最終話 冷える背中と別れ
「真に素晴らしい、君はマグロの解体まで出来てしまうんだね。アイス君は良いお嫁さんになるよ!」
――なりません。
と心中で反論しつつも、わざわざ言葉で否定するような事はしなかった。
短い付き合いだが、ジェイさんの妄言は聞き流すのが正しいと学んでいるのだ。
隙あらばアプローチを仕掛けてくる意気込みは買うが、僕には応えられないのである。
現在は解体途中であるが、まだ先が長いので食事休憩に入っているところだ。
〔中落ち丼〕に加えて、各部位を贅沢に切り出して並べているので壮観な絵面である。
もう中トロやら大トロやら、どれがどれだか分からないぐらいだが、大トロをつまみながら中落ち丼を食べるのがいかに贅沢な事であるかは分かる。
「しかし神獣を食べる事には驚いたが、これは普通のマグロを越えているよ。アイス君が〔凍術〕を使えるのにも驚いたけど、その凍らせた部位はどうするんだい?」
食わず嫌いだったジェイさんも、クロマグロ君の有能ぶりには称賛を惜しまないようだ。
本来ならばマグロのような魚は、獲って数日寝かせてからが食べ頃なのだが、クロマグロ君は〔スタートダッシュ〕も優秀だ。
まさに、食べられる為に生まれてきた魚……!
しかし、どう考えても食べ切れない量があるので、僕は切り分けがてら〔凍術〕でこまめに凍らせているのである。
ジェイさんが言っているのはその事だろう。
「凍らせた部位の一部はドジャルさんへのお土産にするつもりです。残りは僕らで消費するには多過ぎるので、市場で売りに出そうと思っています」
そう、ドジャルさんだ。
あれだけお世話になっておきながら、僕らは何も返せていないのだ。
戦勝報告とともに、お土産のマグロを持参するぐらいは最低限の礼儀であろう。
ドジャルさんときたら世捨て人だけあって、「金なぞいらんわい」と、僕らからの授業料すら受け取ろうとはしなかったのだ。
僕からしても〔現ナマ〕を渡すというのは、他人行儀で情が薄いような気がしていたので、断られて嬉しかったのは事実ではあるのだが……。
だが、今度こそは遠慮などさせない。
「いらんわい」などと言われても――無理矢理口に押し込んでやるわい!
「――そうか。このマグロなら、多少値が張ってでも買いたいと望む人はいると思うね。もちろん、最初に約束していた礼金もしっかり払わさせてもらうよ」
礼金……? ああ、そういえばそんな話もあった……!
言われて思い出したが、元々は資金調達の為に神獣討伐を請け負ったのだ。
クロマグロ君のインパクトが強すぎてすっかり忘れていた……。
その後にドジャルさんに修行をつけてもらったり、レットの砂像を造ったりで、最初の切っ掛けなぞ忘却の彼方となるのも当然だ。
――結局それから、僕は夜遅くまでクロマグロ君の解体を続けた。
想像以上の物量に作業が難航していたので、続きは明日に回そうかと思案していたが――途中、ジェイさんが呼んでくれた地元の漁師も手伝ってくれたので、なんとかその日のうちには作業を終えることが出来たのである。
しかも地元の漁師たちは、因縁の宿敵である〔神獣〕が討伐されたということもあって、嬉々としてマグロ代に色を付けて買い取ってくれたのだ。
もちろん、僕らがまだ食べる分とドジャルさんの分は確保済みだ。
クロマグロ君のおかげで、漁師も僕たちも幸せになれたわけである。
彼には感謝してもしたりない……!
――――。
空神邸へと戻った僕らに用意されていたのは――金貨の山だった。
「さぁアイス君、これが約束の報酬だ。気兼ねなく受け取ってくれたまえ。君はそれだけの事をしてくれたのだから」
民国に何年も経済的被害を与えてきた〔神獣〕の討伐ともなれば、報酬金が大きくなるのは理解出来る。
僕がしたことといえばクロマグロ君の解体ショーを行ったことぐらいだが、仲間の功績は僕ら全員の功績でもあるのだ。
だいたい、僕が何もしていないと言えば、レットなぞは僕よりも働いていないが――たまたま今回は出番が無かっただけで、有事に備えて〔待機〕しておくのも立派な役割なのだ。
僕がレットを責める理由などあるわけもない。
だが……ルピィさんを僕に焚きつけた事だけは許さない……!
無実の僕をあんなに酷い目に遭わせるなんて、僕が何をしたと言うんだ!
そんなわけで、報酬を受け取ることを気兼ねする必要は無いだろう。
しかし、大きな問題が一つあった。
ジェイさんが僕らへの報酬と用意してくれたのは、文字通りの〔金貨の山〕だ。
つまり…………かさばる!
とても気軽に持ち歩けるような量では無いのだ。
原因の一端としては、民国ではインフレが進んでいる影響で物価が急騰しており、〔金貨の価値が他国より低い〕ことが要因にある。
この国では、ちょっとした買い物でも金貨を何枚も出さなくてはならないのだ。
もちろん、他国に赴いた際に両替をすればそれで済む話ではある。
しかしこれだけの金貨を持ち歩こうと思えば、その分僕らの荷物を減らさざるを得なくなる――冷凍マグロの量を減らさなくてはならない!
これは駄目だ。
僕にとっては、働きさえすればいつでも手に入る〔金貨〕より、今この時を逃せばもう出会えないかもしれない〔マグロ〕の方が重要なのだ。
同じ思考を辿ったのは僕だけでは無かったらしく、ルピィさんと視線が合ったかと思えば、すぐに小さな頷きが返ってきた。
レットも〔金貨の山〕に引いているので異論は無いことだろう。
「ジェイさん。やはり困っている人々を助けて大金を得るようなことは出来ません。クロマグロの売却代もかなりの金額になりましたし、このお金は民国の為に使ってあげてください」
さすがに「冷凍マグロの方が重要です」などとは言えなかったので、耳当たりのいい言葉で固辞をした。
当然の如くジェイさんは、僕に大金を受け取らせようと説得の言葉を重ねてくるが、僕は笑顔で拒絶してしまう。
――だって、邪魔なんだもん!
――――。
「あぁ……アイス君、行かないでおくれ。神獣討伐のお礼だってしていないじゃないか」
空神邸を発つ直前になっても、この人は僕への慰留を諦めようとはしなかった。
僕が必要とされるのは嬉しいが、僕には父さんを救うという目的があるのだ。
いつまでもここにいる訳にはいかない。
ちなみにジェイさんの紹介で、この国の〔神持ち〕の何人かと面談させてもらったが……やはりというべきか、結果は全滅だった。
なにせ民国を守護している人たちなのだ。
思っていた通り、組織に属している人間を引き抜くのは難しいという事だろう。
中には好感触を得られた人もいたのだが――
『君と一緒に旅をするの? ふ〜ん……可愛いね、君。よし、お姉さんが――』
『却下っ! アイス君、コイツは動機が不純だから却下ね!』
などと、ルピィ審議官によって一方的に断るケースも存在した。
どこがどう不純なのかは謎だったが、ルピィさんの人を見極める目には信頼を置いているので僕に否やは無かった。
それに、既存の仲間の意向を無視して新しい仲間を加えるわけにはいかないのだ。
そんなわけで、相変わらずの三人のみでの旅立ちである。
……レットは僕らから離脱しようとしているが、もちろん逃しはしない!
最近は穏やかな生活が続いたおかげで、レットはすっかり健康体となっているのだが、この男は目を離すとすぐ思い詰めて身体を壊してしまうので、まだまだ放っては置けないのだ。
そもそも、僕らと旅をすることの何が不満だと言うのだろう。
ちょっとジェイさんからの風当たりが厳しかったり、ルピィさんに埋められてしまうぐらいのことではないか……!
…………さて、そんな些細な事はどうでもいい。
まずはドジャルさんにマグロを届けて、それから――〔帝国〕入りだ。
帝国は大きな国だ。僕に協力してくれる〔神持ち〕の十人や百人ぐらいは、すぐに見つかることだろう。
もしも帝国で味方が見つからなかったとしたら…………危険度が高そうなので後回しにしていた、〔排斥の森〕の女王あたりを訪ねてみるしかない。
詳しくは知らないが、森で暮らしている変わり者の〔神持ち〕らしいので、スカウトするには恰好の人材ではあるのだ。
しかし、噂で聞く限りでは……桁外れに強力な神持ちである上に、近付く人間がいれば問答無用で襲い掛かってくる危険人物ということらしい。
やはり誘いを掛けるにしても、最後の手段にすべきだろう。
「――それではジェイさん、また民国に来る機会があったら顔を出しますね」
ジェイさんからは戦力が必要なタイミングで呼んでくれ、とは言われているが――それこそ最後の最後の手段だ。
しばらく一緒に過ごして実感させられたが、ジェイさんは本当に民国の人々に慕われているのだ。
ジェイさんと一緒に街を歩けば、そこら中から声が掛けられるのである。
分かってはいたのだが、民国の象徴とも言える人を〔軍国の内紛〕に引っ張り出すことは避けるべきであろう。
それにジェイさんがいない間に民国に万が一のことがあったら……と思うと、悔やんでも悔やみきれない事になる。
手伝ってくれる、という気持ちだけありがたく受け取ることにしよう。
「ぼくはいつまでも……アイス君を待っているからね」
ジェイさんの重い言葉に見送られて、僕らは空神邸を後にした。
バッグいっぱいに詰め込まれた〔冷凍マグロ〕の冷たさを背中に感じながら――
間章【神の女王と解放者〜諸国漫遊記〜】完。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
予定では4/12から、二章【帝国〜神殺し〜】を開始予定です。
間章と同じく、あまり重い話は少ないかと思いますので気軽に読んでいただければ幸いです。。




