二一話 空神
親切な現地協力者であるお姉さんたちと別れた後、僕らは得られた情報について宿屋の一室で話し合っていた。
「聞けば聞くほど、この国の〔神持ちのリーダー〕について良い評判が聞こえてきましたね」
「良いトコだけの人間なんていないんだから、陰で隠れて悪い事やってるに決まってるよ!」
世界中の善人の敵になれる素質を持っているルピィさんが、驚くほどの暴論でリーダーの悪行を決めつけた。
僕はルピィさんをぼんやり見詰めながら思案を巡らせる。
たしかにルピィさんの言にも一理あるのだ。
神持ちの多くは非常識で倫理観に欠けている――分かりやすい例が目の前にいるではないか。
ルピィさんばかりではない、教国で出会ったケアリィやアイファも、例に漏れず非常識な子たちだった。
だが、しかし……しかしだ。
レットのような良識人という例外も、ちゃんと存在するのだ。
ならば、会う前から悪い先入観など持つべきではない。
黒いサングラスを掛けて見れば、黒く見えるのは当たり前なのだ。
リーダーが人格者であることに期待し過ぎてしまうと、ちょっとした事にも失望してしまいかねない。
ここは良くも悪くも、フラットな心で会うのが正解のはずだ。
「な、なにアイス君、黙ってボクの顔じっと見たりしてさ……」
おっと、いけないいけない。
ついルピィさんを見詰めたまま沈思してしまっていた。
……しかし悪例としてルピィさんのことを考えていたなどと口に出したら、また折檻されてしまうではないか。
ここは当り障り無く誤魔化すのが吉だろう。
「いえ、ルピィさんは凄い人だなぁ……とぼんやり考えていたんですよ。不快な思いをさせてしまったのならすみません」
うん、嘘は吐いていない。
ルピィさんの自由人ぶりには、逆に感心させられるものがあるのだ。
「なに言ってんのアイス君、今頃気付いたの~? まったくしょうがないなぁ~」
謙遜という言葉を知らないルピィさんは、溶けそうな笑みを浮かべながら僕の頭をよしよしと撫でている。
『しょうがない』と言いつつ、もっと褒めてと言わんばかりの言動不一致ぶりだ。
だがこれ以上褒めてしまうと、調子に乗って常軌を逸した行動を取ってしまうのがルピィさんだ。
ルピィさんもご機嫌で、僕も頭を撫でられて嬉しいということで、皆が幸福なこの辺が頃合いだろう。
いい加減に話を先に進めるとしよう。
「それでリーダーの人は〔空神の加護持ち〕という話ですが、〔空神〕ってルピィさんは聞いた事ありますか?」
「うん、あるよ。空神しか使えない〔空術〕ってのが、空を自由に飛べる術らしいね」
それは凄い、そんな術があるのか……。
僕の心に眠るロマンを掻き立てられる術ではないか。
これは仲間にするとかの目的以外でも、実際に会って――視てみたい術だ。
もしかしたら、僕にも空術が使えるようになるかもしれないのだ。
空を自由に飛べるようになれば、ルピィさんが理不尽に僕をイジめ始めた時なんかには〔空に逃げる〕という選択肢も可能になる。
……いや、石を投げられて撃ち落とされそうな気もしてしまう。
なんだか穀物を食い荒らす害鳥みたいな扱いだし、傷付いてしまいそうだ。
そういえば……
「さっきのお姉さんたちが言ってましたけど――民国の山奥で、引退した大盗賊が堂々と暮らしているらしいですね。余裕があれば会ってみたい気がします」
帝国を中心に暴れ回っていた義賊集団の元首領で、その男の投擲術は〔神の投擲〕と呼ばれるほどに鮮やかなものだったらしい。
さすがに所持している加護の詳細までは不明だが、ひょっとしたら神持ちかもしれないとも思っているのだ。
とはいえ、噂によると老齢らしいので、仲間に勧誘することは難しいだろう。
しかし〔神の投擲〕とも呼ばれる投擲技術の一端を僕らにも教えてもらえれば、僕やルピィさんの投擲術に更なる飛躍が期待出来るのだ。
「うんっ。山奥に住んでるらしいし、ハイキングがてら行ってみるのも面白そうだね!」
ルピィさんの行動理念は〔面白い〕か〔面白くない〕か、が基本となっているが、どうやら老盗賊への訪問は前者に判断されたようだ。
……まさか引退した大盗賊も〔ハイキング〕のついでに訪問されるとは想像もしていないことだろう。
「それよりアイス、まずは空神に会うんだろ? どうする気だ、直接家でも訪ねるのか?」
「さすがはレット! 友達がたくさんいる社交性抜群の男だけあって、考えが冴えてるね!」
さっき友達を奪われた恨みから、つい皮肉で対応してしまう僕。
僕だって友達がほしいのに、この男ときたら……シレっとした顔をしてとんでもない〔友達泥棒〕だ……!
「そうそう、一度眼が合えばどんな女の子もレット君の虜! こりゃ、大した女ったらしだ――聖女ちゃんに報告しなくっちゃ!」
もちろん僕に乗っかるルピィさん。
攻められている人間には追撃を欠かさない人なのだ。
「俺は冴えたことなんか言ってねぇだろ……それに、ルピィさん。ケアリィさんに妙な事を吹き込もうとしないで下さい」
頭痛持ちのように眉間を押さえて反論するレットだったが、ルピィさんに釘を差すのは忘れなかった。
そう、ルピィさんはやると言ったらやる人なのだ……!
明日も夜に投稿予定。
次回、二二話〔アプローチ〕




