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十六話 後始末

「――――レットさん、レットさん!」


 翌日の早朝、僕らはドアを狂ったように叩く音に起こされた。

 焦ったような声の主は――――聖女だ。

 眠りの中にいた僕らはすぐに飛び起きる。この様子はただ事ではない。


 常日頃から悠然とした態度を維持している聖女が取り乱しているのだ。

 ……悪い予感しかしない。

 取るものも取り敢えず部屋の扉を開けるが、やはりと言うべきか〔付き人さん〕がいない……聖女とアイファだけだ。


「レットさん! キセロが……キセロがいないんです!!」


 予想に違わない言葉に僕の胃は重くなる。

 何故だ……? まだ予知夢の生起日まで二日の猶予があるはずだ。

 慎重なレットが読み違えるはずも無い。


「キセロさんの部屋には?」

「いないんです! それに、部屋には荒らされた痕跡もあったんです!」


 レットの質問に、聖女は呼吸する間も惜しいかのように即答する。

 しかし、荒らされた痕跡? 大聖堂に賊が侵入した……? 


 ――あり得ない。

 僕らは外部からの侵入者には就寝中とて警戒していたのだ。

 人命が懸かっているこの時に、ただただ安寧を貪っていたわけではない。

 ルピィさんをチラリと見るが――僕の考えを肯定するようにルピィさんは頷く。

 僕の思考はあちこちに彷徨っていたが、僕らが探していた答えは向こうの方からやって来た。


「――聖女様、お目覚めでしたか。探しましたぞ」


 神官長だ。

 今朝は部下だけではなく、物々しいなりをした衛兵も大勢引き連れている。


「神官長、これは何事ですか!? ……いえ、それは後です、貴方はキセロの所在を知っていますか?」


 答えを求める聖女に返ってきたのは――考えうる限り最悪の答えだった。

 神官長は「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに、得意げに語り出す。


「ご安心下さい聖女様。キセロならば昨夜の内に()()しておきましたぞ。ここ数日聖女様たちのご様子がおかしいので、キセロの部屋を探らせてみれば――なんと、〔遺書〕が出てくるではありませんか! 遺書には〔裁定神の予知〕の事もしっかり書かれておりましたぞ。きっとお優しい聖女様につけ込んで、キセロは一人で死ぬ事を拒絶したのでしょう? そこで――この私めが、聖女様の憂いを取り除いておいたのです!」


 まるで仕事の成果を誇るかのように、神官長は一気呵成にまくし立てた。

 だが僕には、この男が何を言っているのか分からなかった――いや、理解したくなかった。

 二人を助ける目処は立っていた。……キセロさんが死ぬ必要など無かったのだ。


 この男は聖女を救ったつもりでいるが、そうではない。

 この男がやったのは――ただの〔殺人〕だ。


 キセロさんは聖女と心中をする決意を固めていたのだろう。

 だから自分の死後を見越して〔遺書〕を残していたのだ。

 ……これは、聖女たちの信頼を勝ち取れなかった僕の失敗だ。

 こんな形で思惑が台無しにされる事も、僕は想定しておくべきだった。


 ――レットの顔を見るのが辛い。

 今にも崩れそうな聖女より、憤りを隠していないアイファより、顔から血の気が引いているレットが――誰よりも深い絶望を抱えているように見えた。

 神官長が口にした〔キセロさんを処刑した〕という言葉に嘘がない事を、誰よりも悟ってしまっているのもレットだ。

 血相を変えている僕らに気付いていないのか、神官長は狡猾そうにいやらしく笑いながら言葉を続ける。


「いやはや、()()()()()()()()()助かりました。これで聖女様がお亡くなりになるような事は無いはずですから。〔聖女様〕か〔付き人〕かなら、どちらの命を選ぶかなんて考えるまでもないですからね」


 ――ボゴッ!!

 レットの拳が神官長の顔にめり込んだ。


「テメェが勝手に人の命をはかってんじゃねぇ!」


 レットが激高して吠えた。

 ……長い付き合いだが、レットが激怒するところを初めて見た。

 冗談で怒るような事はあっても、そんなものとは比較にならないほどの迫力だ。


 よりにもよって、()()()()()()()で付き人さんを殺したなどと放言したのだ。

 普段は温厚なレットであっても、さすがに我慢出来なかったのだろう。


 神官長の身体はレットの一撃で大きく吹き飛ばされている……顔が〔拳の形〕に大きく陥没しているので、間違いなく即死のはずだ。

 ――あの男はレットに殺されるだけの事をした。それはいい。


 問題は、一国の要職に就いている男を、衆目の中で感情のままに殺害してしまった事だ。

 神官長の部下たちは驚愕のあまり固まっているが、いずれ正気に戻るだろう。

 いくらレットが崇敬の対象にある〔神持ち〕とはいえ、このままではまずい。

 レットが処罰の対象となってしまう可能性があるのだ。

 ……仕方ない。気は進まないが、あの手でいこう。


「まったく、レット様の言う通りですよ。裁定神持ちのレット様を差し置いて、凡百な人間である我々が裁定を下すなど不敬にもほどがあります」


 ――そう、開き直るしかない! 

 だがこのままでは、神官長の部下たちからすれば不満が残ってしまう。

 神官長の顔もある程度は立ててやらなくては。

 ……僕は死亡した神官長の元にゆっくりと歩み寄る。


「とはいえ、神官長様も良かれと思ってやったことでしょう。たしかに〔聖女様の命〕と〔付き人の命〕とでは、その価値は比べるまでもないことですから。……しかし、裁定神様に先んじて勝手な行動を取ったのは大きな罪ですが、神官長様はその死をもって罪を贖ったのです。――そう、神官長様は〔殉死〕されたのです」


 僕はさりげなく陥没した顔面を治癒術で修復し、神官長を両腕で抱えた。


「神官長様を、丁重に弔ってあげてください」

 

 僕は慈愛を込めた笑みとともに、神官長の部下に遺体を引き渡す。


「おお、神官長様……」「裁定神様……」


 ――よし、無理矢理それらしい雰囲気を作って丸め込んだぞ。

 この手の狂信的な人たちは〔殉教〕とか好きそうなので効果は抜群だ!


 仲間たちの反応は悲喜こもごものようだ。

 レットは少し冷静になったのだろう。僕の行動の意図を察してはいるはずだが、心中複雑そうな顔で僕の言動を見守っている。

 ルピィさんは面白そうな、呆れているような顔をしながら、僕と神官長の部下たちの茶番を眺めている。……まさに他人事!


 聖女は、僕が神官長の行動を容認するような発言をしたせいだろう、僕のことを汚物でも見るような目で見ている……!

 アイファの方は、僕に裏切られたような顔をしている。……アイファからの失望の視線は正直つらいが、これはやむを得ない選択と言える。


 ――ここは優先順位の問題だ。

 聖女やアイファに嫌悪されるのは心苦しいが、僕にとってはレットの身の安全を図ることの方が遥かに重要なのだ。

 僕が二人に嫌われるだけでレットが助かるなら、安いものだ。


あと三話で教国編は終了です。(間章は教国編と民国編の二部構成)

明日も夜に投稿予定。

次回、十七話〔閃いてしまう天啓〕


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