二八話 許されざる盗賊
「――こんなトコに人が住んでるの? 偏屈な年寄りっぽいなぁ」
僕らは噂で聞いていた〔引退した大盗賊〕に面会する為、山道を登っていた。
その目的は単純明快だ。
投擲名人である盗賊から、投擲術のテクニックを伝授してもらうつもりなのだ。
なにしろ僕たちの投擲術は、誰かから教えを受けたようなものではない。
そこで、この機会に超一流の技術を授けてもらおうというわけだ。
上手く事が運ぼうものなら、あの臆病なクロマグロ君すらも遠距離から退治することも夢ではない。
迂遠な策とも言えるが、元々〔神の投擲〕とまで言わしめる投擲技術には興味があったのだ。……どのみち神獣に近付けないのなら、このタイミングでの訪問は悪くない判断と言えるだろう。
投擲技術も高められて神獣も討伐出来るという、一石二鳥の名案なのだ。
「アイス君、大丈夫かい……? ぼくが背負って運んでも良いんだよ?」
「僕とレットは山育ちですから、これぐらいはなんて事ないですよ。……それにしても、ジェイさんが盗賊さんと〔知己の間柄〕とは思いもよらなかったです」
そう、ジェイさんと盗賊は顔見知りらしい。
さすがにいきなり訪れて『弟子にしてください!』と頼むのはどうなのかと不安に思っていたのだが、引退した老盗賊の事をジェイさんに聞いてみたところ『彼なら知人だよ、紹介しようか?』と、あっさり言われてしまったのだ。
そんなわけで――僕らは山頂付近にある老盗賊宅に向かっている最中だ。
――しかし、今はちょっとした問題が起きていた。
山を登り始めた時はご機嫌だったルピィさんが、獣道ばかりが続く悪路にぶぅぶぅ文句を言い出したのである……。
「疲れた〜。アイス君、おんぶして〜〜」
どう見ても疲労しているようには見えないが、きっと僕にちょっかいを掛けたくなったのだろう。
そう、こんな事は日常茶飯事なのだ。
しかし仲間のリクエストには応えるのは僕の主義だ。
――ルピィさんを百二十パーセント満足させてやろうではないか!
「任せて下さい! おんぶどころか、抱っこでも肩車でもやりますよ!!」
「だ、抱っこ!? …………い、いや、やっぱいいや。というか、なんでそんな乗り気なの……」
肝心なところで遠慮するルピィさん。
だが僕はルピィさんの長い沈黙を見過ごさない。……表面上では断っているが、本心ではやってほしいに違いない。
ここは気を利かせて――無理やり肩車をしてあげよう!
なぜか動揺して隙だらけのルピィさんだったので、僕は素早く背後に回り込んでしゃがみ込む。
そして頭を股の間に入れて……一息で持ち上げた!
「きゃぁっ!? な、何すんのアイス君!」
珍しくルピィさんが女性っぽい悲鳴を上げるものだから、僕は狼狽してしまう。
まるで僕が……無理矢理セクハラ行為に及んだみたいじゃないか……!
そして動揺した僕を、上からルピィさんがボカボカと殴打する。
ポカポカではなくボカボカという点がポイントだ――そう、痛い!
ボカボカと殴られた僕はたまらず倒れ込むが、ここは急斜面の獣道だ。
こんな場所で無防備に崩れ落ちれば結果は決まっている……!
うわぁぁぁ……とばかりに、僕たちはゴロゴロと斜面を転がり落ちていった!
「――いたた……何するんですかルピィさん」
「それはこっちのセリフだよ! まったくもう……こんな時ばっかり強引なんだから」
いつものように僕らが責任をなすりつけあっていると、案じ顔のジェイさんと、これっぽっちも心配してなさそうなレットも下りてきた。
さすがにレットとは長い付き合いなので、これぐらいの事では取り乱したりはしないのだろう。……少し引っ掛かるものはあるが。
「はぁ……アイス、お前な……」
――おっと、みなまで言わせはしない。
レットの言いたい事はよく把握しているのだ。
「分かってるよレット……レットも肩車してほしいんだろ? しょうがないヤツだなぁ……」
「違ぇよ! そんなワケねぇだろ!! お前は大人しく歩くことも出来ないのかよ。毎度毎度、騒々しくしやがって…………まぁ、今回は悪い事ばかりでも無かったみたいだが」
はて、レットは何を言ってるのか……? と思い周囲を探ってみると――急斜面の上方から、人らしき存在が下りてくる音が聞こえるではないか。
……草木が生い茂っているので、気配を殺して移動するのは困難なのだ。
もっとも、相手側に存在を隠す意図は感じられないのだが。
「――ふぉっ、誰かと思えばジェイじゃないか。お前さんが客を連れてくるとは珍しいのお」
「やぁドジャル爺さん、久しぶりだね」
レット以外には人当たりが良いジェイさんが、にこやかにお年寄りへと挨拶をしている。
二人は軽いやり取りを交わしたが、最初からこちらが気になっていたらしい老盗賊――ドジャルさんが僕の方に視線を向けた。
「こんな子供を連れてきて……どういうつもりじゃ、ジェイ?」
むぅ……子供扱いされるのは遺憾だが、年齢差を考えれば無理も無いだろう。
僕は十六歳の若造でしかないが、老盗賊は七十歳を軽く超えてそうなのだ。
というか、想像よりずっと年を召された方のようなので、技術を伝授してもらうどころでは無いかもしれない。
「ドジャル爺さんには大切な友人の面倒を見てもらおうと思ってね。〔神の投擲〕と呼ばれた投擲術――その技術の一端を教えてあげてくれないかな?」
「ジェイには借りがあるから応えてやりたいのは山々だが……儂の投擲術はやすやすと身に着けられるものじゃねぇ。時間の無駄だ、坊主共を連れて帰りな」
けんもほろろに断られてしまった。
ジェイさんは帝国の賞金首であるドジャルさんの存在を黙認しているので、ドジャルさんはそれを恩義に感じているようではある。
だが、僕らが見るからに若輩者という事で、投擲術を教えるに値しないと判断されてしまったのだろう。
ふぅ、と小さく息を吐いて自分の胸元を探るドジャルさんだったが、次第に戸惑っているような表情になっていく。……どうしたんだろう?
「…………ふふふっ、お探しの品はコイツかな?」
不敵な笑みを浮かべて嘲笑しているのはルピィさんだ。
その高々と掲げられた手には、年季が入った〔煙管〕が握られていた。
まさか……ドジャルさんがジェイさんに近付く際に僕らの前を横切ったが、あの時に失敬しただろうか……?
――というか、この人は何をやっているんだ……!
お願いにきた立場なのに、全力で喧嘩を売っているではないか!
明らかに断られる前から犯行に及んでいたぞ……。
素直に引き受けてくれていたら気まずい空気になってしまっていたはずだ。
……今も十分気まずい空気ではあるが。
「なっ!? いつの間に……」
さすがの大盗賊も、ルピィさんの手癖の悪さには泡を食っている。
ルピィさんの盗術は教えを受けるまでもなく〔超一流〕の手練と呼べるだろうから、老盗賊が気付かないのも当然だ。
しかもルピィさんは、しばしば僕を実験台にして盗術の練習をしているのだ。
お店での会計時、財布が無くてアワアワしている僕を、ルピィさんがニヤニヤしながら見ていたかと思えば――お店の人に聞こえるように『えっ、アイス君お金持ってないの!? 仕方ないなぁ、ボクが払ってあげるよ』などと言いながら、〔僕の財布〕で支払いを済ませるのだ…………盗っ人、許すまじ!
「いやぁ、〔大盗賊〕って噂だったけど大した事ないね。まっ、もう歳みたいだし、しょうがないかな」
さらに挑発を続けるルピィさん。
どうも第一印象だけで軽く扱われたことにお冠のようである。
……だが、これはいけない。
ルピィさんの事だから敬老精神は無いだろうと思っていたが、さすがに目に余る蛮行だ。
僕がルピィさんの非礼を詫びるべきだろう。
「駄目ですよ、ルピィさん! 初対面の、それも老い先短いお年寄りからモノを盗むなんて……失礼にもほどがあります!」
「お、老い先短い…………坊主も負けないくらい失礼じゃのぉ。……まぁ、ええわい、面白そうな連中じゃないか」
そう言ってドジャルさんは頭を掻いた――ように見えたが、それと気が付いた時にはルピィさんの手から煙管が離れ、くるくると回りながら――最終的にドジャルさんの手に収まった。
「……!」
今度はルピィさんが驚かされている。
……実に見事な手際だ。ドジャルさんはさりげない仕草で指先から何かを投擲して、ルピィさんの持つ煙管に当てたのだろう。
しかも、弾かれた煙管がドジャルさんの手に舞い戻っている。
投擲物が当たる場所、強さばかりか、当たる角度までもが計算し尽くされた芸当である事は疑いようがない。
「へぇ……いい度胸じゃないの」
まずい、プライドを刺激されたルピィさんから殺気が立ち上っている……!
自分が先に仕掛けておいて、やり返されたら殺そうとするなんて――理不尽ここに極まれり!
僕はルピィさんの腕を掴んで制止しつつ、険悪な空気を誤魔化すように急いで自己紹介をした。
「僕はアイス=クーデルンと言います。こちらの女性――ルピィさんは、初対面の人間からはモノを盗まずにはいられない人なんです。呼吸をするようなものですので、どうか気にしないでいただけますか」
自己紹介と同時に、非常識なルピィさんの悪行を謝罪する僕。
……我ながらしっかりしていると言えよう。
「ちょっと、人を窃盗の常習犯みたいに言わないでくれる!?」などと不満を表明するルピィさんの言は聞き流す。
紛れもなく、常習犯だからだ……!
「クーデルン、か。……ふおっふぉ、面白い、面白いのぉ。儂はドジャル、〔投神〕ドジャル=ステロールズじゃ」
よもやと思っていたが、ドジャルさんも僕が〔武神〕の関係者だと気が付いたようだ。
民国のジェイさんが知っていたくらいだ、帝国出身のドジャルさんが知らないわけが無いとは思っていたが。
そして――〔投神〕か。
神の投擲と呼ばれていたぐらいだから〔神持ち〕の可能性は予想していたが、そのものズバリの〔投神〕とは。
あれほどの技術ならば、神の投擲という二つ名も納得である。
これは教えを受けるのが楽しみになってきたというものだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、二九話〔リフレッシュ休暇〕




