十八話 狂乱の晩餐会
「これは……コンソメスープか? メイン料理と言うわりにはささやかな物だな」
大聖堂に勤めているわりには舌が肥えていて清貧さが欠片も無いアイファが、拍子抜けしたような感想を漏らした。
「ふふ……まぁ食べてみてよ。改良に改良を重ねた自信作なんだ」
僕に促されるままにスープに口をつける一同。
「――む、この肉団子、美味いな……。これは何の肉を使っているのだ?」
「色んな肉を混ぜ込んだ合い挽き肉だね。割合としては、豚肉が一番多いかな」
「うむ、これは良く出来ている。……しかし、卑しいことを言うつもりはないが、何故私の皿には肉団子が一個しか入ってないのだ? アイスの皿には十個以上入っているではないか」
卑しいことを言うつもりはない、と言いつつ〔いやしんぼ〕な事を言い出すアイファ。
それだけ僕の料理を気に入ってくれているという事なのだろう。
「アイファは護衛だから、それぐらいでちょうど良いかなと思ってね」
「――お待ちなさい貴方! 私の護衛であるアイファを愚弄するつもりですか! 護衛だからと言って差別するような真似は許しませんよ!!」
ケアリィが席を立ち、声を荒げて僕を糾弾した。
しかしよりにもよって、この子が差別行為を非難するのか……すごいなぁ。
「いやいや、そんなんじゃないよ。んん…………じゃあ、アイファもケアリィたちと同じ〔三個〕にしよう」
メイン料理に移ってから笑顔が絶えないルピィさんも、笑みを深めながら「うんうん」と頷いているのだ。
ルピィさんも僕の判断を支持するという事だろう。
まだ少し不満そうにしながらも、追加された肉団子を美味しそうに頬張るアイファ。……この子は実に感情豊かに食事をする。
料理人としては作り甲斐があって大変喜ばしい。
名残り惜しそうに、肉団子の無くなったスープをちびちび飲んでいるアイファを見かねたのか、同情したようなレットが僕に嫌味を言ってくる。
「いくらなんでも肉を独占し過ぎじゃねぇか? アイスとルピィさんだけで何十個も確保してるんだから、俺たちにも少し回せよ」
犯罪グループが仲間内で分け前を要求するかのように、レットが要求してきた。
だが、レットは勘違いをしている。
なにも私利私欲でこのような配分にしているわけでは無いのだ。
ここはハッキリ言ってあげなくてはいけない……!
「それは出来ない――これ以上は、命に関わるからね!」
ぴく、と動きを止めるレット。
そして、〔聞きたくないが聞かなくては〕という使命感に燃えた顔で、僕を問いただす。
「…………どういう事だ、アイス……?」
その質問を待っていた。
思わず『よくぞ聞いてくれました!』と、自分の仕事を誇示して叫んでしまうところだった。……こういうのは、さりげなさが大事なのだ。
がっつくような振る舞いはみっともない。
『ああ、あの仕事? やっておいたよ』ぐらいの自然体であるべきだ。
「それは言葉の通りだよレット。レットたちが食べた肉団子には、〔毒の加護持ち〕や〔呪の加護持ち〕の魔獣の肉をふんだんに使用しているからね。毒耐性が無いレットたちがそれ以上食べたら〔致死量〕になっちゃうよ!」
――驚愕のあまり、言葉どころか呼吸を止めたように動かなくなるレットたち。
――――彼らの想像している事はよく分かる。
「ふふ、毒持ちの肉にしては美味し過ぎるって言いたいんだろ? 僕は研究に研究を重ねて、調理方法を極めたからね。特製のタレに肉を漬け込んで、タケノコのみじん切りで食感を――」
「――そんな事はどうでもいい!! き、貴様、聖女様に毒を盛ったのか……!」
調子に乗って〔開発秘話〕を語り出した僕だったが、アイファの怒鳴り声に遮られてしまった。
ふむ、たしかに料理をしない人間にとっては興味が湧かない話だったかもしれない。……これは反省すべきだろう。
そして、なにかとんでもない誤解をしているようなので、きちんと教えてあげるとしよう。
「安心してよアイファ。毒と言っても、死なないギリギリのところで留まるはずだよ。三日三晩は寝込む事になると思うけど、それを乗り越えればアラ不思議――〔毒耐性〕を身につけているという寸法さ!」
以前、僕とルピィさんが身体を張って試してみた時は悲惨だった。
なにしろ、魔獣が跋扈する屋外で三日間〔野ざらし〕になっていたのだ……!
――ちなみに肉団子を頻繁に試作していた頃、不本意ながら人体実験もしてしまっている。
僕が盗賊を捕らえ、両腕を切り落として街に移送していた時のことだ。
その移送中、ルピィさんが盗賊に肉団子を食べさせてしまった結果、盗賊が泡を吹いて亡くなってしまうという痛ましい事件が起きたのだ。
さしもの僕も自分の料理が殺人に利用された訳なので、当然ルピィさんを非難した――「非人道的ですよ!」と。
なぜかルピィさんはツボに入ったらしく爆笑していた……ルピィさんに反省心が無いのは残念であったが、尊い犠牲により得られた物もあったのだ。
あの時盗賊が死んでしまったのは、盗賊が〔加護無し〕の人間だったからだ。
適応力が高い〔神持ち〕揃いのこのメンバーなら大事はあるまい……!
「な、な、な……」
まだ毒の影響が出ている訳でも無さそうなのに、舌を縺れさせて言葉に不自由しているアイファ。
うむ、一応弁明もしておくとしよう。
「いやぁ、アイファは護衛の仕事があるから、影響の少なさそうな〔一個〕にしておいたんだけどね。僕の料理をこんなに気に入ってくれたんだ、出し惜しみする事なんて出来ないよ!」
「…………アイス、お前という奴は……」
レットが溜息のような言葉を出す。
アイファとは別の意味で言葉にならないようだ。
僕の見立てでは、何を言ったら良いのか分からない、といったところだろう。
きっと親友である僕の心遣いに感動しているに違いない。
――レットには休息が必要だったのだ。
口で言って聞く男ではないので、多少強引な手段もやむかたなしであろう。
しかも僕は〔強制休養〕の機会を与えたばかりか、〔毒耐性〕まで得られる素敵なプランを提供してしまったのだ。
レットが感激で言葉を無くすのも無理はない……!
「あ――そうだ。裁定神の予知でいくと、近日中に暗殺者の襲撃があるかもしれないけど、心配はいらないからね。僕とルピィさんがしっかり守るから!」
そう――元々の予知では、暗殺者にケアリィたちは殺されることになっていた。
既にキセロさんが亡くなっているので未来は変化しているだろうが、油断は出来ないだろう。
「暗殺者なら……今、わたくしの目の前にいますわ……」
ケアリィが呻くような声で指摘する――うむ、ルピィさんの事だろう。
たしかに初対面ではちょっとしたトラブルもあったが、もう水に流してあげてほしいものである。
そのルピィさんはと言えば、ワクワク期待しているような顔をしながら、ケアリィたちの体調変化を観察している……これでは、悪意のある暗殺者と言われても反論出来ないではないか。
「貴様というやつは……っ、ぅぐ!?」
言葉の途中でアイファがテーブルに崩れ落ちた。
……毒が身体に回ったに違いない。
予想より毒の影響が出るのが早いが、アイファはスープを何度もおかわりしていたからだろう。
しかしアイファは何を言いかけたのか……?
話の流れからすると、『貴様というやつは、私たちの為に手間暇惜しまずにこんな事をしてくれたのか……アイファ、大感激!!』といったところか。
ふふ、友達の思考はお見通しだ!
「お礼なんて良いんだよアイファ。僕らは友達じゃないか!」
ふむ、言葉を出せないアイファが睨みつけているようにも見えるが、毒の影響で表情が歪んでしまっているだけだろう。
大丈夫、僕は誤解などしない……!
――それにしてもルピィさんだ。
アイファが倒れたのを契機に、我慢し続けていたのを耐えきれなくなったかのように大笑いをしているのだ。
アイファは毒耐性を得る為に頑張っているのだから、指を指して笑うなんて失礼ではないか。
まったく、ルピィさんは人の気持ちが分からないところがあるな!
「ア、アイファ……」
おっと、ケアリィが怯えたような声を出している。
崩れ落ちたアイファを見るレットも、心なしか顔色が悪くなっているようだ。
はは〜ん……分かる、分かるぞ。
僕にはレットたちの心配事が手に取るように分かるぞ!
よし、今の僕は医者のようなものなのだ。
患者である三人を悩みから解放してあげようではないか……!
「ふふ、レットたちの心配はごもっとも。考えている事はよく分かるよ、当時は僕とルピィさんも難儀したものだからね。……ふふふ、僕に抜かりはない――ジャジャジャーン!」
自声効果音とともにバッグから取り出したるは――そう、〔尿瓶〕だ!
なにしろ高熱やら身体の激痛やらで、用を足すのも一苦労なのだ。
そんな僕の経験則をしっかり学習した結果である。
親友が困っているのだ。〔下の世話〕くらい喜んでやってやろうではないか……!
――その親友レットは、空いた口が塞がらないように呆然としながら〔尿瓶〕を凝視している。
ふむ、僕の行き届いた心遣いに呆然としているのだろう。
おや、ケアリィとアイファが真っ青な顔色で〔尿瓶〕を見ているではないか。
……これは失礼な誤解をしているようだぞ。
僕は笑顔で二人の誤解を解きにかかる。
「ケアリィもアイファも何を心配しているんだい? 女の子の〔下の世話〕まで僕がやるわけないじゃないか――僕はそんな非常識じゃないよ!」
非常識な人間だと誤解されていた事がショックだったので、つい強い口調で主張してしまう。
「……本当にすまない、ケアリィさん、アイファさん。……アイスには、悪気はないんだ」
「いいえ、レット様が謝罪なさる必要はありません。わたくしの方こそ、聖女を名乗りながら〔解毒術〕も使えず、まことに申し訳ございません……」
二人にも毒の影響が現れてきたのだろう、喋るのも億劫そうだ。
息も絶え絶えの状態で謝罪を交わしあうレットたちを見ていると、目頭が熱くなるのを止められない。
なんて感動的な光景なんだろう……!
…………笑い過ぎて呼吸困難になっている人は視界に入れないようにしよう。
そしてケアリィが言及している〔解毒術〕だが、僕には行使可能である。
過去の失敗で命を失いかけたので、解毒術を練習したのだ。
魔力抵抗が強い〔神持ち〕には普通の術者の解毒術は効かないが、僕の魔力量なら三人を快癒させる事も問題無いだろう。
だが、もちろん僕には解毒術を使うつもりはない。
自力で立ち直らないと〔毒耐性〕が得られないのだ。
この一件だけで完全な毒耐性が得られる訳ではないが、ここを乗り越えさえすれば、並大抵の毒は効かないようになることだろう。
友達の苦しむ姿を見るのは心苦しいが、将来毒殺されるリスクを回避出来るならば、レットたちにとっても安い買い物のはずだ。
そう、これも友達を想うが故の行動なのだ……!
明日の夜の投稿分で教国編は終了となります。
次回、十九話〔再会への別れ〕