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04,遭遇と共同作業


 さて、少々手前賛美な話になるかも知れないが、僕は貴族らしく英才教育を受けてきた。

 その一環として、体術や剣術はもちろん、レンジャースカウト――「自然とたわむれてたくましくなろうぜ☆」と言う主旨の訓練も受けた。


 つまり、僕はそれなりに腕っ節はある。剣も扱える。

 確かにその道のプロたる武人軍人の方々には劣るだろうけれども、決して弱い部類ではない……と信じている。

 そして僕の腰には今、伝説の聖剣(かどうかは実際定かではないが少なくともヤバい奴)がある。


 これがどう言う事かと言えば、今の僕はそれなりに戦える状態のはずだ。


 それを踏まえた上で言おう。


 もう彼女ジュリだけで良いんじゃあないかな。


「何、ちょっと切なそうな顔をしてるのよ」


 本日五匹目の魔物を埋め立て、ジュリが不思議そうに言う。


 わからないかな、聖剣を抜くだけ抜いて特に何かする前に敵を仕留められて手持ち無沙汰になる奴の気持ち。


 いや、別に魔物を殺したい訳じゃあない。僕はそんなサイコじゃあない。

 でも、男として思う所はある。こうして共に戦うと決めて冒険の旅を始めた以上、僕だって何か役に立つべきではないかと。


 しかし、敵の処理はジュリが速やかに済ませてしまう。

 魔物の死骸を埋葬する作業も、僕が代わりにやろうと提案したが「アタシが仕留めたもんはアタシが埋める」と丁重にお断りされた。


 僕は今の所、ジュリが穴を掘って死骸を埋めている間、ひたすら周囲をキョロキョロしているだけだ。

 知ってるかい、貴族らしさに流されるだけの人生を送ってきた僕にも一応プライド的なものはあるんだよ?


 でも、それを理由にジュリに文句を付けるのも道理が違う。

 彼女は彼女なりの最善手、迅速な対処を行っているだけなのだから。

 それは彼女の自衛のためでもあるし、僕の身を守ってくれている側面もある。

 どの身分から文句を付ける事ができると言うのだろう。


 なので、僕は自分の不甲斐なさに切ない表情を浮かべて君を見るしかない。以上だ。


「……別に……」

「別にって事はないでしょうよ。あんた今、自分の運命を理解した上で受け入れている家畜みたいな顔してるわよ」


 圧倒的現実を前に己の不甲斐なさや無力感を呪うと言う意味では似た様な心境である事は否定できないが、酷い例えを思いつくな君は。


「……それよりジュリ。今更なんだけれど、僕ら、ろくな装備も無くこうして旅してる訳で……魔王がいるって言う火山はそんなに近いの?」

「ええ。この森を抜ければすぐよ。今のペースならあと半日以内には着くわ」


 まぁ、あれだよね。

 多分、魔王ともなればいくらジュリでも手に余るはずだ。魔物の王様が鉛弾一発で死ぬとは思えない。

 流石に魔王暗殺のいざその時となれば、僕にも出番があるだろう。


「半日で着くと言ってもあれよ。今日中に片を付けるつもりはないわ。それはいくらなんでも突貫過ぎる。魔王を取り巻く陣容を偵察して計画を立てる必要もあるし、今夜は山のふもとで一旦休む算段よ」

「休む?」


 魔物の侵攻地域、それも敵本陣の間近に迫って、どうやって?


「ヴズリフ火山の麓には元々観光で栄えていた町があるわ。温泉が人気のね。魔王の軍勢が現れて半年、ゴーストタウンにはなっているでしょうけど……魔物は生き物以外に興味を示さないし、建造物の原型はまだ残っているはずよ」


 成程、観光で栄えた町なら、宿泊施設はごまんとあるだろう。

 その中でも安全そうな所を選び、片方が警戒している間に片方が休息を取る、それを交互に……と言う算段か。


「食糧についても御安心。道中の栄養補給と決行前の腹拵えに必要な分は手持ちがあるわ」


 そう言って、ジュリがコートの内ポケットから取り出してこちらに放ってよこしたのは……チョコレートだ。

 地味で無粋な包装紙からして、市販の嗜好品じゃあない。サバイバル実用一点張り――味も見てくれも度外視、ひたすら滋養強壮に意味のある成分を盛り込んだガチの奴だろう。


「腹が減ってはなんとやらとは言うけど、実際重要なのは腹に溜まるかじゃあないわ。むしろ腹に溜まったら邪魔よ。効率良くエネルギーを入れるにはこれが一番」

「……ジュリ、君はガチな奴だな」

「当然じゃない。洒落や酔狂で魔王暗殺なんて企まないわよ」


 まぁ、頼もしい限りではある。


「ほーん、魔王暗殺。大胆な事を考える人間もいたもんだ」


 ……って、ん?


「……誰?」

「ん? 俺?」


 君以外に誰がいると言うのだろう。


 いつの間にか、僕とジュリの間を取る様に立っていたひとりの青年。僕と同じ歳くらいだろうか。

 下半身にボロ布を巻いている以外は丸出しと言う中々に野性的な装い。緑色の髪に、褐色の肌……全身に入れられたほのかに緑に光る不思議な入墨タトゥーも非常に特徴的だ。

 巷ではほんのり発光する爪装飾用の顔料が淑女の流行りらしいし、それと同じ様なものを入墨タトゥーに用いたのだろうか。


「ちょっとあんた。ここは魔王軍の侵攻地域よ。一般人の立ち入りは禁止されているはずだけれど」

「あー、それなら問題ねぇよ。俺一般人じゃねぇし」


 青年の言葉の直後――銃声が鳴り響い、た……!?


「ちょッ」


 見えない巨大な拳にぶん殴られた様に、青年の体が吹っ飛んだ。

 ジュリが、青年の頭を撃ったせいだ。


「ジュリ!? 何してるんだ!? 人を撃つなんて……! いや、まぁ僕も撃たれたけど、人に弾を当てるなんて!! しかも頭!? 死……」

「人なら良いわね。王令違反者を騎士として裁いただけ。問題になるとしてもせいぜい罰則過剰、騎士としての地位剥奪ののち五年以上一二年未満の投獄……ただそれだけの話で済むもの」

「あは」


 ……!?

 なんで……青年が、笑って、起き上が……、……!?


 信じられない……満面の笑みで笑う青年、その額には銃弾がめり込んでいるが、血は一滴も出ていない。

 皮膚が、銃弾を受け止めているんだ。丈夫……なんて次元の話じゃあない、ジュリの銃は拳銃と言っても最新式、現にここまで、魔物を五匹、すべて一発で仕留めてきただけの威力があるんだぞ……!?


「まず気配が人間じゃない。そして『一般人じゃない』と言うむねの発言もあった。なら魔物、少なくとも魔物にくみしている何かと判断したわ……で、正解みたいね」


 気配って何? 僕には人間にしか見えないんですけど……!?


「いやぁ、思い切りの良い人間は嫌いじゃねぇぜ」


 平然と笑いながら、青年は自らの頭にめり込んだ銃弾を摘んで取り、そのまま摘み潰してみせた。

 …………ぺしゃんこだ、鉛弾を、指二本で。


「ひ、人型の魔物……!?」

「んー……そうなんのかな? どぉなんだろ? 俺らって魔物ってくくりで良ぃのかな? よくわかんねぇや、その辺の細けぇ分類は。まぁでも、名乗るための肩書きと名前くらいは持ち合わせてるぜ」

「肩書き?」

「おう、俺ぁ【王下三魔将】、風谷ふうこくのナウディアー。よろしくサン」

「王下、三魔将……?」

「王サマの体の一部から生まれた、まぁ、魔物の大将? 的な? あー……悪ぃ。俺ぁ頭の出来が悪くてよ。つぅ訳で細けぇ説明は無理だわ。諦めてくれ。とにかく俺の名はナウディアー。それだけは確かだぜ」

「……要領は得ないけど、一応名乗りは返しておくわ。王立騎士団第〇一八特殊遊撃隊長官ジュミリエイル・キャピレーンよ」

「えッ、名乗るの?」

「敵が名乗ったら名乗り返すのは騎士の作法。仕方無いわ」


 そ、そうなの……?


「じゃあ……僕はローランド・モンテスギュル……です」

「あーはいはい。ご丁寧にどーもサン。ジュミちゃんにローくんね。律儀にサンキュー。気に入ったからテメェらは殺さねー」


 ……気に入らなかったら殺すつもりだったのか……あ、まぁ、そりゃあ魔物だし、そうか。


「ただ見逃す代わりと言っちゃアレだけど、ちょいと質問に答えてくんない? 実は探しモンしてんだよね俺」

「……良いでしょう。質問を許可するわ」


 弾が切れたからか、手に持っていた拳銃をホルダーに戻し、コートの内から別の拳銃を取り出しつつ、ジュリがナウディアーに許可を出した。

 少し意外に思えたけれど、よくよく考えれば合理的だ。

 僕達の目的は魔物の殲滅じゃあない。魔王暗殺だ。ここでナウディアーと無理に戦闘をする意味は無い。

 ナウディアー側も見逃すと言っている以上、その提案を受け入れると言う考えには賛成だ。


「ほいほい、んじゃあ」


 そう言うと、ナウディアーは右の掌を見た。

 おそらく、そこに探し物とやらをメモしているのだろう。


「えー……『すとらふぃんぺらとる、を討った、せーけんざいふりーと』……って知らね? それを持ってる奴を探してんだけど」


 ………………………………。


極竜魔王ストラフィンペラトルを討った聖剣ザイフリート?」

「おう! それそれ。知ってんのか!?」


 知ってるも何も……


「……ちなみに、その聖剣の持ち主を探して、どうするおつもりで?」


 ……いや、人類の敵が、人類側に伝わる伝説の武器とその持ち手を探している理由なんてほぼほぼ予想はつくんだけれども、一縷いちるの希望を持って聞いてみる。


「ん? 決まってんジャン。ボコる」


 わぁ、すごくハツラツとした笑顔。

 事情が事情なだけに僕は笑えないが。


「鍔が無くて刃がふっとい剣らしいんだよ。んで、すげぇ昔の剣だから、柄も相応にボロボロだろうってヴティアが……ん? ところでローくんよ。テメェが腰に差してるその剣、なーんか俺の探しモンの見た目にぴったしどんぴしゃじゃ……」


 ヤバい、気付かれた!? と思った瞬間、銃声が連続した。

 相変わらずの即断即行、ジュリが両手に拳銃を構え、ナウディアーへ向けて乱射したのだ。

 一体拳銃を何丁携帯してるの君、と言う疑問は今は置いといて……


「チッ」


 ジュリの舌打ちが示す事。決まっている。


 ナウディアーに、銃弾は効かない。

 着弾の衝撃で体を薙ぎ払う事はできても、その皮膚は僅かにも穿てない。つまり、絶対に致命傷足りえない。


「おうおうおう……いきなり派手ジャン」


 体中にめり込んだ銃弾を払い落としながら立ち上がったナウディアーの表情は、笑顔。先程までよりも数段濃い。すごく、すごく楽しそうだ。

 まるで、必死に探していた玩具を見つけた子供の様な、そんな無邪気な笑顔。


「でも、その反応はぁ~……ははッ! ツイてんねぇ。頭は悪ぃが運は良いって事だわな。帳尻が合うってモンだ」

「ッ……!」

「ロー、あんたの出番よ。ここまで温存させてあげたんだから、キリキリ働きなさい」

「!」


 確かに。ジュリの銃が効かない以上、あれを倒せるとすれば、僕が持つ聖剣。


「もちろん援護はするわ」


 両手の拳銃を放り捨て、ジュリは更に二丁、コートの内から拳銃を取り出した。


「さぁ、初めての共同作業と行きましょう」


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