二二話 アプローチ
宿屋で一泊した翌日。
僕らは意気揚々と〔空神〕の自宅へと向かっていた。
「……あ。あれじゃない? あの豪邸。……やっぱこれは相当悪い事やってるヤツだね。」
ルピィさんの〔金持ち=悪人〕説はさておき、それはたしかに豪邸だった。
この民国の英雄と聞いていたので、あばら家に住んでいるような事はないと思っていたが……離れていても全景が視認出来ないではないか。
これだけ広い家なら敷地内を歩き回るだけでも大変そうだ。
……いや、僕だって将来はお城のようなところに住める気がしてならない。
うん、だんだんとそんな気がしてきたぞ。
なんといっても僕の直感は外れないのだ……!
まぁそれはそれとして、ルピィさんをちゃんと諌めておこう。
「会ってもいないのに犯罪者扱いは駄目ですよ。それに考えても見てください、空神がお金持ちなのは嬉しい誤算なんですから。これは上手く話が運べば『困っているんだね? よし、神持ちを五人に加えて〔金貨千枚〕もあげちゃおう!』なんて事になるかもしれないんですよ?」
「ポジティブ過ぎでしょ!? どうやったらそんな事になるの! 危ないところを颯爽と助けて恩でも売る気? レット君に空神の命でも狙わせてさ」
「それ、いいですね! その手で行きましょう!!」
「――ふざけんなよ! なんで俺がそんな事しなきゃいけねぇんだよ!」
せっかくのルピィさんの名案だったが、わがまま盛りのレットに拒絶されてしまう。……覆面でもすればセーフかと思ったのに。
「じゃあこれからどうするのアイス君? 玄関から訪ねていっても相手にされなさそうなんだけど。忍びこむの?」
すぐに考えが犯罪に走ってしまう困ったルピィさん。
もちろん僕とて無為無策でここまでやって来たわけではない。
空神と会う為の手段は検討済みだ。
「犯罪は駄目ですよルピィさん。そんな事をせずとも、僕には消極策と積極策の二案がありますから。まず消極策ですが――そう、〔空神邸ラン〕を利用するんですよ!」
現地の情報によると、民国では広範囲な面積を持つ〔空神邸〕の周囲を囲む塀――この塀周りをジョギングする〔空神邸ラン〕なるものが流行っているらしい。
気さくな人柄をしている空神は、自宅の周りを嫌がらせのようにグルグル走っている人々にも朗らかに接してくれるらしいのだ。
そこで僕らも空神邸ランに参加してしまい、空神との接触の機会を待ちつつジョギングに励もうというわけだ。
健康にも良さそうだし、中々悪くない作戦ではないか……?
「消極的すぎでしょ! 現地住民に混ざってどうすんの! ――はいはい、それで積極策は? 一応聞いてあげるよ」
すげなく否定されてしまった。
堪え性の無いルピィさんには酷な提案だったかもしれない。
ルピィさんは健康意識が低そうな人でもあるので仕方あるまい。
僕の策に微塵も期待していないルピィさんの態度には若干の憤りを感じるが……いいだろう、実はこっちの積極策が本命なのだ。
小馬鹿にした顔をしているこの人を『その手があったか!』と驚かせてやろう。
「慌てない慌てない、実はこっちが本命なんですよ。話を聞く限りでは、空神はかなりの実力者だと聞き及んでいます。そこで僕たちが、空神邸の外部から普段抑えている〔魔力〕を解放して――殺気なんかも乗せてビシビシ飛ばしてやれば『おや?』と向こうから気付いてくれるというわけですよ!」
「……おいアイス、お前は何しに来たんだ。〔国の英雄〕に喧嘩売りに来たのかよ。だいたい犯罪は駄目とか言っておきながら犯罪スレスレじゃねぇか」
僕の合法的で冴えた妙案に反発したのはレットだ。
だが、僕は気にしない。レットには僕の意見ならとりあえず反対しておこうみたいな、この民国における〔野党〕のようなところがあるのだ。
この国の野党は――議会第一党である〔与党〕と対立しており、与党がどれほど素晴らしい政策を出したとしてもロクに吟味することなく〔坊主憎けりゃ袈裟まで憎い〕の精神性で、なにがなんでも反対しているらしい。
そんな事をしていれば国民の信頼を損なうだけだというのに……野党にせよレットにせよ、大事な物を見失っている。
まったく、ルピィさんを見てみるがいい。
僕の意見に無言で同意を示すように、早くも魔力に殺気を乗せて空神邸に飛ばしているではないか……!
なにしろ金持ち憎しのルピィさんだ。
意識せずとも、ごく自然に殺気が湧いてくるに違いない!
「――ちょ、ちょっとルピィさん、アイスの言葉を真に受けないで下さい!」
レットは焦った様子でルピィさんを制止しようとしている。
こうして見るとレットはやはり苦労人だなぁ……しなくてもいい苦労を背負い込んで、常にストレスに曝されている気がしてならない。
それでもレットが独りで旅をしていた頃よりは元気そうに見える。
レットには自罰的なところがあるので、適度なストレスは却っていい影響を与えるのかもしれない。
「おいアイス、嬉しそうに見守ってんじゃねぇよ! お前もルピィさんを止めろよ!」
僕が友人の快調ぶりに目を細めていると、当のレットに叱責されてしまった。
そんなに心配せずともいいのに。
僕らの魔力の性質は、放出したところで他人に迷惑を掛ける類のものではないのだ。
さすがに殺気を乗せると話は別だが、殺気には指向性がある。
空神邸以外に影響を及ぼすような事はないだろう。
この屋敷にいる人間は少なからず体調不良に陥るかもしれないが、気配からすると空神らしき存在以外の反応は無いのだ。……空神ならば歯牙にもかけないはず。
きっと空神も『おやっ、なんだか寒気がすると思ったらお客さんだった』と気安く声を掛けてくれることだろう……!
明日も夜に投稿予定。
次回、二三話〔作られた三角関係〕




