二四話 五芒星の夢
「――そうか、そんな事があったんだね……」
ここは空神邸の客間だ。
僕はこれまでの事――父さんが軍国に囚われている事、助け出す為に仲間を探している事を、ジェイさんに説明していた。
ジェイさんは僕の境遇に同情しているのか、その目に涙を浮かべている。
この人は少し変わってるところがあるが、事前の評判通りに優しい人のようだ。
僕も釣られて泣いてしまいそうになったが、意思を強く持って涙を封じ込めた。
……泣いて同情を引くような真似はしたくないのだ。
だから僕は無理矢理に笑顔を作ってジェイさんを旅に誘ってみたが――ジェイさんの答えは予想に違わぬものだった。
「……ぼく個人としては、すぐにでもアイス君に付いていきたいが……ぼくの存在は〔民国の盾〕であると同時に〔民国の象徴〕でもあるんだ。長くこの国を空けるわけにはいかない」
ジェイさんのその声は、苦痛の声を上げているような辛そうなものだ。
彼は何も悪くないのに罪悪感を与えてしまっている。
そんなジェイさんを見ていると僕も罪悪感に襲われる――罪悪感の連鎖だ……!
明らかに無理を言っているのはこちらなので、僕は慌てて言葉を紡ぐ。
「い、いえ、それは当然ですよ。分かりきっていた事を言わせてしまってすみません……」
僕があわあわしている姿を見て、ジェイさんは心が軽くなったかのような穏やかな微笑みを浮かべた。
「アイス君は僕が思った通りの優しい子だね。――うん、絶えず一緒に旅をする事は出来ないが、戦力が必要な時はいつでも呼んでくれないか? 手紙でも貰えれば、軍国の王都ぐらいなら一週間で飛んでいくよ」
飛んでくるというのは、文字通り飛んでくるという事だろう。
常人の足なら――ここから王都までは四、五カ月はかかりそうだが、障害物の無い〔空〕を最短距離で飛んでくるならば、一週間で到着するというのも本当かもしれない。
「それでなんだが、最初にも言ったけど……軍国での仕事が片付いたら、僕と暮らす気は無いかな? もちろん、軍国でのことを手伝う代わりとは言わないよ。弱みにつけこむような卑劣な事は出来ないからね」
ぐぬっ……いい流れで話が進んでいたので、最初のアレは冗談だったのでは? と考え始めていたが、そんな事は無かったようだ……。
そして〔恩を売って仲間を増やしていこう〕という方針の僕には、実に耳が痛い……!
まったく、なんて誠実な人なんだ。
あまりに存在が眩しすぎて、腐りきった僕の身体が溶けてしまいそうだ。
――しかし相手が真剣な様子で僕を誘っている以上、僕も真剣に誠実さを持って答えを返すべきだろう。
「僕を必要としてくれる気持ちは純粋に嬉しいですが、それには応える事が出来ないです……申し訳ありません。僕は五人の子供に囲まれて〔五芒星〕を形作ってもらうのが夢なんです」
「多っ!? 五人は多いよアイス君! それに〔五芒星〕って何? ちょっと意味が分かんないんだけど」
何故かルピィさんに突っ込まれる。
ルピィさんは客間に置いてある〔魔具〕の数々を静かに物色していたから安心していたのに……。
そう、この部屋には〔生産系の加護持ち〕が作ったであろう〔魔具〕がたくさん置いてある。
こっそりルピィさんが懐に入れるんじゃないか、と心配しつつ――話の邪魔をしないならアリかな、とも心中思っていたのだ。
僕の壮大な夢に水を差されてしまったのは残念だが、分かりやすく解説してあげるとしよう。
「五芒星ですよ? 僕を中心に、子供たちに星の頂点へと立ってもらうに決まっているじゃないですか。そして『ああ……今、子供たちと五芒星に囲まれてる!』という訳ですよ!」
「なにが『という訳です』だよ、説明されて余計分かんなくなったよ! ソレに何の意味があんの!?」
分からずやなルピィさんが糾弾してくるが、ジェイさんは小さく頷いている。
うむ、分かる人には分かるのだ……!
「うん……それなら、実子でなくても良いんじゃないかな? 僕らで孤児を引き取って育てれば良いじゃないか。なぁに、血の繋がりの有無など些細な事だよ」
ジェイさんの提案に、僕の心は少しだけ揺れる。
産みの親より育ての親、ということか……一理あるな。
なにしろ僕とて、ガータス家に引き取られて育てられたのだ。
ジェイさんの言葉を否定する事は、シークおばさんを否定する事になってしまう――ありえない!
僕はシークおばさんの事を、もう一人の母親のように慕っているのだ。
…………しかし、それとこれとは全くの別問題では無いか……?
血の繋がりに拘らないにしても、僕は男性を恋愛対象として見たことは無い。
やはりここはキッパリ断るべきであろう。
「すみませんがジェイさん――」
「――おおっと、待つんだアイス君! 百聞は一見にしかず、まずは受け入れることから始めてみようじゃないか」
僕の断りの言葉は途中でかき消された。
百聞は一見にしかずか……むぅ、僕の好きな言葉を次々に持ち出してくるあたり、中々やりおる。
「ちょっといい加減にしなよ! アイス君は押しに弱いんだから流されちゃうでしょ!!」
ジェイさんの存在を無視していたルピィさんだったが、我慢出来なくなったようにジェイさんを叱りつけた。
しかし、僕は押しに弱いだろうか?
むしろルピィさんの押しが強過ぎる気がしてならない。
この人ときたら……押せ、天まで押せっ――つり天井固めだ!
……なんて事までやってしまう。
押しが強いなんてものではない、両肩が脱臼されるまで押されてしまうのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、二五話〔お悩み相談〕




