六話 新たな術
「――ここが教国かぁ……なんか生臭い匂いがするね。海の匂いってヤツかな?」
僕らは教国に辿り着いていた。
教国――軍国の北側に位置し、海に面して東西に広がる国だ。
教国から更に西に行けば〔民国〕、教国の西側から南に向かえば、僕の目的地である〔帝国〕という訳だ。
この教国にも僕がスカウトすべき〔神持ち〕はいるだろうが、おそらく仲間に引き入れるのは難しいことだろう。
なにせこの教国では、神持ちは〔神の使徒〕として扱われており、国民の崇敬の対象なのだ。
花よ蝶よとチヤホヤされてきたであろう、この国の神持ちが、わざわざ軍国での危険な仕事に足を運んでくれるとは思えない――それも無償でだ!
ルピィさんが教国を気に入って「この国に残る!」と言い出したら、僕は心から祝福しつつ送り出したいとは思うが、僕にとってはこの国は通過点に過ぎない。
言うなれば、観光地に訪れたようなものなのだ。
ならば、全力でエンジョイするのが礼儀ではあるまいか……!
「生臭い匂いですか。魚市場からかもしれないですね。後で是非行ってみましょう!」
「うんっ、行こう行こう! ボクは前から〔寿司〕が食べてみたかったんだよね〜〜」
ルピィさんも観光気分なのか、いつも以上に元気いっぱいである。
海の近いこの国では、魚の鮮度が高いので、刺し身、寿司といった、鮮度が良くなければ食べられない料理が味わえるのだ。
ちなみに王都でも寿司を食べる事は可能ではある。
〔凍術〕の術者が魚の冷凍輸送を担う事で、内陸部の王都まで鮮度を保つ事を可能にしているのだ。
もちろん、輸送コストが高くなる事もあり、王都でも一部の富裕層しか食すことは叶わない。
そして僕は寿司を食べた事がある。
僕の家は父さんが軍団長、母さんが大教会の神官長――そう、れっきとした富裕層だったのだ!
クーデルン家は、領地を所有している貴族などとは比較にならないにしても、一般家庭に比べれば遥かに裕福な家庭なのだ。
それは寿司ぐらい食べれてしまうというものである。
もっとも、両親ともに贅沢に興味がある人間でもなかったので、稼ぎのほとんどを孤児院に寄付をしていたのだが。……過去の我が家での寿司は、母さんのリクエストによる珍しい贅沢だ。
そして孤児院に寄付している慈善家は、クーデルン家に限った話ではない。
帝国との戦争の長期化もあって、どんどん大人が戦争に駆り出されていった影響で、軍国では孤児が多いのだ。
その孤児の多さは、一部の裕福な家が孤児院を支援していかなければ、国が立ち行かなくなるぐらいだ。
父さんが軍団長になって戦争反対を表明してからは、争いが激減していたのだが……いや、これ以上は考えない方がいい。
思い詰めても焦燥感に襲われるだけだ。焦っても何も益がない。
――それより、今はすべき事がある。
魚市場を見て回るのと同時に、人探しだ。
そう、僕はこの眼で、〔凍術〕を視せてもらうつもりなのだ……!
僕には一度視認して魔力の流れを視てしまえば、大抵の術はすぐに使えるようになる特技がある。
凍術を習得する事が出来れば、僕の道は大きく拡がる事だろう。
今まで食料の長期保存と言えば、干物にするか燻製にするかしか無かったところに――冷凍保存が加わるのだから……!
これはもはや〔革命〕と言っても過言ではないくらいの画期的躍進だ。
明日からは生鮮食品を購入する際に、使い切れるかどうか悩まなくても良くなるはずだ。
もちろん、燻製にした魚を焚き火で炙って食べたりするのも、それはそれで美味しい。……だが、選択肢が増える事には大きな意味があるのだ。
「ルピィさん。宿を取ったら、早速市場に繰り出しましょう。海の幸が僕らを待っていますよ!」
僕とルピィさんの意気はかつてないほど高かった。
ともすれば、教国が通過点に過ぎない事を忘れてしまうぐらいに……。
――――。
「――クールっ! おじさんの凍術、すっごくカッコいいです!」
「なんだよ、オレを煽てたって何にも出ねぇぞ坊主。ヘヘっ……」
魚市場でルピィさんと食べ歩きしながらうろうろしていた所、ついに凍術の術者を見つけてしまった。
僕には人の魔力が視認出来る。
そしてその魔力の色や雰囲気で、おおよその加護の見当がつけられるのだ。
以前に〔水の加護持ち〕を視た事があったので、市場で似たような雰囲気の加護持ちを探していた――そして、このおじさんがドンピシャリだった訳だ!
市場で働くおじさんをこっそり観察していたら、念願の〔凍術〕を目の前で発現してくれたので、思わず僕は褒めちぎってしまった。
おじさんも悪態をついてはいるが、自分の凍術が褒められて悪い気はしないのだろう。
その顔は上機嫌を隠し切れないようにニヤけている。
そして――この隙を見逃す僕ではない……!
「おじさん! もう一回、もう一回見せてもらえませんか?」
おじさんの心の弛みにつけ込んで、図々しくもおねだりをする僕。
想定より凍術は複雑な術だったので、遠目に一度視ただけでは再現が難しかったのだ。
「……ったく、仕方ねぇ坊主だな――ほらよ!」
「――おおっ、凄い! おじさんはこの市場でも屈指のクールガイですね! 僕があと十人いようものなら、おじさんを胴上げしてますよ!」
「お、おう……? おう!」
おっと、いけない。
興奮してよく分からない事を口走ってしまった。
おじさんを混乱させてしまったではないか。
僕は存分に感謝の言葉を述べてから、ルピィさんと一緒にその場を立ち去った。
市場をうきうきと歩いていると、ルピィさんに呆れたような声を掛けられる。
「アイス君、そんなに凍術に興味があったの? たしかに珍しい術だけどさ」
ふむ。ルピィさんにも、先の一件の有用性を理解してもらうべきだろう。
僕はちょいちょいと路地裏にルピィさんを誘う。
訝しげな様子ではあるが、僕に付き合ってくれるルピィさん。
よし、これにしよう。僕は路地裏に落ちていた小石に手を翳す――
――ピキピキッ。
小石はまたたく間に〔氷〕の中に閉じ込められた。
うむうむ、初めてだったが凍術が成功しているではないか。
――しかし、一連の事象に仰天したのはルピィさんだ。
「はぁ!? ちょ、ちょっと、なんでアイス君が凍術を使えるの!? 〔凍の加護持ち〕じゃないと使えないはずでしょ!」
「ふふ、僕は一度視た術は大体使えるんですよ。親切なおじさんにしっかり視せてもらえたので完璧です。……それに治癒術なんかと違って、凍術に加護は必要無いですよ。現に――僕にも使えていますからね!」
治癒術、調術を行使するには〔加護持ち〕である事が必須であると有名だが、凍術は練習次第で誰にでも使えるという事だろう。
「えぇぇ〜、そうなのかなぁ〜〜。ボクは聞いた事無いんだけど……。アイス君といると常識が崩れてくなぁ……」
ルピィさんには元々常識が無いと思うが……まぁ、それはいい。
――それよりもだ。
「そんな事よりルピィさん。僕は凍術が使えるようになったんですよ? その活躍の場は食料の保存だけには留まりません。蒸し暑くてやる気が出ない日……そう、そんな日にも――キンキンに冷えた果実水が飲めちゃうんですよ!」
「……おぉ……おおぉ! ――でかした! でかしてるよアイス君!!」
「でかしましたよルピィさん!!」
僕らは勢いのままに「わーい」とハイタッチを交わす!
勢いがありすぎて言語が怪しくなっているが、僕らには珍しくもない。
僕らはノリで行動する事が多いので、しばしばこんな事が起きうるのだ……!
ツッコミ役不在の弊害とも功罪とも言える訳だが……こんな時にはまた、鋭いツッコミ役であったレットを思い出してしまう。
レットと別れる前に、僕とルピィさんが教国経由で帝国を目指す可能性を伝えてある。
最後にレットと交わした会話でも「時々俺様の顔を見せてやるぜっ!」とも言っていた。……うん、ニュアンスには齟齬はない。
そしてあれから三カ月が経っている。
この教国において、レットと再会できる可能性は高いのではないだろうか?
明日も夜に投稿予定。
次回、七話〔親友のおもてなし〕