十九話 再会への別れ
三日後――ようやく起き上がれるくらいに快復した三人と一緒に、僕は朝食のテーブルを囲んでいた。
「やぁ皆、すっかり痩せちゃったね。まだ病み上がりで食も細いだろうから、今朝は〔雑炊〕にしてみたんだ。慌てないでゆっくり食べるんだよ」
「貴様っ、何を他人事のように言っている! 全て貴様のせいではないかっ!! ……それにこの雑炊、また妙なモノを混入させているのではないのか……?」
爽やかな挨拶に返ってきたのは罵倒だった。
それに純朴だったアイファがすっかり人間不信になっているではないか……人は世間に揉まれて純粋さを失っていくと聞くが、それはこの事だろう。
なにしろ僕は部屋へのお見舞いすらも拒絶されていたのだ。
実に三日ぶりの再会になるのに……悲しいことである。
「だいたいアイス、貴様はもっと聖女様に感謝をせねばならん。聖女様がアイスに毒を盛られた事を周囲に伏せておいたからこそ、貴様が今も大手を振って生きていられるのだぞ?」
「はん! アイス君をどうこう出来るような人間がこの国にいるわけないでしょ。捕まえようとしたところで全員返り討ちに遭うだけだよ!」
アイファの発言に対して、間髪入れずにルピィさんが言い返した。
そう――ケアリィは、僕の料理で体調を崩したことを周囲に漏らしていない。
別に僕は疚しいことなどしていないので、正直に告げてもらっても構わなかったのだが、聖女は〔原因不明の病気〕で床に伏せっているという事になっていたのだ。
「おのれっ……なんて始末に負えない男だ!」
アイファはルピィさんの言を認めるように悔しそうな声を上げている。
――いやいや、教国には〔神持ち〕が大勢いるのだ。
大聖堂に仕えているのがアイファだけだとしても、その気になれば僕一人を捕まえる事など造作も無いであろう。
そもそも僕は捕まえられるような悪い事をしていない。
医者が患者の体にメスを入れて罰せられるだろうか?
いいや、そんな事は無いのだ。
言うなれば、僕が行ったのは医療行為である。
まさに――〔ワクチン接種〕に他ならない……!
「……とにかくアイス。事前説明も無く料理に毒を盛るような真似はやめろ。今まで生きてきた中で、あれほど死を覚悟した事は無かったぞ……」
そう言いながらも、レットは寝込む前より元気になったように見受けられる。
やはり強引にでも休ませたのは正解だったようだ。
元々体調が悪そうなところに〔毒料理〕だったので、そのままポックリ逝ってしまう危険性もあったが……さすがにレットは逞しい!
「ごめんごめん。皆の驚く顔が見たくて、つい」
それだけでは無い。
適度なサプライズは慢性化した生活の刺激にもなるのだ。
結果的には、レットも元気になって三人には〔毒耐性〕が身につき――さらにちょっとした刺激的な体験も出来たわけだ。
正直に言えば、今朝の朝食の席では〔万雷の拍手〕で迎えられる事も覚悟していたのに……この塩対応である。
見返りを求めていたわけでは無いといえ、少し残念な気持ちは隠せない。
「なにが『つい』だよ……。驚く顔どころか〔死に顔〕見せるとこだったじゃねぇか」
「この男は……何故あれほどの所業を断行しておきながら、悪びれもしない笑顔なのだ……」
レットとアイファが口々に文句を言い立てるが、ひょっとしたら彼らも照れて素直にお礼が言えないだけなのかもしれない。
そう思えば多少の非難も可愛いものではないか。
「……レット様。この男、ここで処断しておいた方が万人の為ではありませんか?」
おっと、ケアリィは冗談がキツいなぁ……。
まるで本気で言っているみたいじゃないか……!
「……いや、アイスは悪いやつじゃないんだ……」
困った顔で否定の言葉を出すレット。
当然だ。まったくケアリィめ、僕とレットの友情を引き裂こうとするとは。
よし、ここは僕も意趣返しといこう。
「ふふ、僕とレットを引き離そうなんて甘いよケアリィ。そんな事言うならこっちも遠慮はいらないね――アイファ、僕と一緒に旅に行かないかな?」
ぶっ、と吹き出したのはルピィさんだった。
……何を驚いているんだろう?
なにしろ僕は仲間を探す為に旅をしているのだ。
まだまだ青いとはいえ〔戦闘系の神持ち〕であるアイファを誘うのは、ごく自然な事ではないか。
さすがに聖女の護衛という事で遠慮はしていたが、そっちがその気ならこっちも遠慮はいるまいて……!
「わ、わ、私が……ア、アイスと二人で旅……?」
雑炊の三杯目に手をつけていたアイファは見るからに狼狽していた。
二人ではなくルピィさんも一緒なのだが、忘れているのだろうか?
ルピィさんとは色々あったので、忘れたい気持ちは理解出来ないでもないが……。
――しかし、思ったよりアイファは嫌そうではないな。
どちらかと言えば、友情より敵意の方が強そうな友人関係だと思っていたのに。
まだ雑炊を食べるスプーンを手に持ったままであるし、これは胃袋をガッチリ掴んだのだろうか……?
ならばここは――勢いで押せ押せだ!
僕は席を立ち、アイファの元へと歩み寄る。
そしてアイファの肩に手を置いてこちらを向かせ――両肩をがっしり掴んで、両眼をしっかりと合わせて語りかける。
「アイファ――僕は君が欲しい」
「なぁっ……っ!?」
アイファの顔色は生来から〔夕焼けのような赤色〕だったのではないか、と思わせるぐらいに赤く染まっていた。
想定外の事を突然言われたことで、頭に血が上っているのだろう。
アイファが正常な判断力を失っているのは明らかだ。
――ならばチャンスだ!
ここはもうアイファが混乱している内に、『気が付けば絵画買ってました!』ぐらいの勢いで了承の返事をもらうのだ……!
やり方は真っ当では無いが……なぁに、後から後悔させなければいいだけだ。
返品なんかさせないぞ……!
「――アイス君? いけないなぁ……食事中に騒いだらダメでしょ?」
ルピィさんはまるで犯罪者を捕まえるかのように、僕の腕を掴んで捻り上げ――流れるように僕を地面へと押し付けた!
「うぐっ……!」
あまりに自然な動作だったので、抵抗出来ないままにやられてしまった。
……なんという手際の良さだ。
『朝食時、被疑者確保!』とか言い出しそうなくらいの熟練ぶりである。
しかし、これは僕も悪いと言える。
ついつい穏やかな朝食中に熱くなってしまった。
僕の〔スカウト魂〕に火がついてしまったとはいえ、これでは空気が読めないと見下されても仕方が無い……そう、文字通り見下されてしまうのも当然だ!
「随分熱心に勧誘してたね〜、アイス君。……ボクなんかは、誘われるどころか追い出されそうなのにね〜」
ううっ……床に抑えつけられてるせいでルピィさんの表情は見えないが、とてもお怒りな気がする。
ことあるごとに、ルピィさんに別れを促している事実が気に入らないようだ。
ルピィさんは辛い経験をした人なのだから、幸せになってほしいだけなのに。
もういい加減覚悟を決めるしかないのか……僕の本意では無いが、心のどこかで望んでいるのも事実なのだ。
「…………僕は、ルピィさんと、旅がしたいです」
「ん〜っ? 声が小さくて聞こえないな〜?」
「ルピィさんと旅がしたいです!」
「気持ちが込もってないなぁ〜、やり直し!」
くそぉ……完全に調子に乗っている……!
顔が見えなくても分かる、きっと今のルピィさんは満面の笑みを浮かべているはずだ。
僕が本意を押し殺して、恥ずかしい気持ちを我慢して、赤裸々な告白をしているというのに……この仕打ち!
おのれ……この恨み、晴らさでおくべきか!
――――。
「――本当に行ってしまわれるのですね、レット様……」
「ア、アイス……」
今日は数日間お世話になっていた大聖堂を旅立つ日だ。
僕の自惚れでなければ、アイファは僕との別れを惜しんでくれているように見える。
結局アイファはケアリィの護衛を続ける事になったのだ。
……しかしそれも仕方が無いことだ。
なにしろ聖女周辺で唯一の〔神持ち〕の護衛である。
あれから今日まで暗殺者の襲撃は無かったが、今後のことは分からない。
せめて他に〔神持ち〕の護衛が増えでもしない限りは、僕が気軽に引き抜く訳にはいかないのだ。
アイファが健康を取り戻してからの数日間。
短期間ながらもアイファに稽古をつけてあげたので、戦闘の初心者そのものだったアイファも少しはマシになっている。
この経験は本人の成長であると共に、後進の育成にも役立ててくれるであろう。
……そうなってこそ、僕が訓練中に散々罵倒された甲斐もあるというものだ。
『異常者めっ!』『人でなしめっ!』などなど、ひどい痛罵の数々だったのだ……。
ちなみにケアリィの方は、僕の存在を認識しているかすら怪しい。
ケアリィはすっかりレットに首ったけ、というのもあるので、レット以外の人間が視界に入っていないのもある。
だがそれ以上に、ケアリィと僕の関係は〔友情よりも殺意の方が強い〕という友人関係なので、今も罵倒されてないだけ良い方なのだろう。
……これを友人と呼んでいいのかは意見が別れるところではあるが、僕が友達と思えば友達なのだ。
「それじゃあアイファ、健康には気を付けてね」
「ふ、ふん、貴様がいなくなれば、むしろ体調が良くなるというものだ!」
まだ毒を仕込んだ事を恨んでいるのだろうか……?
だが憎まれ口を叩きながらもアイファは少し寂しそうに見える。
「僕らはこれから西の〔民国〕に行って、それから南に抜けて〔帝国〕に入るつもりなんだ。帝国で仲間集めをしたら、またこの国を経由して帰るつもりだからさ――その時にまた、アイファのこと誘ってもいいかな?」
「か、か、考えておいてやろう」
もはやお馴染みのように顔を赤くして返答するアイファ。
うむ、帝国で仲間を集めすぎて〔百人体制〕で戻ってくるかもしれないが、そんな事は気にせず誘いをかけるとしよう。
僕の度量は大きいのだ……百人乗っても大丈夫だ!
「――ほらほら、アイス君行くよ! 教国の西側は情勢不安定だから一気に駆け抜けるんでしょ?」
「…………ぁ」
まだまだ話したい事はあったが、ルピィさんに腕を引かれて連れ去られた。
最後に、アイファの小さな声が聞こえた気がしたが、言葉として聞こえる事はなかった。
教国編終了です。
明日も夜に投稿予定。
次回、二十話〔温かな民国〕




