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十七話 閃いてしまう天啓

 一夜空けて朝食の場で顔を会わせた聖女たちは、僕に向ける敵意を少しだけ和らげてくれていた。

 昨晩、レットがお節介を焼いて僕の言動の真意を説明してくれたらしいので、そのお蔭だろう。


 もっとも敵意が和らいだと言っても、『死ね!』が『死ね』に変わった程度なのだが…………おや? 殺意が増している気がしないでもないな。

 その聖女は目元を赤く腫らして、僕の方をキッと睨みつけている。

 昨日は僕らに泣き顔を見せるような事は無かったが、部屋に戻ってから一人泣いたのだろう。


 もしかしたらレットの前では涙を見せたかもしれないが、わざわざ尋ねるような野暮な真似はしない。

 泣いた痕跡についても気付かないフリをしておこう。

 僕が恨まれているのは悲しいが、聖女に怒る気力があるのはいい事なのだ。


 アイファも昨日は激しく怒っていたが――今日はバツが悪そうな複雑そうな顔をしている。

 食卓に落ち着いて座っているようでいて、視線がキョロキョロと落ち着かない。

 昨日の別れ際には僕を突き殺さんばかりに怒りを向けていたので、レットからのフォローで頭が冷えて、申し訳ない気持ちになっているのだろうか……?


 僕には恨まれるだけの事をした自覚はあるので、アイファにそんな気持ちを抱かせてしまうのは心苦しい。

 そこで僕はアイファに「ごめんね」と謝罪の気持ちを込めて優しく見詰めてみるが、アイファは顔をあっという間に赤らめて、僕から顔を逸してしまう……また怒らせてしまったようだ。

 ――食事を始めてすぐにレットが口を開く。


「明日、ここを発とうと思います」

「そんなっ!? レット様、ずっとここに居てくださる訳にはいきませんか?」


 おや、レットへの呼称が『レット様』に変わっているではないか!

 それに、レットに滞在を縋るような提案もそうだ。

 これは昨日の一件でレット株が〔爆上げ〕しているのだろう……僕なんか〔ストップ安〕なのに。


 しかし聖女の意思はともかく、その意見には僕も賛成だ。

 これからずっと教国に――とまではいかないまでも、レットには休息が必要なのは明らかだ。

 今にも倒れそうな顔色をしているくせに、休む間もなく次の〔予知夢〕を探しに行くつもりなのだろうが……聖女も切望していることだ、少なくとも二、三日は滞在させてもらうべきだ。


 だが、レットは意思が強い……悪く言えば頑固者だ。

 自分の発言を早々容易く翻すとは思えない。

 何か上手い手は無いものか――


 ――――天啓。

 僕の脳裏に閃きが輝く。これだ……これ以上の良策は無い! 

 レットをこの地に留めておけるばかりか、副次効果もある。

 これこそまさに一石二鳥の名案ではないか……!

 

「まぁまぁレット、明日になれば気も変わってるかもしれないよ? 特に今夜の晩御飯を食べたら、きっとね。……ふふ、僕が腕を奮うから楽しみにしててよ!」

「……何を企んでいる、アイス」

「おいおい、僕がレットの不利益になるような事をする訳が無いだろ? ……あ、ルピィさん、今日は食材の調達に付き合ってもらえますか?」


 レットは僕を疑うように観察していたが――首を捻りながらも、僕の発言に虚偽が無いことを納得したようである。

 そしてルピィさんはと言うと――


「――あぁ〜、そういうコトね! いいね、すごくいいよアイス君! ナイスアイディアだね!」


 察しの良いルピィさんは僕のやらんとしている事を明瞭に悟ったのだろう。

 喜色を浮かべながら大賛成してくれた。


「僕も自分でそう思いますよ! ――そうだ。ケアリィとアイファも一緒にどうかな? いい経験になること間違い無しだよ」


 僕は自画自賛しつつ、調子に乗って聖女――ケアリィたちも晩餐会に招待してしまう。


「き、貴様っ!? 軽々しく聖女様の御名を口にするんじゃない!」

「いやいや、アイファ。僕らは同い年なんだから、神経を使い過ぎるのも却って良くないよ。ケアリィだって、僕やレットに名前で呼ばれた方が嬉しいはずだよ」


 そう、いつまでも『聖女ちゃん』と呼び続けるのは、まるで本人の人格を否定しているようではないか――という事で改めることにしたのだ。

 ケアリィも「レット様に名前で……」などと小声で呟いていて、明らかに好感触だ。


「貴様、勝手な事を――」

「――構いませんアイファ。慮外者もたまには気の利いた事を言うではありませんか、褒めて遣わしましょう」


 ……この子はきっと、これで褒めているつもりなのだろう。

 しかし、偉そうな発言を嫌うルピィさんが大人しくしているのは何故だろう?

 ルピィさんが「せいぜい今の内に減らず口を叩いてなよ」みたいな、不敵な顔をしているのが引っ掛かる……。


 ――――。


「――美味い! ただの不埒者かと思っていたが、やるではないか!」

「ありがとうアイファ。気に入ってもらえて嬉しいよ」


 僕に敵愾心(てきがいしん)を持っていながらも、素直に僕の料理を絶賛するアイファ。

 ……きっと根が素直な子なのだろう。


 ささやかな晩餐会を開いているのは大聖堂の一室だ。

 僕の作った料理の数々がテーブルいっぱいに並べられている。


「なるほど……レット様ほどのお方が、何故このような無礼な慮外者を従者としているのか疑問でしたが――誰しも取り柄の一つくらいはあるものですね」


 ……この子は褒めているつもりなのだ。

 ちなみに僕とレットが〔雇用主と従者〕の関係では無いという事は、既に聖女たちには説明している。

 だが教国出身の彼女たちにとって、〔神持ち〕と〔一般人〕が友人関係というのは理解の範疇外にあるらしく、今でも分かってもらえている感じはしない。


 しかしこれは憂慮すべき事態だ。

 ケアリィの中で僕の呼称は〔慮外者〕という単語に落ち着きつつある。

 慮外者とは〔モラルに欠けている人間〕を意味するはずだ。


 これほど僕に相応しくない呼称があるだろうか? ――いや、ない。

 ただちにケアリィの〔慮外者〕呼ばわりを止めさせなくてはならない。

 ……この場面での最善の一手はハッキリしている。


「レット! ケアリィが僕を〔慮外者〕なんてヒドい呼び方をするんだ。レットから何か言ってやってよ!」


 ――そう、()()()だ!

 敵の弱点を突くのは兵法の基本。

 ケアリィがレットを敬愛の対象にしている事は明白だ。

 レットからの忠言なら、気位の高い聖女とて無碍にはできまい!


 そしてレットは公平さを重んじる男なのだ。

 友人が差別的扱いを受けているのを見過ごせる訳が無い……!


「……ケアリィさん。確かにアイスは慮外者だけど、こんな奴でも俺の友達なんだ。本当の事でも言わないでやってほしい」

「も、申し訳ありません、レット様……」


 ケアリィはぐぎぎと悔しそうな顔で僕を睨みつけている。

 ……ますます嫌われてしまった気もする。


 しかしそれどころでは無い。

 ケアリィ以上に――僕の方がショックを受けていたのだ。

 嘘を吐かないレットが、僕の事を〔慮外者〕だと認めている……!

〔ミスターモラリスト〕であるこの僕を……なんたる事だ! 


 この男は僕のような良識人を誤解している。

 単純な付き合いの長さでは、僕の人生でトップに位置するにも関わらずだ。

 ……しかし僕は反論の言葉をぐっと呑み込む。口で言うのは簡単だ。

 

 だが、こういった事は行動で示さなくてはならない。

 見ているがいいレットよ……この晩餐会が終わる頃には「お前はベストモラリストだ!」と言わせてやる……!


 彩色も鮮やかで味も優れている料理の多種多様さに、すっかり意識を奪われていた皆だったが――不意に、アイファが何かに気付いたように居住まいを正した。


「そ、そのだな……昨日は、貴様の事を誤解していたようだ……す、すまなかった」


 えっ!? あのプライドの高そうなアイファが僕に謝っている?

 何か変なモノでも食べたのだろうか?

 僕の料理におかしなモノは入っていないのだが……。


 アイファらしくもなく殊勝な態度だ。……昨日の別れ際、僕に罵詈雑言を浴びせかけた事を気にしているのだろうか? 

 たしかにちょっと傷付いたが、僕の自業自得なのだ。

 アイファに謝られるような事は何もない。


 我を忘れるほどに食事に夢中になっていて、晩餐会も中盤に差し掛かったこのタイミングで持ち出してくるのは、この子らしいと言えばこの子らしいが……。


「僕が悪いんだから謝らないでよ。……それより、もう僕らは友達なんだから『貴様』じゃなくて『アイス』と、気軽に呼んでほしいな」


 途端に顔がボッと真っ赤に染まるアイファ。

 今まで気さくに接することができる同世代の友人がいなかったのか、照れているのだろう。


「あ、あ、あい、あいっ…………」

「……あいしてる?」

「ち、ちがうっ!!」 


 ガンッ! と拳をテーブルに叩きつけて怒るアイファ。

 ……いけないいけない。ついつい、からかってしまった。

 顔を真っ赤にして一世一代の告白でもするかのようだったので、思わず悪戯心を抑えきれなかった。……うむ、反省しよう。

 アイファは耳から蒸気でも噴き出しそうなくらいに怒っているではないか。


 しかし……それはそれとして気になる事がある。

 アイファはともかくとして、不穏過ぎるほどに静かなルピィさんだ。

 僕が新しい友達を作ろうとすると積極的に邪魔をしてくる傾向があるのだが、今日ばかりは大人しいのだ。


 いや、それ自体は良い事なのだが……なんだろう、悪巧みをしている時のように薄っすらと微笑んでいる。

 和やかな晩餐会をぶち壊すことを企んでいなければ良いのだが……。


「しかし……神官長の部下たちも、よくあんな説明で納得したものだな」


 アイファが不思議そうにしているのは、神官長の〔殉死〕についてだろう。

 ――そんなアイファの疑問に答えたのはルピィさんだ。


「そりゃ、アイツらだって裁定神――〔神持ち〕を敵に回したくないからでしょ。どうすればいいか混乱していたところに、アイス君が〔分かりやすい逃げ道〕を用意してくれんたんだから、連中からすれば乗らない手は無いね」


 さすがにルピィさんはよく分かっている。

 あの場において僕は、部下の誰かが〔レットを処罰すること〕を言い出し始めるのを危惧していたのである。

 一人でもそんな事を口にしてしまえば、正当性は彼らにある以上、集団心理で止まらなくなる可能性があったのだ。


 神官長は既に亡くなっていた。

 ……ならば双方にとって最も穏便な解決策を模索せねばならない。

〔神持ち〕を相手に責任追及なんてリスクの高い行為は、向こうからしても願い下げというわけだ。


 ましてやレットは他国の人間である。

 責任を取らせることに躍起になるよりは、有耶無耶の内に出国してもらえばいいのだ。

 …………あの様子を見る限りでは、本心から僕の言葉に共鳴していた可能性も捨てきれないのだが。


「もっとも、そんな単純な事に気付かないようなのもいるけどね~」


 解説するところまでは良いが、何故ルピィさんはわざわざ挑発するような事を言ってしまうのか……!

 感情が顔に出やすいアイファが、分かりやすくムカっとした顔をしているではないか。……これはいけない。

 団欒とした晩餐会の空気が悪化しつつある。


「そ、そろそろ今晩のメイン料理にしようか。これを食べてもらう事が目的だったと言っても良いぐらいなんだ」


 すかさず僕は話を変えた。

 慌てて言ってしまったようだが、僕の口上に嘘はない。

 これをレットに食べてもらうことが僕の本懐なのだ。


「ほう、それは楽しみだな。ア、アイスの料理はどれも質が高いからな」


 単純……いや、純粋なところがあるアイファはすぐに気を逸らしてくれた。

 まだ僕の名前を呼ぶのにぎこちなさがあるが、すっかり打ち解けてくれたようで嬉しい。

 見ればルピィさんもニンマリと楽しみそうな顔をしている。

 うん、やっぱり美味しい料理は人々を幸福にするのだ。


あと二話で教国編は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、十八話〔狂乱の晩餐会〕

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