05,亡霊と光芒
聖剣を抜いて、構える。
不思議な物で、普通の剣よりも一回り以上大きな刃を持ちながら、この聖剣はまるで木の葉の様に軽い。
聖剣は持ち主に【加護】を与えると言うが、この扱い易さもそのひとつなのだろうか。
「ほいさほいさ、んじゃあ、やりますかぁ!」
拳を構えたナウディアーは、場違いな程に楽し気だ。どう考えても、これから殺すか殺されるかの戦いをするテンションではない。
本当に、どこまでも無垢で無邪気な子供の様だ。
「あ、安心してくれよ。俺は言った言葉は引っ込めないぜ。それは吐いた唾を飲み込む様なばっちぃ真似なんだろ? だから言った通り、テメェらは殺さねー。つぅか元々、聖剣使いは生かして王サマん所に連れてくってルールだしな!」
「! 魔王が、聖剣使いを生け捕りに……?」
「おう。王サマも、聖剣使いと遊びたいんだとよ」
……遊びか、成程。
ナウディアーに取って、戦闘は遊びの範疇であると。それが魔物然、と言う事なのだろう。
形が人な物だから忘れそうになるが、この男は銃弾が効かない様な人外。認識を切り替えないと……
「ロー。アタシが撃ったら飛び込んで」
銃弾では、ナウディアーの皮膚を貫く事はできない。
しかし、吹っ飛ばす事はできる……つまり動作を妨害する事はできる。
ジュリが撃って、ナウディアーが仰け反った所を、僕が斬りかかる。
熟練し卓越させたコンビネーションがある訳でもない僕らには、それくらいシンプルな作戦が良いだろう。
「もし、腰が引けているのなら、先にあんたのケツに一発撃ち込んでおくけど」
……周りくどいが、要するに「ビビりさえしなけりゃやれるわよ、ビビんな」と言う感じの激励かな。
ああ、うん、なんだかんだ、僕に取って実戦は初。聖剣がこの手にあると言っても、相手が相手。
不安など無いと言い切れる程、僕は楽観主義じゃあない。
その激励、有り難く心の拠り所にさせてもらおう。
「ありがとう、大丈夫だよ」
「……ふん。それは弾が節約できて何より。さ、行くわよ」
僕にもわかりやすい様にと言う配慮だろう、ジュリは大きな動作で二丁拳銃を構え直した。
「GO!」
連続する豪快な銃声。横薙ぎに降る鉛の雨。
それを追いかける様に、聖剣を振りかぶって、走る。
真っ直ぐ、銃弾を受けて仰け反って無防備なナウディアーを斬るために……
「バーリア、っとぉ!!」
……は?
……一体、何が起きている……!?
――ナウディアーの全身に刻まれた入墨が、光を増した……そう思った次の瞬間。
銃弾が……全部、弾かれた!?
まるで、見えない壁にでもブチ当たったかの様に。
「なッ……!?」
「さぁて、ローくん! 聖剣使いは強いって相場が決まってるんだってぇ!? ちょー楽しみ!!」
うわッ、ナウディアーもこっちに走って来る!?
ど、どうする!? 退く!? 駄目だ、ここは森の中、足元は木の根やら石やら土の凹凸やらでグダグダ、気軽にノールックでバックステップして良い地形じゃないし、この状況から踵を返して自ら背中を晒すなんて愚策も良い所……!
実戦は素人同然でも、戦闘訓練や戦術座学は修めているんだ、それくらいはわかる。
それに、激励も受けた。
なら……
「お、おぉぉおお!!」
「おほッ! 良いねぇ! 男気咆哮って奴だ!!」
足は止めず、聖剣を、横薙ぎに振るう。
こちらに突進してくるナウディアーを、こちらも突進しながら狙う。
「んじゃあ俺も!! ひゃァっほぉぉぉう!!」
ッ! んな……!? 聖剣の刃を、素手で受け止め……いや、素手じゃあない……!!
聖剣の刃は、ナウディアーの前腕、その少し手前で浮いている……!?
でも、堅い何かにぶつかっているこの感触は……
「見えない、鎧……!?」
「んー! ざっくり言うとそうだけど、正確には違いまーす、っと!!」
ナウディアーが腕を振るい、聖剣の刃を弾き飛ばした。
衝撃に逆らわず、数歩後退して追撃に備える。
「ヒントをフォーユー、ってなぁ!! おらぁ!!」
追撃は、予想外なものだった。
完全な射程距離外からの、掌底打ち。当然、ナウディアーの掌は切れ良く虚空を打っただけ、だのに、
「ッ!?」
突風、強い風が、僕の体を浮かせ、そして吹き飛ばした。
「のわ、は、ほあああ!? ッ~……!?」
お、思わず、間抜けな悲鳴をあげて転がされてしまった……な、何だ、今の突風……まるで、ナウディアーの掌から発生した様な……、……!
「ちょっとロー! あんたひとりで何してんのよ!?」
「……違う……」
「はぁ?」
君からはそう見えただろう。
ああ、信じられないかも知れないが……
「そいつは多分、風を操っている!!」
「………………」
あ、はい。うん、そう言う顔になりますよね。「脳みそふやけてんの?」と無言で言われているのがわかる。
風を操る……そんな神代のロストテクノロジー――【魔術】みたいな技、現代では御伽噺や創作物語の中にしか在り得ないはずだ。
でも、それしか考えられないと言うか、そう考えれば全てが納得できる。
「お、大正解! その通り、俺の武器は【風を操る魔術】だぜ!」
「!!」
「るーん魔術? つぅらしい。生まれたは良いけど何もできなかった俺に、ブルムハートの姉ちゃんが刻んでくれたんだよ。だから俺は詳しく知らね」
るーんまじゅつ……、!
まさか、【ルウン魔術】か……!?
歴史の講義で聞いた事はある。
神話の時代、つまり神代にあった魔術の一種で、特殊な意味を持つ文字【ルウン】を刻んで魔術を行使する。
確か、英雄の双剣の片割れ、聖剣の相方であるブリュンヒルドが魔剣と呼ばれる所以も、大量のルウンを内包する【ルウン魔術を行使できる剣】だからだ。
ッ……と言うか待て……じゃあ、あの全身に刻まれた入墨……全部ルウンなのか……!?
「……はぁぁ? 何で魔物が魔術なんて使えるのよ!?」
魔物はただの「悪魔的な禍々しさを持つ怪物」。
魔術は「魅力的神秘、魔性めいて好奇を掻き立てる不思議な技術」。
魔物には生物学が通じず、魔術には物理学が通じない――共通して人智の理解を越えていく存在ではあるが、その関連性はさほど深くも無いはずだ。
むしろ、野獣より野蛮な怪物と、人の知恵を軽々と凌駕していく神秘の叡智なんて、正反対とすら思える。
ジュリの疑問はごもっとも。
「んー、知らねー。言ったじゃん、俺は頭が弱っちーの。…………ん? そう言や考えてみると何でだ? 王サマもヴティアも魔術なんて使えないし、何でブルムハートの姉ちゃんだけ……あ、多分あれじゃね? 姉ちゃんは一番最初に生まれた三魔将だから特別的な?」
「納得いかないっての!!」
そう言ってジュリが銃を乱射したが、先程の繰り返し。またナウディアーの入墨が光を増し、全弾もれなく見えない壁に弾き飛ばされてしまった。
成程、あれは、風で防壁を作っているのか……!
そして、聖剣を受け止めた見えない鎧は、風の鎧……!
「ま、納得してもらえるかどうかは置いといて、現実としてさ、最初に名乗った通りに俺は【風谷】のナウディアー。本気を出しゃあ山を削って谷を作っちまう様な、そんなとんでもねぇ風の砲弾だってぶっ放せる。それが、姉ちゃんがくれた俺の売りだ!! すっげぇだろ!? まぁ、そんな攻撃したらテメェら死んじまうからやんねーけどな!!」
山を削って谷にしてしまう程の風……話のスケールが大き過ぎて上手く想像できない。
とにかく、凄い、そしてヤバい。それだけはわかる。
銃弾も聖剣も防ぐ様な風を使う相手と、どうやって戦えと……!?
――「神代の力には、神代の力をぶつけるのだ」――
「……!?」
え、何? 空耳?
――「俺は今、君の頭の中に直接語りかけているのだ」――
「……………………」
ヤバい、さっきの突風で耳をやられてしまった様だ。
――「いや、まぁ、唐突ですまないのだな。使い手が危機に陥らないと話しかけられない仕様なものだから」――
「ッ……どうする、ジュリ!? ちなみに僕はお手上げかな! 頼りにならなくて本当にごめん!!」
「ぬぅ……!!」
くッ……あの様子、ジュリの方もお手上げなのか……!?
――「おーい? あれ? 無視モード入った? 俺なのだよ、俺、俺、ジークフリートなのだよ?」――
「は?」
ジーク、フリート……?
その名は確か、神話に登場する戦士の名前だ。
神代の頃に、神をも脅かす悪竜を退治したと言う、竜殺しの戦士。
そして、ジークフリートが死後、その魂を結晶化させて後の世に遺したのが、かの英雄が使った双剣の片割れ、聖剣ザイフリートだとされている。
――「うむうむ、そのジークフリート……の残照、と言うのが的確なのだな。まぁとりあえず、君の有益な話があるので否定的に構えずに聞いてもらいたい所なのだが」――
まさか……聖剣か? 聖剣が、聖剣の元になったジークフリートが、僕に話しかけてきているのか……?
でもジークフリートは死……幽霊……!?
え、恐ッ!? やっぱり呪われた剣じゃあないか!!
――「あー……確かに幽霊と言えば幽霊なのだな。でも有り難い幽霊なのだから大丈夫……って、言い様が酷いのだ」――
「おーい? 何ボーッとしてんだよぉ、ローくんよぉ。何? 足でも挫いちまったか? そんくらい我慢しろよー」
「そうよ! あんた状況わかってんの!?」
――「ん? 足が痛いのか? それは大変なのだな。加護を足元に集中させておくのだ」――
「違うから!! と言うか雪崩かける様に話しかけてこないでくれないか!? ちょっと今色々と混乱気味なんだ!!」
何なんだこの状況!?
――「まぁ、とりあえずなのだ。先にも言ったが、神代の力には神代の力をぶつけるのが最高に頭が良い戦法なのだ。俺の上手い使い方を教えてあげようなのだ」――
「え?」
ちょッ、体が勝手に動いて……!?
「お、再開か!」
「ボサッとしてんじゃないわよ! あんたから撃つわよ!?」
待っ、
「ナウディアーと言ったのだな。邪悪なる者……いや、言うほど邪気は無し……ええい、とにかく敵対者よ、我が本領を見せてやるのだ」
口まで勝手に!? も、もしかして僕、今、乗っ取られてる!?
「おう? 何か雰囲気変わったな?」
「うむ。故に覚悟するのだな。これから放つは聖剣による必殺の一撃。全霊を以て防御に努めるが良いのだ。それすらことごとく凌駕してみせようなのだ」
「ほっほぉ! 何か知らねぇけどイイじゃん、必殺の一撃! もう言葉の響きがサイコーだわ! そいつを防げって!? そう言う勝負なんだな!? イイぜイイぜイイぜぇ!! 受けて立ぁぁつ!!」
ナウディアーの口角が、耳元まで裂け上がったのを合図とする様に、彼の全身のルウン入墨が今までに無い程の光を帯び始めた。
そして、彼の周囲に、半透明な何かが集約していくのが見えた。
本来目に見えるはずなどない、風。
それが、半ば視認できる程の密度で、ナウディアーの周囲に集まっている……!?
「名付けて【絶対防風領域】ってなぁ!!」
薄らと見える透明な防壁……最早それは、城壁にすら見間違える程に巨大にして荘厳。
突風の堅城、その名に偽りは無い。
あんなもの、どうやって破壊できようか。
――しかし、僕の体を唐突に乗っ取ったジークフリートの亡霊は、僕の顔で不敵に笑う。
「ナウディアー、風の徒よ。空を舞うが良いのだ」
そして、聖剣を天へと掲げる様に、大きく振り上げた。
「【栄光よ、邪悪を祓え】」
天を刺す剣が、光輝を放つ。
それは太陽の様に暖かで、雷霆の様に脅威的。
守られる者には安寧を、討たれる者には畏怖を。
そんな光が今、放たれる。
振り下ろされた剣から、圧倒的光が、飛ぶ。
「おおおお!! おおぉおおお!? おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
ナウディアーが驚愕にあげた絶叫も、光の濁流が奏でる轟音に飲み込まれ、掻き消され――
「す、げぇ!! すげぇすげぇすげぇすげぇすげぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!! ははははははは!! これが、聖剣!! 聖剣使いかよ!! たまんねぇなァァァおぉぉぉーいッ!!!!」
――ッ!! う、嘘だ、耐えている!?
ナウディアーの風の城が、光の轟流を、受け止めている……!?
「――安心するのだ、ローランド。この一撃、例え神でも防げはしないのだ」
ジークフリートが静かにそう言い切った直後。
崩壊が、始まった。
光の轟流が、風の城を呑み砕く。
「うはッ、うはははは、うははははははははははははははははははは!!」
光が、上機嫌に笑うナウディアーを巻き込んで、突き進む。
森を真っ直ぐに走り抜け、そして、天を突く様に上昇。最期は昼空の星、そのひとつとなった。
「な……は、はぁ……? ちょっと、ロー……? 今の、何……?」
「い、いや、僕に聞かれても……」
って、あ、体の主導権が僕に戻ってる。
――「今のは聖剣の必殺技なのだ。俺がやった構えを真似れば、君でも撃てるぞ」――
「え!?」
あんなどすごい物を、僕でも撃てる……!?
――「君には俺の加護を与えたからな。選ばれし者が聖剣を高々と振り上げて振り下ろせば光の波が出る。世の中そう言うもの」――
……どこの世界の常識だろうか。
と言うか、加護、か……この際だからひとつ訊きたい、何故、ジークフリートは僕を選んだんだ?
――「ん? 深い理由は無いのだな。ただ単に、俺は性質的に男との相性が良いのだ。しかしそれを彼女に伝えるにはどうすれば良いかと思い悩み、丁度手近にあった君のポスターに突き刺さっただけなのだ」――
成程。
聖剣が僕を選んだのは、選定作業の際にたまたま僕のポスターが一番近くにあっただけ、と言う話か。
――「選定作業……? あ、そうなのだ。言い忘れてはいけない事がひとつあるのだ」――
ん?
――「先程のナウディアーとか言う輩、おそらく死んではいないのだな」――
……!?
――「聖剣の光は邪悪を討つ……と言うか、邪悪しか討てないのだな。現に、見てみるのだ。森の木々は一本足りとも消し飛んではいないのだ」――
た、確かに。
光の波が流動した衝撃に薙ぎ倒されたり、枝葉が散っているものはあるが、焼き払われた痕跡は小枝一本分も無い。
――「あの輩は邪悪から生み落とされた気配はあったが、当人は純粋無垢。言うなれば悪い親を持つだけのただの幼子、善悪の基準が曖昧な無知の快楽主義。故に、光に押し流されて吹き飛ばされはしたが、討ち払われてはいないのだ。そしてあの頑丈さから鑑みて、衝撃だけで殺せる相手とも思えないのだな。おそらく、どこぞでピンピンしているだろうと思うのだ」――
……つまり……
――「君達の旅の目的を考えるに、戻ってくる前にさっさと進む事を推奨するのだな。さて、ではそろそろ時間。また危機になったら話しかけるのだな……」――
「ッ……ジュリ! これから色々と詳しく話すけど、移動しながらにしよう!」
「え? ええ。わかったわ」




