三十話 砂上の対決
降り注ぐ強い日差し。光を反射してキラキラと輝く海面。
山を下りた僕らは、マグロパーティの為……ではなく民国の人々の為に、二度目の神獣討伐に赴いていた。
だが、僕の存在は神獣に覚えられている可能性が高いということで、僕は〔砂浜待機〕を強いられることとなった。……しかし、僕は寂しくなどない。
ありがたいことに、ルピィさんも砂浜へと残ってくれたのだ。
本人は「アイス君の近くにいた方が面白そうだからね」などと、うそぶいていたが、一人だけ残されることになる僕に気を使ってくれたのだろう。
せっかくの投擲術を披露する機会が無いのは残念だが、レットの投擲でも神獣を一撃必殺とはいかないまでも〔足止め〕くらいは出来るはずだ。
そこでその好機を逃さず、泳いで神獣を退治しにいこうというプランなのだ。
しかし僕とルピィさんも、ただぼんやりと待っているわけにはいかない。
「さてルピィさん、僕らはこの待ち時間を有効活用すべきです。始めましょうか――〔サンドアート対決〕を!」
「ふふん、面白い。このボクに勝負を挑もうとはね。身の程を教えてあげようじゃないの!」
こうして僕たちのサンドアート対決は始まった!
たかが砂遊びと馬鹿にするなかれ。
一流の造形家が造りあげる作品は鑑賞者の心を打つ。
僕には彫刻の類は経験が無いが、絵画には自信があるのだ。
アートと名が付くもので負けるわけにはいかない。
ルピィさんは自信ありげだが、恐らくサンドアートの経験は無いことだろう。
持前の器用さでもって、ある程度の作品を仕上げてくるだろうが、僕が負ける要素は低いはずだ。
しかしこの場合は技術も大事だが、題材がより大事と言える。
かつて教国でルピィさんが披露してくれた傑作〔大聖堂〕は、高い技術もさることながら、まさに〔僕らが大聖堂の中にいる〕というところで見せられたので、感動も大きかったのだ。
技術を見せるつける事にこだわるあまり、元の題材が分からないような作品を造りあげても意味がないのである。
例えば、ここで僕が〔軍国の王城〕をサンドアートで製作したとしても、「へー、これが王城なんだ」という感想に留まってしまうだけだろう。
僕の製作技術をアピールしつつ、誰もが知っている題材で、なおかつウイットが効いた作品であることが望ましい。
うむ、創作意欲がメラメラと湧いてきたぞ。
三週間の山籠もりの成果――ここでご覧に入れようではないか……!
――――。
「…………おいアイス、これはなんだ?」
結局、レットとジェイさんが二人で沖に行っても、神獣に気配を覚えられていたせいなのか、やはり神獣は近寄ってこなかったらしい。
レットを沖に置いて先に戻ってきたジェイさんが、結果を教えてくれたのだ。
前回、レットたちは僕と一緒に海に入っていたので、セットで覚えられてしまったのかもしれない。
そして戻ってきたレットは、一目見て僕の作品に心を奪われたらしい。
戻ってきて開口一番に作品説明を求めているのだ。
「凄いだろ? サンドアートは初めてだけど、我ながら良く出来ていると思うんだ。レットとジェイさんには、僕らの作品の優劣を決め……ああっ!!」
――ボゴッ!
僕の説明途中で――レットによって芸術作品は粉砕された!
「ひどい! ひどすぎるっ! 僕がどれだけ苦労して造り上げたと思ってるんだ!」
「酷いのはお前だアイス! なんで俺の砂像なんか造ってんだよ! 神獣が出現するまで待機してたんじゃねえのかよ!」
そう、悩みに悩んだ僕が選んだ題材は〔レット〕だった。
これならば題材が分からないなんて事はないし、それだけではない。
教国で激怒したレットが〔神官長を殴り殺したシーン〕、あの場面を忠実に再現したものだったのだ……!
流行に乗り遅れることのないように、流行りのキャッチーな題材を取り入れたというわけだ。
レットの燃える想いを的確に捉えた、親友である僕だからこそ生み出せた名作だったのに……。
「なんて事をするんだ、レット=ガータス! アイス君を悲しませるような真似は看過できないぞ!!」
芸術作品を絶賛してくれていたジェイさんが、僕の代わりに怒ってくれている。
……しかし気持ちは嬉しいが、二人が喧嘩するのは本意ではないのだ。
「いえ、いいんですジェイさん。妥協してしまって、レットに殴られた相手も造らなかった……僕が悪いんです」
製作時間の問題から、レットに殴り殺された神官長の砂像を造らなかったのだ。
あの場面を再現するならば、必要不可欠だったにも関わらずだ。
レットが怒って僕の作品を破壊するのも無理はない。
――芸術に妥協は許されないのだ……!
「ふふふ~ん、じゃあこの勝負はボクの勝ちって事だね!」
負けず嫌いで勝つ事が大好きなルピィさんが、満面の笑みで勝利宣言をする。
ちなみにルピィさんの作品は、〔クロマグロ君〕である。
舟の上からチラリとしか見てないはずなのに、ルピィさんの造り上げたそれは、僕の知るクロマグロ君に酷似していた。
どちらかと言えば、僕が〔質〕で勝負したとすれば、ルピィさんは〔量〕で勝負したと言えるであろう。
なにせ、全長十メートルのクロマグロ君を原寸大で再現しているのだ。
きっと仕留めた神獣を横に並べれば、互いに遜色無いものが並ぶことだろう。
これはさすがは僕のライバル、ルピィさんと言わざるを得ない。
高い完成度の作品を仕上げつつ、最新の流行もしっかり抑えているのだ。
だが――こんな判定で納得が出来るわけもない!
「異議あり! 僕の作品はレットの心を揺さぶったからこそ、当人に破壊されたのです。ルピィさんの勝利と決めつけてしまうのは乱暴でしょう!」
「『異議あり』じゃねえよ! そんな事はどうでもいいんだよ――当初の目的忘れてんじゃねぇ!!」
おっと、これはいけない。
言われてみればその通り、僕らは神獣討伐に来たはずではないか。
いったい何がどうなって〔レットの砂像〕を造ることになったのだろう……?
世の中には不思議がいっぱいだなぁ……。
――しかし神獣討伐は暗礁に乗り上げつつある。
ジェイさんの話では、前回よりも更に大きく神獣に距離を取られてしまっているらしい。
前回の距離感ならレットの投擲でギリギリと見込んでいたのだが……これは見込みが外れてしまったようだ。
僕は神獣に攻撃一つしていないというのに、随分と警戒されてしまったものだ。
こうなれば、うちの秘密兵器を投入するしかないだろう。
「ルピィさん! ――いやさ、ルピィ先生! ここはもうルピィ先生しか頼れません。一つお力を貸してやってください!!」
そう、ルピィさんだ。
今や〔神の投擲〕を継承したと言えるルピィさんならば、多少の距離などものともしない事だろう。
そんなわけで、おだてられるのが大好きなルピィさんを〔神輿〕のように力の限り持ち上げるのだ――わっしょい!
「ええ〜、どうしようかな〜〜。面倒だな〜〜」
否定的な発言をしているルピィさんだが、その顔はデヘデヘと緩みっぱなしだ。
褒められるのも頼られるのも大好きなルピィさんなだけある。
この正直過ぎる表情には好感を持てるというものだ。
これはもうひと押しだ――それ、わっしょいわっしょい!
「そう言わずに、ルピィ先生の神技を見せて下さいよ。ゴッドルピィさん――いえ、ゴッピィさん! こんな事もあろうかと、ゴッピィ先生の水着も持参してきたんですよ!」
「なんかバカにされてる気がするな…………まっ、いいでしょ。不甲斐ないアイス君たちの為に、ボクがひと肌脱いであげようじゃないの!」
調子に乗って舵取りを間違えてしまったが、説得は上手くいったようだ。
前回と同じくルピィさんだけが普段着のままだったが――今日ばかりは、僕が持ってきた水着に着替えてもらえることになったのだ。
――――
――岩陰から、水着に着替えたルピィさんが出てきた。
「うん、よく似合ってますよルピィさん。年上の方にこう言って良いのかは分かりませんが、可愛らしいと思います」
ルピィさんは活発なイメージが強かったので、僕の一存でビキニを選んでみたのだが、健康的でよく似合っている。
腰に巻いているナイフを収納したホルダーも、野性的でいいアクセントだ。
サイズも目算だったが、見たところ問題は無さそうだ。
……しかし、思った以上に胸がないな。
本人も気にしているみたいだから、貧乳をカバーできる〔フリル付き〕を選ぶべきだった。
これは僕の配慮が足りなかったと言えるだろう。
「そ、そ、そうかな? め、面と向かって言われると、照れちゃうな……」
緊張した面持ちだったルピィさんは、僕の素直な称賛を受けて安心と喜びが入り混じったような表情をしている。
察するに、水着姿に自信が無かったのだろう。
別に気にするような事でもないと思うのだが……。
――しかしここで問題が発生した。
僕の隣で訝しげにルピィさんを見ていたジェイさんだ。
ジェイさんが、僕の耳元で小さな声で聞いてきたのだ。
「……アイス君、ルピィさんは本当に女性なのかい?」
きっとルピィさんの胸部があまりにも平坦だったので、実は男なのではないかと疑ったのだろう。
さらに言えば、僕が男に〔女性用水着〕を提供して着せる趣味があるのでは? などと、業の深い疑惑を持ったに違いない……。
だが、これは危険だ。
ルピィさんは、陰口を決して聞き逃さない地獄耳を持っているのだ……!
「――ぐぁぁっ!」
僕の懸念は的中した。
ジェイさんの両足にもナイフが的中した!
抜く手も見せないルピィさんのナイフが、ジェイさんの太腿に深く突き刺さっているではないか……!
ジェイさんにこれほどの深手を負わせているという事は、ナイフにはしっかりと魔力が籠められていたのだろう。
こんな所で修行の成果が発揮されるとは思わなかった……。
い、いかん……感心している場合ではない。
冷酷な眼をしたルピィさんが、ジェイさんを見据えながら砂浜を歩んでいるではないか。
これは間違いない――殺す気だ!
先ほどまでは機嫌が良さそうだったが、それだけに感情が反転した時の影響が大きいのだろう。
〔可愛さ余って憎さ百倍〕に近い現象と言える。
緊急事態だ……このままでは民国の英雄が、砂浜で命を散らしてしまう。
幸い目撃者はいないが、そんな問題ではない。
各国の軍事バランスが崩れてしまうし、なによりジェイさんは僕の友達なのだ。
この命に代えてでも、ルピィさんの魔手から守らねばなるまい……!
――僕は爆発的な踏み込みでルピィさんに迫る。
「なっ!?」
ルピィさんに驚く余裕も与えないままに、僕は両腕で抱き締めるようにルピィさんを拘束してしまう!
被疑者確保……!
「きゃっ! ち、ちぁっ……」
活舌のいいルピィさんには珍しく、舌をもつれさせて動揺している。
しかし……僕の動揺はルピィさんより大きかったことだろう。
なにしろ僕もルピィさんも水着なのだ。
特に意識はしていなかったが、二人とも半裸でくっついているわけである。
しかもルピィさんらしくもない女の子のような悲鳴に加えて、抱き締めたその身体は想像以上に柔らかくスベスベとしていたのだ。
急にルピィさんを若い女性だと認識した僕は、激しく動転してしまう。
まるで――僕が変質者みたいじゃないか!
「ご、ご、ごめんなさい! ル、ルピィさんも一応女性でしたね……」
しまった!
僕は発言の直後、すぐに自らの失言を悟った。
錯乱状態だったとはいえ、これは明らかにまずい発言だ……!
ルピィさんも混乱していたから、僕の言葉を聞き流してくれていれば良いのだが……。
「――――『一応』?」
駄目だ!
完全にアウトじゃないか。どうしよう、どうすればいいんだ……。
ルピィさんが僕を見る視線には殺気が渦巻いている。
これは下手な言い訳が効く状況ではない。……こうなれば止むを得まい。
あの手を取るしかない……!
「レ、レットも、ルピィさんを男友達みたいだと言ってましたよ」
僕は咄嗟の判断でレットを巻き込む!
そう、重い荷物を一人で持つのは大変だが、二人ならば重さが軽減されるのだ。
友達なら喜びも悲しみも半分こ――当たり前の事じゃないか!
「なっ!? アイス、お前っ!」
レットの悲鳴のような驚愕の声が聞こえるが、これは仕方がない事なのだ。
過去にレットは悪意も無くそう言っていたのだから、僕が嘘を吐いて陥れているわけでもないのである。……陥れてはいるかもしれないが。
「へぇ…………そうなんだ」
レットもしっかり――ロック、オン!
うむ。これこそが平等というものだ。
僕としては逃げ出したいが、膝を突いて動けないジェイさんを置いて逃げるわけにはいかない。
しかし、レットだけが「俺、安全!」なんて状況になっているのは不公平だ。
僕らは仲間なのだから、痛みも皆で分かちあうべきなのだ……!
あと二話で間章は完結です。
次回、三一話〔解体ショー〕




