――レットを口実にして、物見遊山で市場や聖堂を練り歩いていたわけではないのだ。
今日も今日とて、行きつけの食堂で情報収集に励んでいる最中だ。
「――教国は内戦中で治安が悪いって聞いていましたけど、こうして見ると平和なものですねぇ。……あ、お姉さん、あおさ汁のおかわりをお願いします」
「あらやだ、アイスちゃんたら、こんなおばさんにお姉さんだなんて。ええい、漬物もオマケしちゃう!」
僕はお礼を言いつつ笑顔で受け取ってしまう。
ルピィさんが半眼で僕を見ているが、きっと漬物が羨ましいのだろう。
よし、半分分けてあげるとしよう……!
「……それで、この国の内戦の話だったかしら? そうねぇ……西はともかく、ここ〔東側〕は落ち着いてるわ。たまに頭のおかしいのが事件を起こしたりするくらいよ」
教国を東西に分断する内戦。
切っ掛けは些細な事だったと言われている。
初代聖女の生誕の地である西側か、初代聖女が活動拠点として生涯の最期をも迎えた東側か――〔聖地〕はどちらなのか、という論争が発端だ。
当初は街の喧嘩に過ぎなかったものが、雪崩のように大きくなっていき、重傷者、死亡者が出るような〔内戦〕へと発展していったのだ。
その裏には、軍国や帝国が暗躍していたとも言われているが、もう二百年は前の話なので真偽は不明である。
部外者の僕からすれば、どっちが聖地だろうと大した問題では無いように思えてしまうが、当事者たちにとっては違ったという事だろう。……人の価値観はそれぞれ異なるのだ。
余所者の僕には、肯定する権利も否定する権利もありはしない。
個人的には宗教と呼ばれるものに関心は無いが、何かを信じる事で心の支えになるという人がいるのなら、それはそれでいい事だと思っている。
もちろん〔人に迷惑を掛けなければ〕という但し書きが付くが。
――僕が考え事に没頭していると、ルピィさんに肩をツンツンと突かれる。
「アイス君アイス君! 通りを見ててごらん。……さん、に、いち、ハイッ!」
「――レット!?」
言われるがままに食堂から店外を眺めていると、測ったようなタイミングでレットが視界に現れた。
僕の声でレットも気付いたようで、一瞬驚いた顔をしてから、通り過ぎようとしていた食堂に入ってくる。
「ルピィさん、レットと打ち合わせでもしてたんですか?」
事前に示し合わせていたとしか思えないほどの、絶妙なタイミングだったのだ。
別にレットは、存在を誇示するように歌を唄いながら歩いていたわけではない。
歩いてくるレットを察知できる要素は皆無であったはずだ。
「まっさか〜。ボクはアイス君とずっと一緒にいたでしょ? 足音だよ足音。レット君の足音は特徴的だからね、分からない方がおかしいよ」
むしろレットは図体に似合わず軽快な動きをする男なので、足音は小さい部類ではないだろうか……?
……そして、おかしいのはルピィさんだと思ったが、口には出さない事にした。
「……おう、アイス。久し振りだな。ルピィさんもお久し振りです」
「やぁレット。まぁまぁ立ってないで座りなよ。お腹空いてない? ここの汁物はどれもダシが効いてて美味しいんだよ。――あ、お姉さん、今日の分の〔カニ汁〕ってまだありますか? 残ってたら、こちらに一つお願いします」
三カ月ぶりに再会する親友に、僕のおもてなしの心は抑えきれない。
この店イチ押しの〔カニ汁〕を勝手に注文してしまうくらいは仕方がない……!
「あらあら、アイスちゃんはお友達も男前なのねぇ。よぉし、おばさんがうんとサービスしてあげちゃうからね!」
お姉さんの方も、レットに喋る隙を与える事なく厨房へと消えていく。
レットは僕とお姉さんの巧みなコンビネーションに言葉を失っていたが、ややあってから静かな声を出す。
「……お前、この店に馴染み過ぎだろ。どんだけ通い詰めてんだよ……」
「それほどでも無いよ。それに……レットに会う為に教国に滞在してたんだから、レットのせいでもあるんだよ?」
「なんだ? 何かあったのか……?」
「ん……いや、ただレットの顔が見たかっただけだけど。それに、『何かあったのか』は、こっちの台詞だよ。……また、『観えている』んだろ?」
僕が『観えている』と指摘したのは、レットの夢――予知夢の事だ。
裁定神の予知夢。裁定神持ちが観る予知夢だ。
その夢では、二人の人間が死ぬ未来が観えるが、現実においてどれほど上手く立ち回っても、〔一人しか助けられない〕。
僕に言わせれば、加護と言うよりは〔呪い〕のようなものだ。
レットがまた予知夢に悩まされている事は、再会してすぐに分かった。
……レットは隠し事が下手なのだ。
今回に限っては、レットが言葉を発するまでもなく外観を見ただけで分かる。
落ち窪んだ眼窩に、数日は剃っていない髭、レットの厳しい顔がそんなことになっているので――獲物にありつけていない山賊のような風貌になっているのだ。
「…………」
レットは無言だ。
否定していないという事は図星なのだろう。
「隠しだてしても無駄だよレット。そんなに人相の悪い顔をしておいて、悩みが無いなんて言い訳は通じないよ。――ほら、洗いざらい白状するんだ!」
僕はイージスの尋問官になったつもりで、レットの秘密を暴き立てんとする。
……レットの気持ちは分かっているのだ。
僕とルピィさんを〔死の運命〕に関与させたくはないのだろう。
僕だって、ルピィさんを気が滅入るような出来事に関わらせたくは無い。
……ましてやルピィさんは、裁定神の予知で……実の姉を失っているのだから。
しかし、このレットの追い詰められたような顔付きを見て、放っておく訳にはいかない。
友達が苦しんでいるのに、見て見ぬ振りなど出来る訳が無いのだ。
「ふふっ、レット君の気持ちは分かるけど、アイス君は諦めないと思うよ?」
ルピィさんが口添えをしてくれる。
そしてその通りだ。僕は妥協する事が嫌いなのだ……!
「ほらほら、もうネタは上がってるんだ。吐いて楽になってしまいなよ!」
なおも尋問官スタイルを崩さない僕に、レットは諦めたように苦笑しながら重い口を開く。
「……ったく。…………まぁ、行き詰まってるのも確かだ。このまま放っておくと、とんでもない事になるのも間違いない」
ようやく話してくれる気になったようだが、どうも穏やかな話ではなさそうだ。
レットは話を誇張するような男ではない。
そのレットが『とんでもない事になる』と言っているのだ。
僕は姿勢を正して、レットの話の続きを無言で促す。
「……もう、どこの誰が対象なのかは分かっている。その内の一人は、教国の――〔聖女〕だ」
明日も夜に投稿予定。
次回、八話〔気になる疑惑〕




