十三話 戦力外通告
「――いいえ、この二人は犯人ではありません。俺が保証します」
レットは僕ら二人の無実を宣言してくれたが……この男、さりげなく自分を容疑者に含めていないとは!
なんという話術、なんと巧みな印象操作であることか……!
大体からして、僕が疑われている時点でおかしな話なのだ。
僕は暴れるどころか、怪我をした槍神を治療してあげたくらいである。
もちろん、治療の為にやや強引な手法を取った事は否定出来ない。
だが槍神を押し倒した時だって、衝撃を与えないように気を遣っている――そう、あのマウントポジションは正義の元に行われたのだ。
言うなれば――ジャスティスポジション!
お礼を強要するようなみっともない事はしないが、犯罪者扱いを受けるのは甚だ不本意というものだ……!
「で、でも……」
「――お止めなさい、ケアリィ。裁定神持ちは嘘を吐かない――いえ、吐けないのです。その言を疑う余地はありません」
尚も聖女が言い募ろうとしたところを、付き人さんにピシャリと制される。
ふむ……きっとこの人は付き人でもあり、教育係でもあるのだろう。
聖女を相手に呼び捨てで、大上段の物言いである。
しかし、裁定神持ちが嘘を吐けないとはどういう事だろう?
たしかにレットは嘘を吐かないが、呪いみたいなものでもあるのだろうか……?
ただでさえ呪いのような加護なのに……いや、今はレットの事より聖女たちの事だ。
「教国は聖女を失う訳にはいきません。私が命を断てば、それで済む話です」
付き人さんは淡々と、自明の理を述べるように告げた。
自分の命が掛かっている事を、全く感じさせない潔さだ。
その有り様は美しさすら感じてしまう。
――しかし、僕も黙って座視しているわけにはいかない。
「お待ち下さい付き人さん、そう性急に結論を出すものではありませんよ。ここは僕らを信じて任せてくれませんか?」
「黙りなさい下郎! 従者如き下賤な輩が口を挟むでない!」
「ご、ごめんなさい……」
付き人さんに厳しく一喝されて勢いを失くす僕。
下郎、ゲロウ……嘔吐物みたいに言われてしまった。
こんなに酷い事を言われたのは初めてだから凹んでしまう……。
しかし従者とは〔下賤な輩〕呼ばわりされるような立場なのだろうか?
職業差別は良くない、じつに良くないと思います……。
――というか、付き人も従者も中身は同じようなものではないか。
聖女の付き人だから〔ランクが上〕という事なのか?
それは不条理だ。こんな事で僕はへこたれないぞ、僕はレット様の従者なんだ……!
とにかく、まずは早急に対応すべき問題は――僕はルピィさんの腕を掴んだ。
そう、付き人さんの態度が腹に据えかねたのか、ルピィさんが不穏な動きを見せようとしていたのである。
おそらく付き人さんは、争い事の心得があるどころか、完全なる非戦闘員だ。
そんな人に暴力を振るう事は許されない……!
ルピィさんは不満そうな顔をしながらも、僕の掴んだ手から逃げようとはしなかった。……なんとか危機は脱したようだ。
レットもまた思うところがあるのか、付き人さんに向けて言葉を発しかけたが――
「――それは許しません、キセロ」
聖女の真剣な、熱を持った言葉の奔流に、レットが生み出しかけていた言葉も飲み込まれる事になった。……『キセロ』というのは、会話の流れからして付き人さんの事だろう。
聖女の言葉は声こそ大きくないが、反論を許さない――命令する事に慣れた人間という印象を受ける。
そしてさっきまでは動揺を露わにしていたのに、今はもう覚悟を決めたように唇を引き結んでいる。
しかし付き人さんの意見を一蹴するのはいいが、聖女はどう始末をつける心積もりでいるのだろう……?
聖女が自分の生命だけを優先するような人間であれば、願ってもない提案だったはずなのだ。
「――キセロ。わたくしと一緒に、死になさい」
――――空気が凍った。
そして僕は、この時になって初めて、聖女という人間に興味を覚えた。
この子――聖女は〔裁定神の予知〕を受け入れている。
受け入れた上で、どちらか一方の死を選ぶのではなく、〔二人の死〕を選ぼうとしているのだ。
その発言の裏には、聖女一人が犠牲になるという事を付き人は受け入れないという確固たる信頼があるのだろう。
それが故の『一緒に死になさい』という事なのだ。
その決断は、教国全体の利益を考えれば愚かな選択なのかもしれない。
だが僕は……その意思に、その想いに、胸を打たれた。
この子は気高く尊い精神性を持っている。
お飾りの聖女などと軽んじていた自分を恥じ入るばかりだ。
この子は僕なんかより、よほど生きる価値がある。
僕には元々聖女たちを死なせるつもりなど無かったが、今は心の底から〔彼女たちを救いたい〕と意識していた。
ならば、ここで黙って見ている手は無い……!
「まぁまぁ、慌てない慌てない。聖女ちゃん、ここは僕らに任せてくれないかな? そうすれば、誰も失わない大円団を迎えられる自信があるんだ。……難しいお願いだとは分かっていますが、キセロさんも僕らを信じて、命を預けてくださいませんか?」
僕は真摯に願いを告げた。
救ってみせる自信があったとしても、聖女たちが僕らを信じてくれない事には、何も始まらないのだ。
……ちなみに、聖女の名前は聞き流していて覚えていなかったので、やむなく『聖女ちゃん』と呼称する事とした。
自己紹介を受けたわけでもないので問題は無いだろう。
僕の誠心誠意を込めた言葉が届いたのか――不意に聖女が何かに気付いたような顔になる。
「……お待ちなさい。貴方、なぜ付き人であるキセロに丁重な態度であるのに、聖女であるわたくしに対してぞんざいな口調なのですか? 貴方分かっていますの? わたくしが聖女ですのよ?」
おおっと、思わぬ主張が返ってきたぞ。
こんな時に何を言っているのかと思うが、自尊心の強そうな彼女にとっては重要な事なのだろう。
どうやらようやく、自分たちが自己紹介一つしていない〔非常識ーズ〕である事に気付いたようである。
きっと自分が聖女である事を、僕がしっかり自覚していないと思っているのだ。
そんな訳が無いのに……さっきから僕は『聖女ちゃん』と呼んでいるではないか。
ははーん、これはアレだな。
閉鎖的環境で育った影響で、年上の人間を敬うという最低限の礼儀も知らないのだな。……まったく、これは困った箱入り娘だ。
よしよし、常識人たるこの僕が正しい道に導いてあげようではないか……!
「ふふ……いいかい、聖女ちゃん? 年上の人間を敬うのは当たり前の事なんだよ? だから僕がキセロさんに敬語を使うのは当然の事に過ぎない。そして、僕と君は同い年――そこに遠慮はいらないって事さ。これは一般常識だからね、ちゃんと覚えておいた方がいいよ」
常識を知らない聖女を相手に、ついつい得意になって語ってしまう僕。
うむうむ……どんなベテランも最初は初心者なのだ。
先人としてモノを教えてあげるのは当然の事である……!
聖女は理解の及ばない事を聞いたかのように、ポカーンとしていたが、やがて白く透き通った肌を真っ赤に染めて――僕に怒声を浴びせかけた!
「こ、この無礼者っ! アイファ! この愚か者を討ち取りなさい!」
「えっ!? し、しかし、聖女様……」
なんということだ、過ちを指摘されたからといって逆上してしまうとは……恩を仇で返されたようなものだ!
――こいつはとんだ〔わがままガール〕じゃないか!
しかし、悪い事ばかりでも無い。
槍神の彼女――アイファは、聖女の命令に戸惑っているのだ。
……これはもう間違いないだろう。
嫌われたとばかり思っていたが、僕らの間には〔友情〕が芽生えていたのだ。
ならばもう〔槍神〕なんて他人行儀な呼び方は出来ない。
名前も期せずして判明した事だ、友人として『アイファ』と呼ばせてもらわざるを得ない!
そして今、友人であるアイファが〔上司からの命令〕と〔友情〕との板挟みになって困っている。
これは友人として放っておける訳がない……!
「アイファを困らせてはいけないよ聖女ちゃん。アイファと僕は友達なんだ、友達を殺せる訳がないじゃないか」
「き、貴様っ、誰と誰が友達だ! き、き、気安く、私の名前を呼ぶんじゃないっ!!」
ううっ……こっぴどく拒絶されてしまった。
新しい友達によるさっそくの裏切りに落ち込む僕。
……アイファは顔をぶんぶん横に振って友情を否定している。
顔を紅潮させながらポニーテールの髪を激しく動かしているので――〔でんでん太鼓〕みたいになっているではないか……!
ルピィさんからも白い眼で見られているし、まさに踏んだり蹴ったりだ。
そしてさらに、親友であるレットが追い討ちをかける――
「アイス……頼むから、黙っていてくれ。……お前が喋るとどんどんややこしくなる」
――戦力外通告!
なんたる屈辱だ。こんなに一生懸命に説得しているのに…………いや、結果を伴わない努力に意味は無い。
今日の失敗は認めなくてはならないのだ。
この恥辱をバネに躍進するしかない。……今に見ていろよレットめ。
石にかじりついてでも、近い将来には一流の交渉人として大成してみせる。
白いモノを『黒』と言わせるくらいに話術を磨くのだ。
レットにだって『ここ、まじブラック』と、まるで悪徳商会の下っ端の愚痴のように言わせてやる!
明日も夜に投稿予定。
次回、十四話〔超絶技巧〕