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九話 哀しきサンマ事件

「レット君は、聖女に面会する方法を探してるトコなのかな?」


 ルピィさんは僕の頬を弄びながらレットに質問を続けた。

 ……模擬戦でずっと僕にやられていたので、逆襲する機会を心中で窺っていたのかもしれない。

 だからこそ、僕の失言をこれ幸いとばかりにイジめる口実にしているのだ……!


「はい。本人たち以外に〔裁定神の予知〕の内容を教える訳にはいきませんから。……アイスとルピィさんは別ですが」

「そうだね〜。特に、この国で第三者に知られるとどうなるか、結果は見えてるよね」


 ルピィさんの言う通りだ。

 ――この教国では軍国と違って、裁定神持ちの存在は疎まれていない。

 それどころか裁定神の予知は〔神託〕扱いを受けて、吉報と受け止められるくらいだ。

 たしかに、本来ならば二人の人間が死ぬところを一人の犠牲で済ませられるのだから、吉報とは言えないまでも完全な凶報とは言えないだろう。


 そしてこの教国では、裁定神の予知への対応は極めて合理的だ。

 なにしろ……対象の二人を、〔教国公認〕で殺し合いをさせるのだから。

 僕らも教国に来て初めて知ったのだが、裁定神の予知夢は()()()()()()()、どちらか一方が死亡してしまえばそこで終わるらしい。


 さすがに神持ちを優遇している教国だけあって、神持ちの特性についての情報も他国より優れているようだ。

 教国としては、手をこまねいていて二人とも死なせるよりは、自分の手で〔生〕を掴み取ってほしいという事なのだろう。


 だが、それはあまりにも残酷な事だ。

 予知夢の対象は、家族や親友のような〔近しい間柄〕の二人が対象となるのだ。

 そんな二人に殺し合いをさせようなどとは、合理的であっても人の感情を無視している。


 当然、レットにそんな事が許容出来るはずもない。

 しかも今回などは、対象の片方が〔聖女〕だ。

 予知夢の情報が広がれば、話し合いや殺し合いどころか、もう片方の対象が一方的に殺される事になりかねない。


 なればこそレットも、聖女ともう一人だけに接触して、当事者だけで話し合いたいと考えているのだろう。

 それにしても、あと四日か。

 ――僕はルピィさんの拘束を振りほどき、発言権を回復させる。


「もう時間も少ないし、レットが〔神持ち〕である事を明かすしか無いんじゃないかな? 一般人ならともかく、神持ちなら聖女に面会させてもらえるかもしれないよ?」


 この教国では神持ちは特別な存在だ。

 神持ちの要望ならば、国のトップである〔聖女〕にすら近付ける可能性がある。


 ……ただ、神持ちは崇敬の対象であると同時に、強大な力を持っているので監視の対象でもある。

 聖女との面会が叶ったとしても、間違い無く護衛が付いてくるはずだ。

 そこがレットのネックとなっているのだろう。


 聖女の護衛という立場の人間が〔裁定神の予知夢〕の事を知れば、もう一方を殺害する為に動いてしまう可能性は十分にある。

 護衛に知られないように、聖女ともう一人だけに予知夢のことを知らせる必要があるのだ。


「――ああ。実は、ちょうど今日、俺の加護を明かして聖女に会わせてもらおうかと思ってたんだよ。……他に聖女へ近付く手もねぇからな」


 それは本当にちょうど良かった。

 たまたまルピィさんに捕捉してもらえて、実に幸運であった。

 ……僕の日頃の行いがいいお蔭だろう。


「そういう事なら僕も付いていくよ。何かの役に立つかもしれないしね。……ルピィさんはどうしますか?」

「アイス君が行くならボクも行くに決まってんじゃん。――ボクとアイス君は、レット君の従者って事で付いてけば良いかな?」


 何故、僕が行く所に付いてくるのが『決まっている』のかは分からないが、今回ばかりは仕方が無い。

 食うに困った山賊のような顔をしているレットを、たった一人で行かせる訳にはいかないのだ。


 レットは、僕らが同行する事を好ましく思ってなさそうな顔をしていたが、引きそうにない僕とルピィさんを見て、諦めたように頷いた。

 それを確認した僕は、大聖堂に行ってからの段取り相談に移る。


「それで、聖女と面会まで漕ぎつけたとして――護衛の目を掻い潜って聖女に知らせるせるアテはあるの? ……お店の気になる子に連絡先を渡すように、そっと紙片でも握らせるの?」

「それナンパじゃん!? …………アイス君、そういう事やったコトあんの? そういえば、目を離すといつも女の子と仲良く話してるよね……?」

「はは……まさか。僕にそんな事が出来る訳がないですよ。僕なんかが女性をナンパするなんて、相手に失礼ですからね」

「……アイス君って、無駄にキレイな顔してるくせに自己評価低いよね。……うん、実にいい事だよ、うんうん」


 僕は美人だった母さん譲りの顔をしているので、容姿は悪くないはずだ。

 だが性質の醜悪さが、顔にも言動にも出てしまっているのだろう……これまで特にモテたような経験はないのだ。

 身の程をしっかりと弁えている僕に、ルピィさんも満足そうだ。


 そんな僕らを見ながらレットはもどかしそうな顔をしていたが、結局小さく首を振っただけで何も言わない。

 ――そして急に思い出したように、僕の先の質問に答える。


「そうだな……聖女にメモを渡して知らせる事は考えていたが、それは最後の手段にしたい。……これは、直接伝えるべき事だ、と俺は思ってる」


 ふむ、相変わらず損な性分をしている。

 使命感が強すぎるのだろう――だからこんな顔になるまで、自分を追い詰めてしまうのだ。


「じゃあ、メモを懐に忍ばせつつ、とりあえず行ってみようか。……それから、レットによく聞いておいてほしいんだ」


 これだけは言っておかなければならない。


「僕なら、()()()()()()()()()()。何も根拠は無いけど、ずっとそんな気がしてるんだ。……初対面の人にそれを信じてほしい、っていうのが無茶な願いだって分かっているけど、レットだけは覚えていてほしい」


 僕の中にある直感めいた確信は――()()()()()()()

 先日、〔凍術〕を行使した時もそうだ。

〔凍の加護〕を持たない人間には使えないと聞いていたが、僕には凍術を視る前から、〔使える〕という絶対の確信があったのだ。


 その僕の感覚が、()()()()()()()()()()()と訴えている。

 ……しかしその感覚は僕だけのものだ。

 第三者に、それも会って間もない人間に、僕の確信を理解してもらえる訳がない。


 ――ルピィさんのお姉さん、フゥさんの時もそうだった。

 僕の頼りなさが、未熟さが、フゥさんの信頼を勝ち取る事が出来ず、フゥさんは自らの意思で〔死〕を選び取ってしまったのだ。

 もう同じ轍を踏む訳にはいかない。

 予知回避のカギは、対象の二人から信頼してもらえるかどうか――僕はそれが全てだと考えている。


「――ああ。アイスなら、何とかしちまいそうだな。お前には常識が通用しねぇからな……」

「そうそう。アイス君はデタラメだからね。前例が無いぐらいの事だって、どうとでもしてくれるよ」


 意外にも二人の反応は肯定的だった。

 益体のない虚勢を張っているだけ――そう受け止められても仕方がないと思っていたのだ。

 信頼の方向性がやや引っ掛かるが、最初から悲観的になって挑むよりはずっと良いことだろう。


「僕を信頼してくれて嬉しいよ。――ところで、ルピィさんは神持ちだって明かさなくても良いんですか? 悪い扱いは受けないと思いますよ?」


 この教国では、神持ちはビップ待遇なのだ。

 この国に住む事を希望すれば、働かなくても生活出来るだけの手当が支給されるくらいである。……実際、それは無駄な投資とも言い切れない。

 神持ちは崇敬の対象であると同時に、外敵への抑止力にもなるのだ。

 むしろ国の対応としては賢い方策と言えるだろう。

 ルピィさんも神持ちである以上、わざわざレットの従者扱いに甘んじる必要性も無いのだ。


「え〜、やだよメンドくさいじゃん。どうでもいい人間にチヤホヤされたって鬱陶しいだけでしょ」


 ふむ、正直なところ意外だ。

 いつもルピィさんは、少し褒めるだけで止まらなくなってしまうのに――そう、少し称賛するだけで今度は自画自賛を始めて――やがては有頂天へと至る人なのだ……!

 つまり、僕はどうでもいい人間ではないという事なのだろうか?

 もしもそうなら嬉しいが……否定されると傷付くので、聞くのは止めておこう。


「――よし、それじゃあ行こうぜ。いつもみたいに問題起こすなよ、アイス?」


 意気揚々と立ち上がろうとする僕は水を差されてしまう。

 ……いや、この場合は〔釘を刺される〕が正しいか。

 しかしどちらにしても、黙って聞き逃すわけにはいかない。


「失礼だなレット。僕がいつ問題を起こしたんだよ」


 正当な反論だ。

 清廉潔白に生きている僕に対して、問題児であるかのように発言するとは、いくらレットとはいえ無礼千万ではないか……!


「こいつ……本気で言ってやがる。なんで自覚がねぇんだよ、〔サンマ〕の一件を忘れたとは言わせねぇぞ!」

「……あ。うん……あれは、僕が少し悪かったかもしれないね」


 過去の過ちを糾弾されてしまい、歯切れが悪くなってしまった。


 ――サンマ事件。あれは不幸な事件であった。

 誰が悪いとは言えない話でもある。

 強いて言えば……時代が、季節が悪かったのだ。


 そう、あれはサンマに脂が乗っている季節だった。

 山奥で暮らしていた僕らが十年ぶりに人里に、王都に潜入していた時だ。

 当たり前だが、山奥の村では海産物を食べる機会などない。

 そんな魚に飢えている僕が、王都の市場でサンマを見つけてしまったのだ。


 当然のように購入して、当然のように空き地で焼いて食べるに決まっているではないか……!

 そして不幸にも、七輪でもくもく煙を上げてサンマを焼いている所に、王都の憲兵がやって来てしまったのだ。……どうやら火事だと思われたらしい。


 問題は僕だ。僕の顔は王都ではよく知られている。

 こんな所で目撃される訳にはいかなかったのである。


 そう――レットが一人で罪を被るのは必然の成り行きだったのだ……!

 僕は物陰に隠れて様子を窺っていたが、レットは舌唇を噛み、悔しそうな顔をしながら憲兵に謝罪していた。

 ……あれは実に申し訳ないことをしてしまった。

 レットがこうして怒るのも無理からぬ事である。


「『少し悪かった』じゃねぇよ、全面的にアイスが悪かっただろ! 俺はあれだけ止めたのに強行しやがって! なんで俺が謝らなきゃいけねぇんだよ!!」


 むぅ……あの時の屈辱を思い出したのか、レットはとても怒っている。

 これが〔思い出し怒り〕というやつだろう……。


「――なになに、面白そうな話じゃないの。ボクにも聞かせてよ〜」


 いけない、ルピィさんが強い関心を抱いてしまった。

 こんな事が知られたら、また僕がからかわれてしまうではないか。


「まぁまぁ、サンマの一件は悪かったよレット。……それはそれとして、早く大聖堂に行こうよ。僕らにはやるべき事があるはずだ……!」


 ルピィさんの言葉は聞こえないフリをして、僕は強引に流れを打ち切った。

 耳当たりの良い言葉で終わらせたので、無駄話とも言えるこの話題には拘泥しずらい事だろう。……なにしろ人命が掛かっているのだ!


「仕方ないなぁ〜、後で教えてよねレット君」


 ……この一件が終わる頃には、全て忘れてくれている事を願うばかりだ。


明日も夜に投稿予定。

次回、十話〔責めない心〕

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