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十一話 深まってしまう疑惑

 だが、僕の真心は全員に伝わったわけではなかった。


「貴様ぁっ! 従者の分際で聖女様になんたる口の聞きようだ! 私の槍で処断してくれるわ!」


 槍神の女の子が咆哮を上げて走り寄ってくる。

 ――おかしい。

 無礼な聖女を責める事なく寛大な対応をしてあげたのに、何故この子は興奮しているのだろう?


 いや待てよ……激怒しているようにも見えるが、もしかしたら……『その言葉、胸に染み入りました!』と感動のハグを求めている可能性も、僅かではあるが存在する……!


「――死ねぃ!」


 うん、そんなわけが無かった……。

 心臓目掛けて突き入れられた槍の一撃を――僕はサッと躱す。

 真っ直ぐ心臓を狙ってくるとは、殺意の塊のような攻撃ではないか。

 僕のような平和主義者を相手に問答無用か。……野蛮な子だなぁ。


「なっ!? 私の槍を躱しただと!?」

「落ち着いて下さい。初対面の人間に手を突きだす時は、まずは槍を置いてから。――それが握手の基本ですよ!」

「くそっ、くそっ! 何故だ! 何故当たらない!?」


 駄目だ……全く話を聞いていない。

 さりげなく『握手の作法を間違えてますよ?』という方向に話を誘導しようとしたのだが、そもそも興奮し過ぎで言葉が届いていない。


 これはよろしくない展開だ。

 どんどん槍で突いてくるので、どんどん話し合いから遠ざかっている。

 しかし気軽にくそくそと突いているが、謁見室を血で汚したらマズいのではないだろうか……? 

 槍の軌道が見え見えなので、僕に掠りもしていない事だけが救いだ。


 ――この子は〔槍神持ち〕とはいえ、まともに鍛錬をしていないに違いない。

 攻撃は速いだけで、あまりに芸が無いのだ。

 おそらくは訓練をするまでもなく、まともに彼女の相手を出来るような人間がいなかったからだろう……それが神持ちという存在だ。


 思えば彼女も不幸なのだ。

 きっと物心ついた時から〔聖女は絶対〕と教育を受けて育ってきたのだろう。

 だからこそ、聖女と同じ〔神持ち〕でありながら、これほど狂信的に聖女を支持しているのだ。

 ……もはや洗脳のようなものである。


 だからもちろん、いきなり襲い掛かってくるような乱暴な彼女であっても、僕にはこの子を憎む気持ちは無い。……何とかして穏便に丸く収めなくては。

 しかし、事態は更に悪化する――


「――――きみ、アイス君になにやってんの……?」

「ぎあぁっ……!? わ、私の腕がっ!!?」


 ――ルピィさんだ。

 目にも留まらぬ抜き打ちのナイフで、右腕の腱を切り裂いたのだ。

 高速で槍を振るっている人間の腱を切り裂くとは、実に見事である。


 抜き手もほとんど見えなかったし、日頃の特訓の成果が如実に現れている。

 ……なにやら恐ろしい人を育ててしまった感すらある。

 なにしろルピィさんの眼は、深い闇を宿しているのだ。

 ルピィさんの眼を見てしまえば、心胆を寒からしめるような凍えた瞳。

 槍神の鮮血が舞い、悲鳴を上げかけた聖女をも絶句させるような瞳だ。


 ……時々、ルピィさんはこんな眼をする。

 ルピィさんの眼が暗く光るのは、僕が傷付けられそうになった時――身近な人間に危険が迫った時だ。


 きっと、フゥさんを失った痛みがまだ残っているのだろう。

 だからこそ、近しい人間を失うのを極度に恐れているのだ。


 だがこれはいけない。

 もうこの場の空気は最悪だ。聖女たち三人は完全に怯えている。

〔ルピィさん=暗殺者〕説がにわかに現実味を帯びてきた……!


 レットなんて真っ白な顔色をしているではないか。

 ただでさえ彫刻めいた顔付きをしているのに、さらに人間味が薄れているのだ。

 ……ここはやはり僕が何とかしよう。


「ルピィさん大丈夫ですよ。あれくらいは握手で挨拶をしているようなものですから。でも、僕の為に怒ってくれたのは嬉しかったです……ありがとうございます」


 まずはルピィさんに落ち着いてもらおうという事で、にっこりと柔らかい笑顔で安心させつつ、ちゃんとお礼も伝えてルピィさんを宥める。


「べ、別にアイス君の為じゃないから! アイツが目障りだっただけだよ!」


 僕の名前を出して怒っていたのに、何故か僕の感謝を否定するルピィさん。

 不思議にも動揺しているようだが、とりあえずは矛を収めてくれたらしい。

 ……ルピィさんはもう問題無いとして、次は槍神の女の子だ。


 槍神の女の子は、だらんとした右腕を左腕で押さえながら立ち尽くしている。

 ふむ、これぐらいの傷で槍を手放すのは護衛としていただけないが、僕が注意する事でもない。

 聖女は薄情にも治療する気配を見せないので、僕が腕の怪我を治してあげるとしよう。そしてあわよくば――なにも無かったことにしよう!


「槍神さん、腕の怪我を見せて下さい。こう見えて僕は〔治癒の加護〕を持っているんですよ。――そう、僕が住んでいた村では〔村一番の治癒術士〕と評判だったんですから!」


 村に治癒術士は〔僕一人だけ〕だったわけだが、嘘は吐いていない……!

 そして槍ガールの名前が分からなかったので、彼女を『槍神さん』と呼ばざるを得なかった。……僕らは自己紹介すらしていないのだ。

 なにしろいきなり襲撃されている――全く、なんて非常識な女の子なんだろう!


「ち、治癒術士だと!? 嘘を吐くなっ! 貴様のような治癒術士がいてたまるか!!」


 全く信用してもらえなかった。……悲しい事である。

 信じる行為が人間の心を繋いでいくというのに。


 ここは手っ取り早く、強引にでも治療してしまうとしよう。

 ルピィさんの犯行なら切り口も綺麗なはずだ。

 ささっと腕の腱を繋いでしまえば、離れている僕らの心も繋がることだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、十二話〔近付く身体と心〕

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