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06,戦女神と窮地


 白いドレスを纏った麗人が、森の中を静かに進む。

 本来なら王城の舞踏会で踊り狂っていそうな装いで大自然の中を行く様は、不思議な違和感を覚えさせる。


 彼女は、只人ではない。

 その名はブルムハート。


 現在、とある経済大国を脅かす魔物の軍勢、その将のひとり。


 彼女は今、ある目的のために動いている。

 それは「聖剣使いを王の御前へ連れて行く事」。


「……行動を起こしたものの、我ながら、賭けですね。これは」


 何を考えていたのか、それは彼女にしかわからないが、唐突にそんな独り言をつぶやいたブルムハート。


 彼女は非常に口数が少ない。

 時折、突然に放たれる部分的な独り言を除けば、ほとんど喋る事は無い。

 彼女になついているナウディアーがどれだけ話しかけても、基本は首の動きだけで対処する程だ。


 そして、その独り言以降はまた無言で、森の中を進み続ける。


「!」


 それは不意に、そして突然に、ブルムハートの前に顕現した。


 ――遥か向こう、天へと昇っていく一筋の光が見えた。


「……あれは……聖剣ジークの……」


 彼女は知っている(・・・・・)


 あれは、聖剣が放つ光の一撃。

 かつて、極竜魔王ストラフィンペラトルを消滅させた光芒こうぼう


 聖剣ザイフリートが興味を持ち、加護を施した者のみが放つ事のできる必殺技。


「成程。第一の不安要素は解消されました」


 何かを察した様に頷くブルムハートの指先が、薄緑色の光を帯びる。

 その光は、言わばインクだ。


 彼女はこの光を以て、ルウンを刻む。


「さて……私は、勝てますかね」



   ◆



「聖剣に取り憑いていたジークフリートの亡霊の声を聞き、一度は体を乗っ取られ、そしてあの光と」


 うん、理解が早くて助かる。

 早足で歩きながらざっくりとした説明だったのによく……ああ、駄目だ。ジュリの事はよく知らないがこの表情はわかる。これは胡散臭うさんくさいものを見る顔だ。


「眠気覚ましは必要かしら?」

銃弾それは下手したら永眠する事になるのでは!?」

「大丈夫、空砲よ。耳元でパーンッて。イッとく?」

「御気遣いどうも! でも大丈夫だよ!!」


 まぁ素直に信じてもらえるとは思わなかったけどね。うん。

 実を言えば、僕だって今も信じられない。白昼夢を見ていたのでは、とさえ思えてしまう。


 でも、ジュリも見ていた。あの天へと昇っていく光の轟流を。

 それが、あれは紛れもない現実であったと言う証左だ。


「……でもまぁ、ジークフリート云々は置いて、あの光の一撃は最高ね。あれなら暗殺どころか、正面から魔王を殺せるんじゃない?」

「お、奇遇。それは僕も思う」


 魔王がどれ程の物かは未だ未知数だが、魔物の将を一方的に彼方の星にできる聖剣の一撃。

 これならば、魔王だって簡単に倒せるかも……


「無理ですよ」


 ……ッ!?


「なッ……いつの間に!!」


 ジュリが叫び、手に持っていた銃の引き金を引いて発砲、って、弾が出た!? 空砲ではないじゃあないかそれ!!


 って、それは後だ……!!

 いつの間にか、まるで先程ナウディアーと出会った時の様に、本当にいつの間にか、僕らの隣を並走していた一匹のオオカミ――外見的要素は普通のハイイロオオカミだったが、確かに喋った。

 魔物だと判断し、ジュリが発砲するのも当然だろう。


 しかし、その銃撃を……かわした……!?

 今まで僕に対して以外、百発百中だったのに……!


「……いつの間にかそこにいる隠密技能に、人語を堪能に操るときた。……そう言えば、()魔将、つってたわね、あの緑頭」

「緑頭……成程、先程の光、受けたのはナウディアーでしたか」


 僕らの正面に陣取り、尻を下ろした巨大オオカミ。やはり喋っている。間違い無い。

 それも、オオカミには似つかわしく無い、実に凛とした……まるで鈴を鳴らす様な、耳に心地よい声。違和感が凄まじい。


「あの子では、様々な意味で聖剣の相手には相応しくなかったでしょう」

「……? ……、……!?」


 その変化は、突然だった。

 そしておそらく、突然でなく事前に申告されていたとしても、僕は同様に、目を限界まで剥いて驚いたと思う。


「今度は、私の御相手を御願いできますか? 聖剣とは対になれる程度の実力はあると、自負しております」


 灰色の毛皮は徐々に白雪を固めた様な純白のドレスへと変貌し、オオカミの骨格はボキボキゴキゴキと怪音を連続させて人のそれへと変化。

 その言葉を言い切る頃には、その異変は完成。

 最終的に、城の舞踏会……その会場の中心で堂々と踊っていても違和感の無い、むしろお似合いにも程があると見蕩れてしまいそうな、ドレス姿の麗人へと成り果てた。


「オオカミから人に変身した……、!」


 あ……あの麗人の胸元……!

 徐々に消えていっているが、薄く緑色に光る入墨タトゥー……いや、文字が……!


「……ねぇ、あんた。何初対面の相手の胸を凝視してんの……?」

「そりゃあだって……って、ヒッ!?」


 何でそんな青筋だらけの顔で銃口をこちらに向けているのですか!?

 ……あッ、もしかして、同じ女性として、胸元を凝視する様な不埒ふらちな野郎は許せない的な感情!?

 確かに、「女性の胸元を凝視する男」とだけ書き出せば僕の行動はナンセンスかも知れないがッ!! 下心は一切……うん、下心はほとんど無いよ!!

 とにかく早く否定しないと撃たれそうだ。


「違ッ! あの女性の胸元! もう消えてしまったけれど、先程まであのナウディアーの入墨タトゥーと同じ様な文字があったんだ!!」

「あの緑頭の入墨タトゥーと同じ様なって……確かあれは……」

「私が刻んだルウンの事ですね」


 ……! やっぱり、ルウンか!!


「じゃあ、今のは……変化のルウン魔術でオオカミに変身していたのか……!?」


 こくり、と麗人は静かに頷いた。


 ルウン魔術を使役し、ナウディアーに入墨タトゥーを刻んだ者。

 つまりこの麗人が、ナウディアーの言っていたブルムハートか!!

 三魔将、魔物の将のひとり……!!


 僕とほぼ同じタイミングで理解が到ったらしく、僕が聖剣を抜いたのと同時に、ジュリももう一丁の拳銃を抜いて二丁拳銃体制に。


「先手必勝、さっきと同じで仕掛けるわよ!!」


 先程と同じ……君が牽制し、僕が斬りかかる……いや、そこは少し変えていこう。

 ジュリが牽制し、僕はあの光の一撃を放つ。それで終わらせ…………


「…………何これ……?」


 何だろう? いつの間にか、聖剣の刃に、薄く緑色に光る文字が刻まれている……と言うか、いや、違う。

 何か、ブルムハートが光る指先で虚空に描いた文字がひらりひらりと飛んできて、どんどん聖剣の刃に貼り付いていく。


「ちょッ!? 何して!?」


 うわッ、振り回してもげないぞこれ!?

 爪でカリカリしても駄目だ、貼り付いていると言うかもう染み込んでいる……!?


 おい、ジークフリート!? 大丈夫!? ねぇ!?

 駄目だ、ジークフリートは何も答えてくれない!!


「ちょっと、あんた何してんのよ!? で、あんたは何されてんのよ!?」

「僕も訊きたいよ!?」

「封印の術式です。聖剣の機能を停止させました」


 ……はい……?


「……封、印……?」

「はい。聖剣の加護も、聖剣の光も、そしてあの人の声も、すべて封じました」


 あ、うん。確かに、何か、聖剣が重くなった気がする。試しに天高く振り上げてみても一向に光る気配は無い。

 で、ジークフリートの声も、全然聞こえない。


「…………………………」

「…………………………」


 ああ、ジュリも同じ心境なんだろうね、この表情。


 ………………ヤッバい。


「あ、申し遅れました。私は王下三魔将、崖上がいじょうのブルムハート」


 こちらの心境など知った事かと、マイペースさをこれでもかと言う程に詰め込んだ落ち着きのある声で、ブルムハートは名乗り上げ。

 そして、ルウンを刻むために踊るその光る指先を、まるで指揮棒か何かの様に軽快に振るいながら――透き通った瞳で、確かに僕達を捉えた。


「……では、貴方を生かすべきか殺すべきか(・・・・・)。ここで決めましょうか」


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