二五話 お悩み相談
「――アイス君、このカップ良いね。帰る時には持って帰ろうよ!」
僕らは空神邸で歓待を受けていた。
空神邸のシェフたちによるフルコースを堪能した後は――優雅に食後のティータイムである。
ルピィさんが騒いでいるのは紅茶が入った〔カップ〕のことだ。
生産系の加護持ちが作成した〔魔具〕のようで、暖かい紅茶が〔いつまでも冷めない〕という優れモノらしい。
その高価であるはずのカップが、僕らとジェイさんの分も含めて四個もテーブルに並べられている。……なんという財力だ。
「しょうがないですね……持って帰るのは一個だけですよ?」
多くの珍しい料理を味わえて、僕は機嫌が良いのだ。
一個ぐらいは構わないだろう、ということで鷹揚に許可を出してしまう。
――レットの眉がピクリと動いた。
何かを言いかけて、ぐっと飲み込んだようにも思える。
ふふ……僕にはレットの言わんとした事は分かっている。
「言いたい事は分かってるよレット。安心してよ――レットのカップも持ち帰っていいからさ!」
「違ぇよ! なんでアイスが持ち帰り許可出してんだよ、おかしいだろ!!」
素直になれないレットは本心をひた隠しにしている。
しかし、これは僕の配慮が足りなかった。レットは遠慮がちな男なのだ。
友人として、帰り際――こっそりレットのバッグに入れておくべきだった……!
「何言ってるんだよレット。お茶請けの菓子を持ち帰るのに、家主の許可が必要かい? ……持って帰ってもいいですよね、ジェイさん?」
レットに諭しているうちになんだか少し不安になってきたので、ジェイさんに確認してみた。
「もちろんだとも! 可愛いアイス君のお願いを断るわけが無いじゃないか」
やっぱり僕は間違っていなかった……!
お茶請けの菓子みたいなものとはいえ、ゴッソリ持ち帰るのは非礼ではないかと心配になってしまったが、そんな事は無かったのだ!
「ありがとうございます。ジェイさんは本当に優しい人ですね……少しお高いカップみたいだから不安になってしまいましたが、遠慮なく三個持って帰りますね」
さりげなく僕の分のカップも追加してしまう。
嬉しくなった僕が笑顔でお礼を言うと、ジェイさんもニコニコして嬉しそう……これが笑顔の連鎖だ!
だが……平穏な光景をかき乱すのが趣味であるルピィさんが黙っているはずもなかった。
僕が誰かと仲良くしていると、いつも精力的に妨害工作をしてくるのだ……!
「……はん! 『可愛いアイス君のお願い』ね…………初対面での求婚といい、結局コイツはアイス君の外面しか見てないんだよ!」
ルピィさんはビシッと指を差して決めつけた!
しかしこの人は、赤の他人には愛想良く対応して情報収集したりするのに、なぜ僕と親しくしている人には喧嘩腰なのか。
なにか僕に恨みでもあるのだろうか……?
レット以外に不快な顔を見せなかったジェイさんも、さすがにムッとしてルピィさんに言い返す。
「……失敬だな、君は。たしかにアイス君の容姿が好みであることは否定しないが、それだけであるはずがない。隙が無く、腕が立ちそうなのは明白であるのに、守ってあげたくなるようなか弱さを内包した瞳。慇懃無礼でありながら、ちょっとした事で泣きそうになる繊細さ。――そう、全てが僕の理想に合致したのだよ」
これは褒められているのだろうか……?
僕は〔か弱く〕も無ければ〔慇懃無礼〕でも無いのだが……。
だが不思議とルピィさんは、ジェイさんに論破されたかのように「むむぅ……」と唸っている。
ルピィさんばかりかレットも、ジェイさんの眼力に感心しているような様子だ。
おかしい……おかしいが、ジェイさんは初見でルピィさんを〔女性〕だと看破するほどの人物である。
少なからず僕の特徴を捉えているのかもしれない。
それにジェイさんは、座っている姿にすら緩みが無いだけあって、僕がそれなりに戦える事を当然のように見抜いているのだ。
ジェイさんが洞察力に秀でた人物であることは疑いようが無い。
……だが、執念深いルピィさんは論破されたぐらいではめげない。
切り口を変えて果敢に攻め続けるのだ……!
「ま、まぁ、口だけならなんとでも言えるからね。実際にアイス君へ力を貸すわけでも無いんだから気楽なもんだよ。それとも、困っているアイス君の為なら金貨の千枚や万枚くらいはポーンと出してくれるのかな? そう――可愛い可愛いアイス君の為に!」
「もちろんだ! ぼくはアイス君が望むなら――」
「――待ってください! 駄目です、それはいけませんジェイさん。もう僕はジェイさんのことを友達だと思っています。友達から理由も無く大金をもらうわけにはいきません」
ルピィさんが僕を口実に強請りを始めてしまったので慌てて制止する!
ジェイさんは、もう僕の友達なのだ。
友情という済んだ水に、不純物を混ぜて濁らすような真似はしたくない。
……まったく、ルピィさんときたら油断も隙もあったものではない。
大金を貰ったなんて負い目を作ってしまえば、事あるごとにその事実を思い出して卑屈になってしまうことだろう。
純粋な気持ちで付き合えなくなってしまうではないか。
「ア、アイス君……」
ジェイさんは感動に震えているようだが、こんなのは感謝されるような事でもないはずだ。
いや……もしかしたら、ジェイさんは大金持ちなので金で繋がっているような関係が多いのかもしれない。
しかし、そんな輩がいるとしても、僕はしっかりと誠実で清廉な友人でいよう。
――そう、間違っても恋人ではない……!
ジェイさんともレットのような親友関係になれるはずだ。
そのレットはといえば、僕らと関わり合いになりたくないかのように、カップに視線を集中させて誰とも目が合わないようにしているが……。
「アイス君は甘いなぁ……まっ、悪くはないけど。――じゃあ、なにか空神から仕事を請け負って、報酬としてお金をもらえばいいんじゃないの? 最近路銀も減ってきてたし、そろそろ稼いでおかなきゃだよ」
ルピィさんの意見とは思えないほど道理が通った名案だ。
困り事を解決してあげて、報酬としてお金をもらうのならば理に適っている。
普段であれば、僕もルピィさんもお金に執着するようなことは無いのだが、ルピィさんが言及したように――僕らは手持ちの資金に乏しいのだ。
そもそも僕らの収入源の最たるところは〔狩り〕なのだが、教国入りしたあたりから狩りの頻度が激減してしまっている。
狩りといっても、僕らが狩るのは魔獣ばかりではない。
若い男女が二人旅をしていれば向こうからやってくる――そう、盗賊が。
盗賊に賞金首がいなくとも、彼らは〔戦利品〕をアジトに貯め込んでいるのだ。
そこで僕とルピィさんとで、盗賊を殲滅したついでに彼らの財産を根こそぎ頂戴しているという訳である……もはやどちらが盗賊か分からなくなりそうだが、これも因果応報だ。
まったくもって仕方がない……!
ちなみに狩りの頻度が減っているというのは、獲物が減った訳では無い。
……ただただ教国で遊び歩いていただけだ。
収入が減って遊興費が増えるならば――お金が無くなるのは当然の帰結だ!
それもこれも、計画性に乏しい僕とルピィさんだけで旅をしていた時の弊害と言えるであろう。
レットが最初から僕らに合流していれば……おのれ、レットめ!
――おっと、レットに責任転嫁をしている場合ではない。
資金難を解消すべく、ジェイさんに仕事をもらうのだ。
僕が出来る仕事をジェイさんにアピールしなければ。
「ジェイさんは何か困っていることがありませんか? 料理から似顔絵書き、犬の散歩まで、なんでも僕らにお任せください――そしてお礼にお金をください!」
「結局お金を要求してんじゃん! もうストレート過ぎて清々しいくらいだよ……。それにラインナップ偏りすぎでしょ。なんで神持ちが二人もいて〔犬の散歩〕しなきゃいけないのよ」
朗らかに提案した僕だったが、賛同してくれると思っていたルピィさんから不平不満の声が上がってしまう。
ふむ、ルピィさんは動物があまり好きではないようであるし、犬の散歩は良くなかったかもしれない。
「――神持ちが二人……? 君たちは全員が神持ちではないのか?」
だが、ジェイさんが指摘したのは意外な点だった。
……これは本当に大した観察眼だ。
僕のように魔力が視認出来るわけでも無さそうなのに、ルピィさんやレットを神持ちと見抜いているのだから。
そして僕がジェイさんの立場でも〔神持ちが三人〕と判断していたことだろう。
客観的に見て僕の存在は〔神持ち〕に酷似していると言えるのだ。
魔力量は外見で判別困難だとしても、僕は身体能力も〔神持ち〕と同じように常人を凌駕している。
ジェイさんもそうだが、身体能力に秀でている人間はちょっとした動作からでもその片鱗を感じさせるのだ。
実際に戦ったわけでもないのに僕らを神持ちと判断していたということは、やはりジェイさんはその眼力からしても〔軍国軍団長クラス〕の実力者と考えて相違ないことだろう。
「はい。僕以外の二人は神持ちで間違いですが、僕は〔治癒の加護持ち〕の一般人なんです」
なぜか、嘘を吐いていないのに騙しているような罪悪感がある。
一般人だと主張する僕を、ルピィさんとレットが白い眼で見ているからだろうか。……紛れもなく真実しか語っていないのに。
「アイス君が神持ちじゃない……?」
僕の言葉が信じられないかのように、ジェイさんは混乱した呟きを漏らした。
その僅かな隙を――ルピィさんが見逃すわけもない!
「おやおやぁ〜、求婚するほど大好きなアイス君の言葉が信じられないのかな〜? それとも、神持ち以外は興味ないのかな? ――はっ、コイツはとんだ〔ブランド主義〕だ!」
誰よりも僕の言葉を信じていないルピィさんが、自分を棚に上げて抜け抜けと言い放った。
本当にこの人は、隙あらば挑発するなぁ……。
あの活き活きとしたヤラしい笑顔は、どんなに温厚な人でもイラっとしそうだ。
しかしブランド主義とは……たしかに神持ちの中には、同じ神持ち以外は〔劣等種〕のように考えている人間も存在する。
教国の聖女、ケアリィなんかがそうだった……だが、ジェイさんに差別意識なんてものがあるとは思えないのだが。
「なにをバカな! 神持ちか否かだなんて構うものか、それでアイス君の何が変わるというんだ」
おぉ……ジェイさんは良いことを言う。
うちの問題児にツメの垢を煎じて飲ませてあげてほしいくらいだ。
そしてその問題児はと言えば――
「あ〜、はいはい、分かった分かった。それで、なにか仕事あるの? 荒事の方がボクらには向いてるからそっち関係で」
自分で話を振っておいて、この態度……!
椅子にふんぞり返ったままカップを傾けるその姿は――まるでここがルピィさんの家であり、出来の悪い部下から報告を受けているかのようだ。
この人ぐらいふてぶてしければ、ストレスなんてまるで溜まらないことだろう。
……むしろレットの方が胃痛に苦しんでいるような顔をしている。
「荒事か……。調べれば分かることだから言うが、ぼくというより民国の頭を悩ましている問題はある。だが……アイス君には危険な事をしてほしくないんだ」
「――引き受けましょう! なぁに、心配ご無用ですよ。僕は無理をしないスローライフを志していますから、危なくなったらすぐ逃げちゃいます」
気が進まなさそうなジェイさんだったが、僕は内容も聞くことなく即座に二つ返事で承諾してしまった。
一応ルピィさんとレットにも眼で確認を取るが――ルピィさんは楽しげに、レットは重々しげに軽く頷いた。……予期した通りの反応だ。
ルピィさんはとにかくイベント好きであるし、レットは困っている人を見過ごさないのだ。
「では、決定ということで。今夜はもういい時間なので、詳細は明日にしましょう。――レット、お風呂に行こうか。さっき見てきたけど凄い大浴場だったんだよ」
ジェイさんの答えも聞かずに強引に話をまとめてしまった。
とにかく、これで問題は片付いた。ここからはリラックスタイムだ。
この空神邸に入った直後に、ルピィさんと一緒にめぼしい施設は探索済みなのだ……!
「アイス君とお風呂!? レット=ガータス、ふしだらだぞっ!!」
なぜか怒られるレット。
ふしだらなのはジェイさんの思考だと思うのだが、わざわざ突っ込むような事はしない……。
そのレットも「なんで俺が怒られてんだ……」という顔をしているが、それも無理もない。
出会ってからここまで、レットが発言する度にジェイさんに怒られていたりしたが――今回は喋ってすらいない……!
ジェイさんは善良な人であることは間違いないのだが、なぜかレットをライバル視しているのは困ったものだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、二六話〔世界のバランス〕




