三話 ジレンマ
それからというもの……僕とルピィさんは、日々鍛錬を繰り返しながら焦ることなくのんびりと旅をしていた。
当座の目的地は――〔帝国〕だ。
僕は軍国を敵に回すことになる。それならば、長年軍国と戦争を続けてきた帝国に行けば、僕の協力者も見つけやすいことだろうと考えたのだ。
帝国に行くには、国の管理下にある〔砦〕を通過するルート、立ち入る者には死が訪れる〔排斥の森〕を通過するルート、軍国の北にある〔教国〕を通過するルートなどがある。
どれも容易なルートでは無いが、ルピィさんを連れて危険な場所に赴くのは論外だ。
そこで僕らが選択したのは、少しでも安全度の高い〔教国〕ルートでの帝国入りである。
単純に距離だけを見れば大回りになるので非効率だが、僕の旅は一分一秒を争うようなものではない。
ここは急ぐよりも、安全性を重視すべきところだろう。
「――今日はこれぐらいにしましょうか。治療をしますので、ルピィさんはそのまま寝てて下さいね………あの、大丈夫ですか?」
旅の日課となりつつある鍛錬が終了しても、ルピィさんは地面に大の字に寝転がったまま、動く素振りもみせない。
「……だいじょうぶ、だよ。ボクはね、いつかアイス君をイジメ返す日が来るまでは……諦めたり、しないよ」
えぇっ!? なんて嫌なモチベーションの保ち方なんだ……!
息も絶え絶えなのに、ルピィさんの目が死んでいないのは良い事ではあるけど……。
それにその言い方だと、まるで僕がルピィさんをイジメてるみたいじゃないか。
たしかに訓練に熱が入っている事は認めるが、これもルピィさんの為なのだ。
厳しい訓練を乗り越えておけば、自信を獲得することが出来る。
そうなれば、命懸けの実戦にもリラックスして挑めるというものである。
もっとも、僕が傍にいる内は、ルピィさんを危険な目に遭わせたりはしないが。
「そういえばさ、アイス君は神持ちの仲間がほしいって言ってたけど、どんな条件で誘うつもりなの? 神持ちがお金に困ってるとも思えないから、何かしかで恩に着せるの? それとも脅迫でもするの?」
息を整えたルピィさんから、僕の急所を突くような質問が飛んできた。
……仲間の勧誘について考えていなかったわけではないが、具体的に決めかねていたのだ。
僕は神持ちに拘っているわけでは無いが、一個人で戦力になる存在と考えれば、必然的に神持ちの人間が対象となることだろう。
ルピィさんが言及した通り、神持ちが金銭的に不自由しているとは思えない。……それに僕だって、神持ちを動かせるほどのお金を持っていない。
そうなると物質的なものではなく、心情面で攻める事になるが……さすがに何の見返りも無く、善意だけで協力者を募るのは無理がある。
脅迫という手段も心情面に分類される手段ではあるが、考えるまでもなく論外だ……!
卑劣なことをしたくないというのもあるが、裏切りのリスクがある人間に背中を預けることは出来ないのだ。
信用出来ない人間を警戒し続けるくらいなら、最初からいない方がマシである。
というわけで、残されたのは消去法で――〔恩に着せる〕選択肢しかない。
他ならぬルピィさんがそれに該当していそうだ。……実のところ、僕は何の役にも立てなかったので、ルピィさんが恩義を感じる要素は皆無なのだが。
……いや、そう考えれば、ルピィさんこそが善意の協力者と言うべきだろう。
だが、ルピィさんのような奇特な優しい人がそうそう何人もいるものでもない。
やはり〔恩に着せる〕ことを念頭に考えて行動するのが、現実的な手段ではないだろうか?
――僕が他人の役に立てそうな事から考えてみよう。
僕の得意なところでいくと、〔解術〕が筆頭だ。
解術で治療可能な術は……麻痺術や呪術、洗脳術あたりだろうか?
だが一般的には、どれもこれも時間経過で快復するものばかりなのだ。
……そう考えると、解術で恩を売るというのは中々に困難だ。
そう、解術は必要と言えば必要だが、無ければ無いで何とかなってしまう不遇な術なのである。……解術の術者が少ないわけがよく分かる。
解術以外で、僕の自信がある事はなんだろう?
料理……? 絵を描くこと……?
しかしさすがに、『毎朝、お味噌汁を作りますから、仲間になって下さい』や『似顔絵を描きますから、仲間になって下さい』なんて誘い文句で、命懸けの闘いに参戦してくれる人はいないだろう……。
考えれば考えるほど前途は多難である。
「――う~ん、本当にどうやって仲間を増やせばいいんでしょうか……。僕の基本的な方針としては〔恩に着せて〕仲間になってもらうつもりなんですけど、神持ちの人が困っているような内容を、僕に解決できるとも思えないんですよね」
「しっかりしてよアイス君~。それじゃほとんど無計画じゃないの。……まっ、ボクはそれでもいいんだけどね」
「何はともあれ、まずは組織に所属していない〔フリーの神持ち〕を見つけてからです。ひょっとしたら、会話をしただけで『気が付いたら仲間になってました!』なんて事があるかもしれないですしね」
「――そんな事あるワケないでしょ! まったく……アイス君は悲観的かと思えば、変なとこ楽観的だったりするよね……」
今後の曖昧な方針をからかっているルピィさんだが、その顔はどことなく嬉しそうだ。
僕が『脅迫して仲間を作りましょう!』と言い出さなかったので、安心しているのかもしれない。
さすがにそんな事をするわけがない。見損なっては困るというものだ。
……まぁ、妹のセレンを危険に巻き込むまいとしておきながら――見ず知らずの他人を争闘に引き込もうとしているのだから、僕が褒められた人間ではないのは確かなのだが。
しかし――そんな僕であっても、ルピィさんを僕の事情に巻き込むのは気が咎めてしまう。
ルピィさんは辛い経験をした人なのだから、これからは幸せに生きてほしい。
だが、人材発掘を目的とする僕にとって、ルピィさんの調査能力は喉から手が出るほどに必要なことも事実である……まったく悩ましい。
そんな風に僕がジレンマを抱えながら悩んでいる姿を、ルピィさんは面白がっているように観察していた。……これはルピィさんの悪い癖だ。
嘆かわしいことに、僕の苦悩を喜んでいる節があるのだ……!
21:30頃にもう一話投稿します。
次回、四話〔盗賊の天敵〕