五話 現れた狂人
街へと辿り着き、早速訪れたのは軍の駐在所だ。
しかし軍の駐在所と言っても、その規模はとても小さい。
申し訳程度に各街に存在してはいるが、どこの街の駐在所も実務能力は低いのだ。
実際、街から近い街道で盗賊の跋扈を許してしまっている時点で、その治安維持能力の低さは推して知るべしだろう。
残念ながら、それがこの軍国における地方都市の実情である。
しかし治安維持組織としては民間の〔イージス〕の方が規模が大きいのだが、今回は盗賊団討伐の報告に来たのだ。
お飾りであろうとも、軍の駐在所を訪れるのが筋というものだろう。
「――お前らみたいな子供が〔草の団〕を討伐したって? 馬鹿も休み休み言え。ヘソで茶を沸かしちまうよ」
盗賊団の討伐報告は、残念ながら全く信じてもらえなかった。
駐在所には若い男の兵士と、還暦を過ぎていそうなおじいさん兵士の二人だけだ。……これでも、駐在所としてはかなり良い方なのだ。
場所によっては、昼間から酒浸りの兵士たちが、来訪した客の話も聞かずに〔門前払い〕なんてところも珍しくない。
遺憾に堪えないことに、軍国の腐敗は末端まで浸透しつつある。
……まぁ、ここの駐在所も、おじいさんの方は話が聞こえているか怪しいくらいにボーっとしているが、軍服を着ているし職務を果たそうという心意気は感じられる……!
とにかく、僕らの討伐報告が子供の悪戯扱いされるのはいただけない。
「いえ、本当ですよ。僕は生まれてこの方、一度も嘘を吐いた事がないですからね。盗賊は総勢二十人くらいはいましたが、ばったばったと僕らで薙ぎ倒したわけですよ! そうですよねルピィさん?」
駐在所への報告役は僕の仕事だったが、信憑性を高める為にルピィさんにも話を振ってしまう。
そう――ルピィさんは笑顔で「アイス君が説明するトコ聞きたいな〜」と、僕に大役を任せてくれていたのだ。
そんなルピィさんはニヤつきながらも僕の発言を補強する。
「そうそう、盗賊は全部で十八人。ボクが九人、アイス君が八人殺したんだよ〜」
むむ、討伐数で負けていたのか。
勝負していたわけではないが、ちょっと悔しいな……。
そしてルピィさんから具体例な人数が出てきたせいか、若い兵士の顔色が少し変わっている。
――今だ、このタイミングで畳み掛けるんだ!
「おっと、盗賊の人数と殺した数が合わないので、不思議に思っているんですね? ……ふふ、彼女の発言に誤りはありませんよ」
僕は得意げに喋りながら、持っていたバッグを机の上へと置く。
「ちゃんと盗賊から事情聴取が出来るように、リーダーを生け捕りにしてきたんです。……いないじゃないかって? それがいるんですよ、ほら――ジャジャジャーン!」
「――うぅわぁぁぁ!!」
バッグを一気に開けて盗賊を披露すると、若い兵士はびっくりして椅子から転げ落ちてしまった。
おじいさんの方は目を見開いて、ぷるぷる震えながら自身の心臓を押さえつけている。……大丈夫かな?
これで心臓発作で亡くなってしまったら、僕が殺した事になるのだろうか……?
僕の心配をよそに、ルピィさんは机をばんばん叩きながら大笑いしている……。
ちょっと失礼じゃないだろうか……やはりルピィさんには非常識なところがあるな。
「おじいさん、大丈夫ですか? すみません、驚かせ過ぎてしまったようですね。……もっとゆっくりバッグから取り出すべきでした」
いきなり全身を見せたのが良くなかったのだろう。
シャイな子供が親の背中から少しだけ顔を見せるように、顔の上半分だけを先に見せるべきだったのだ……!
僕としたことがなんて失態だ。
褒められたい一心で、つい気が逸ってしまうとは。
今にもポックリしそうなおじいさんの姿に慚愧の念が堪えない。
討伐報告を僕に一任してくれたルピィさんにも申し訳ない――ことはないな。
僕が真面目に驚かせた事を謝罪しているのに、その横でルピィさんは笑い転げているのだ……。
これは女性としてと言うより、人としてあるまじき振る舞いではないか。
……そんな中、おじいさんが呼吸を整えながら、僕に優しく話し掛けてきた。
「き、きみ、ちょっと――」
――――
「――ひどいですよ、ルピィさん。おかしいならおかしいと教えて下さいよ……」
あれから僕は、おじいさんにたしなめられた。
『四肢を落として生かすぐらいなら、殺してあげなさい』と困った顔で諌めてくれたおじいさんは誠実そのものであり、僕は間違っていたと思い知らされたのだ。
幼少期、父さんたちとの模擬戦で、僕も四肢を切り落とされていたなどと言えるような空気ではなかった……。
そう、父さんは僕を騙していた訳ではない。
父さんの常識が世間の非常識なだけだったのだ……!
冷静になって考えてみると、思い当たる節は沢山ある――ありすぎる。
何故気が付かなかったのか不思議なくらいだ。
――かつて僕が出場した、王都の剣術大会の空気もどこかおかしかった。
だが、四肢を切り落とすというのが残酷な所業だと理解出来れば、あの恐れられていたような空気も納得出来てしまう。
なんてことだ……僕のことを『ダルマ職人』と呼ぶ人に「ありがとうございます!」と無邪気に笑顔で返していたが、あれは〔蔑称〕だったのだ……!
……いや、プラスに考えるんだ。
遅くなってしまったが、僕は自らの過ちに気付くことが出来たのだ。
人は失敗しても、反省することで成長する。
僕はあのおじいさんに成長の機会を貰ったのだ。
本当に、過ちを指摘してくれたおじいさんには感謝の気持ちで一杯だ。
他人の為に苦言を呈してくれる人の存在は尊い……それに比べて――
「――いやぁ〜、アイス君があんまり自信満々だったから、ボクが間違ってるのかと思ってたよ〜」
ルピィさんはニコニコの笑顔で悪びれもしない。
あれだけ笑っておいて、よく言えたものである……。
確かに全面的に悪いのは僕だが、仲間が道を間違えていたら、その事実を教えてあげるべきなのではないのだろうか。
おかげでとんだ恥を掻いてしまった。
若い兵士の僕を見る目は、完全に〔狂人〕を見る目だったじゃないか……!
だが犠牲を払った結果、僕は学んだのだ。
『四肢を切り落とすより殺すべし』、この言葉は僕の心の辞書に刻んでおこう。
もう誰にも、僕を世間知らずだなんて呼ばせないぞ!
「……それはそれとして、あの盗賊が〔賞金首〕だったのは運が良かったですね。ちゃんと素直に色々と自供してくれましたし」
そう、あの盗賊は賞金首だったのだ。
悪人退治をしてお金まで貰えるなんて、まだまだ軍国も見るべき所はあるというものだ。
しかし賞金受け取りの為に〔首〕だけ持っていくよりは、生かしておいて〔首+胴体〕で持っていく方が、事情聴取も出来るからお得なのでは……?
――――駄目だ、駄目だ!
おじいさんにこんこんと諭されたではないか。
世の中には合理性より大事な物が存在するのだ。
人の心の痛みが分からない、何をしても罪悪感の無い人の事を〔サイコパス〕と呼ぶそうだが、僕はそんな異常者とは違う。
『サイコパスアイス』だなんて呼ばせないぞ……!
製菓メーカーの新商品みたいだが、語感の良さに惑わされたりはしないぞ!
「ふふふっ、そりゃバッグに梱包されるような仕打ちを受ければ、盗賊だって誰だって素直になるでしょ」
うぐっ……ルピィさんめ、話を蒸し返して僕のトラウマを刺激するとは。
きっと僕がナイフで解体している時も『こいつマジキチ』とか思っていたに違いない!
くそぉ、悔しいなぁ……モノを知らない事が、こんなにも恥ずかしい事だなんて夢にも思わなかった。
いや、過ぎた事を悔いてばかりでは前に進めない。
教訓も得た事だ、前向きに考えよう。
「あんまりからかわないで下さいよルピィさん。僕は同じ過ちは繰り返しません。今度盗賊を生け捕りにする時には、四肢を落としたりはしません。そう――両腕を落とすだけにしますから!」
そうなのだ、僕は成長した。腕だけでいいのだ。
腕さえ奪っておけば反撃も困難になるし、逃亡も困難となる。
この処置ならば、あのおじいさんも褒めてくれる――いや、それだけではインパクトが弱いな。
今回失敗してしまったので、もっと僕はやれる人間だとアピールしたい。
ふむ……ならば、切断した腕を杖――〔ワンド〕に加工して、ワンドをつきながら来訪するのはどうだろう……?
うむ、思いつきだがいい考えだ。
きっとおじいさんも『ワンド、ワンダホー!!』と称賛してくれるはずだ……!
「ふふっ、ふふふっ……やっぱりアイス君に付いてきて良かったよ。……また盗賊と会うのが楽しみだね!」
なるほど。僕の悪人を許さない姿勢に感銘を受けたのだろう。
……しかし盗賊と会うのが楽しみとは如何なものか。
ルピィさんの不謹慎ぶりには将来の不安を感じざるを得ない。
明日も20:30頃に投稿予定です。
次回、六話〔新たな術〕