三一話 解体ショー
穏やかに波打つ海に、ルピィさん一人が舟を漕ぎ出していく。
残された砂浜には、男三人の首が並んでいた。
……といっても、斬首刑にされたわけではない。
単純に体を砂に埋められているだけだ。
もちろん、埋めた砂は念入りに固められているので、僕らは身動き一つ取れない状態となっている。
「――アイス君、これは深刻な事態だ。ここ、ぼくらが埋められている場所は、満潮になると海に沈んでしまう。ルピィさんが神獣に敗北するような事になれば、ぼくらの命運も尽きてしまうんだ」
「ジェイさん。今の状態は考えようによっては、〔仲間に僕らの生命を託している〕と言える状況ですよ? ――胸が熱くなる展開ではありませんか?」
「なるほど……。分かる、それは分かるな。しかしこの状況を生み出したのは――その仲間なんだけどね」
はっはっはっ、とジェイさんと仲良く会話に興じていると……なんとなく、木石のように静かなレットの事が気に掛かった。
なんだかやけにレットが大人しいではないか。
ひょっとして、もしかしたら、僕を恨んでいたりするのだろうか?
少し不安になった僕はレットに視線を向けてみる。
大地一体――レットは自然の一部となっていた。
これほど理不尽な仕打ちを受けているにも関わらず、レットの眼には、怒りも憎しみも、あらゆる負の感情が存在していない。
悟りを開いた修行僧のような澄んだ瞳で、遠い水平線を静かに見詰めていた。
凄い、凄いけど……この域には達したくないものだ。
――――。
「ただいまー! いやー、倒すのは簡単だったけど、持ってくるのが大変だったよ。アイス君たちもそんなトコで遊んでないで手伝ってよね」
……もちろん僕らは砂檻に封じ込められたままである。
そして封じ込めた下手人が、臆面もなく『遊んでないで手伝って』などと言っているのだ。
僕の心中に苦々しい想いがよぎるのは仕方がない。
「さすがはルピィさんですね! 皆があれほど苦労していた神獣を、これほどあっさりと仕留めてくるなんて! ルピィさんの雄姿をこの眼で見れなかったのが残念でならないですよ」
しかし、不満の感情を面に出すような愚かな事はしない……!
機嫌が良くなっているルピィさんへ取り入るようにヨイショだ!
――そう、ルピィさんは当然のようにクロマグロ君の退治に成功していた。
ルピィさんの大きいとは言えない体躯が、不釣り合いなほどの巨大な獲物を引きずっているのだ。
意識してヨイショするまでもなく、自然に感嘆の声が漏れてしまう。
全長十メートルはあるクロマグロ君の尾を掴んで引きずっているが、その頭部にはロープが繋がった短刀が突き刺さっている。
……なるほど。退治した後、獲物が海にさらわれないようにする為に、短刀にロープを結んでから投擲したのか。
ルピィさんならまず問題無いと思っていたが、討伐した後のことも考慮する余裕もあったということだろう。
本当に一から十まで、ルピィさんが一人で片を付けてしまったわけだ。
これはしかし、僕としては師匠のドジャルさんに申し訳がない。
せっかく様々な技術を教わったというのに、それらをまったく活かすことが出来なかったのだ。
僕がやったことと言えば……レットの砂像を造ったぐらいだ!
その砂像も破壊されてしまっているので、僕の手にはまさに何も残っていない。
……おのれ、レットめ!
そのレットは、砂檻から解放してもらい「ありがとうございます」などと、ルピィさんにお礼を言っている。
これほど不条理な目に遭わされたのに、恨み言を呟くどころか、お礼を言うとは……!
……これは大した人格者ではないか。
きっとレットは海のように広い心を持っているに違いない。
「ルピィさん。アイスはまだ反省していないので、もう少しこのままにしておきましょう」
なっ!? この男、なんてことを進言しているのだ!
ちょっと褒めてやれば、すぐこれだ……!
同じ境遇を味わったというのに、仲間意識を強めるどころか、まだ僕に恨みを持っているなんて。
雨が降った二日後の水溜まりのような小さな心を持っているに違いない。
「何言ってるんだよレット、根拠の無い誹謗中傷は止めてくれよ。……ルピィさん、どうか僕を信じてください。僕は海よりも深く反省しています。そう、ルピィさんは女性なんです、間違いありません――金貨十枚賭けてもいいですよ!」
「…………ホントだね。まったく反省の色が見られないよ」
なぜ!?
あれだろうか、金貨十枚はケチりすぎだったのだろうか……?
しかし万一という事もあるのだ。向こう見ずに『金貨千枚!』などと言ったところに『実はボーイ!』なんて事をやられたら、僕が破産してしまうのだ……!
軽挙妄動は慎まなければならないのである。
金貨十枚――これ以上は積めないっ!
ルピィさんは感情が消えた双眸で僕を見下ろしていたが、不意に何かを思いついたような顔になり、岩場の方へと歩いていく。
……気になる、気になるなぁ。
何が気になるかといえば、岩場から戻ってくるルピィさんの手には、活きのいい〔カニ〕が捕まえられているのだ。
あのカニをどうするつもりなんだろう。
そしてなぜ、あんなにもイヤらしい笑みで僕を見ているのだろう……。
――――。
「多くの犠牲は払いましたが、こうして無事に神獣を討伐出来たわけです――マグロの解体ショーを始めましょう!」
僕の解体ショー宣言に「わぁぁぁ……」と、率先して歓声と拍手を送ってくれたのはルピィさんだが、犠牲の多くは〔この人の手によるもの〕だという事を忘れてはならない……!
ジェイさんもルピィさんに遅れて、どこか慌てたように拍手をしてくれる。
僕らの勢いについていけていないようだが、慣れていないので仕方がない。
いつまで経ってもこの勢いに慣れることのないレットは――自分以外の全員が拍手をしている事実に気付き、同調圧力に負けたように渋々と拍手をする。
――そう、僕も自分の発言に拍手をしていたのだ!
なにしろ〔解体ショー〕だ。
ショーと名が付く以上、盛り上がらない訳にはいかないのだ。
本音を言えば、もう少しギャラリーが欲しいところなのだが、なにしろ僕らは神獣討伐をしていたのである。
無関係の人々を巻き込む訳にはいかないので、ジェイさんによりこの辺りは封鎖されているのだ。
今から観客を集めるという手もあるが、魚は鮮度が命だ。
厳密に言えば、マグロやブリなどの魚は熟成させた方が旨味が増すとは聞く。
だが、せっかくルピィさんが損傷の少ない獲物を持ってきてくれているのだ。
ならば一刻も早くクロマグロ君を解体して、すぐに実食に移るべきであろう……!
――僕は解体用の包丁を手に持ち、クロマグロ君の眼前に立っている。
ちなみに、このマグロ解体用の包丁はジェイさんに購入してもらったものだ。
とても高価な品だったが、一切の迷いも見せずに「おじさん、これを一本包んでくれないか?」と、金貨を積んでくれたのである。
お洒落にラッピングまでしてもらったが、おそらく使うのはこれ一回こっきりだろう……その点は心苦しいが、使用後は丁寧に洗って空神邸に飾るのも良いかもしれない。
〔神獣討伐記念〕として飾っておくならば、それほど不自然でも無い。
見栄えの良い包丁であるし、神獣を解体したともなれば泊が付くことだろう。
いや、むしろ〔神獣を切った包丁〕としてオークションに出せば、元値より遥かに高い金額で売れるかもしれない。
なにせ数年に渡って民国で猛威を奮った〔神獣〕だ。
上手いこと売り文句を考えれば、〔神獣を討伐した包丁〕としてミスリードを誘えるかもしれない……!
そうなれば、落札価格はうなぎのぼりだ!
しかしそんな立派な包丁であっても、目の前のクロマグロ君を捌くには刃渡りが圧倒的に足りていない。
さすがに全長十メートルの巨体を捌くことなど想定されていないのだろう。
解体ショー発案者の僕でさえ、どこから手をつけるのか悩んでしまう。
これほどの大きさともなると、胴体を手頃なサイズにぶつ切りしてから扱いやすいサイズに切り分けていくのが正しいのかもしれないが……そんな事は出来ない。
なにしろこれは、解体ショーなのだ。
そんなチマチマしたやり方では観客に失望されてしまう。
中骨を一気にばりばりと剥がしていくのがカッコいいのだ……!
それに耳を澄ませば聞こえてくる――『オレの中骨、剥がせるものなら剥がしてみろよ!』
いいだろう。クロマグロ君の挑戦、この僕が受けて立ってやる……!
明日の投稿で間章は完結です。
19:30頃の投稿を予定しています。
次回、最終話〔冷える背中と別れ〕




