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10,聖剣と魔剣


 疾風の如く、とは、まさしくこの事を言うのだろう。


 それが、白馬に変身したブルムハートに乗せてもらった感想だった。

 今まで乗ったどんな馬よりも疾く、僕をここまで運んでくれた。


 おかげで、間に合った。


「……おう……? 何だ、貴様は?」

「ッ……!」


 あれが、極竜魔王ストラフィンペラトル――ファヴニルか。

 当然ながら、話に聞いていた以上に禍々しい。うん、ぶっちゃけ恐い。しかも何あれ、何か紅い岩巨人ゴーレムみたいなのもいる。恐いにも程がある。早く帰りたい。

 って言うか暑いここ。もはや熱い。流石は世界最大級の火山、その火口。


 うん、うん。

 ジュリもこの通り助け出したし、ファヴニルは恐いし、すごく熱い……ここにいる理由は皆無だ。

 早く帰ろう。今すぐ帰ろう。


 お邪魔しまし……


「……ところで、この馬は一体……」

「あ、うん。それは、後で説明するよ」


 ジュリの疑問はごもっともだけれど、この場でブルムハートの素性を明かすのは不義理だろう。

 ブルムハートが僕に協力してくれたとファヴニルに知れたら、彼女の立場は――


「どうも、御嬢さん。日中に交戦した三魔将、ブルムハートです」


 って、思いっきり名乗っちゃったよ。


「! ブルムハート、だと?」

「ヴァハハハ! ほう、相変わらず見事な変化よなぁ。その男は何だ? どうやら聖剣使いと親しい者の様だが?」

「こちらの男性が、真の聖剣使いです。あなたが連れて来いと望んだ存在。ヴティアが連れてきたこの少女は、この男性を庇って嘘を吐いただけの凡庸な少女です」


 ………………あれ?


「……ブルムハートさん?」


 もしかしてなのだけれど、僕、今、ファヴニルに売られそう?


「一旦、降りてください」

「って、ちょッ、わぁ!?」

「きゃあ!?」


 おぶぅッ……ジュリごと、振り落とされた……! って地面あっつぅ!?


「ぶ、ブルムハート!? もしかしてだけど僕はまんまと騙された系なのかなこれ!?」

「ヴティア。貴方は知的な風で、実際かなり、詰めが甘い」


 おう、無視ですか。

 ヴティアとは、あの紅いゴーレムの名前かな。

 察するに、残るひとりの三魔将か。


 ヴティアとやらに話しかけながら、ブルムハートは元の純白ドレス姿の麗人に戻った。


「ただ命令を実行するだけで、主体性を持ち合わせず、自らの意思や思考が薄弱であるが故の詰めの甘さ。生まれたばかりの赤子の様に純朴純粋でありながら、ナウディアーの様な好奇心や童心も持ち合わせていないがための致命的欠陥です」

「ヴァハハハ、それは仕方あるまい。貴様ら三魔将は見てくれと力は立派だが、内面を言えばまさしく生まれたばかりの赤子。我が如く知恵や狡猾さは、後々付けていけば良いのだ」

「ふむ……王は寛大だが、過失は過失。手厳しい指摘だと素直に受け取り、反省しよう、ブルムハート。そして感謝する。正しい聖剣使いを見付けてきてくれた事を」


 ひッ、やばッ……ヴティアがこっちに来る……!?


「逃げる必要はありません」


 ……え?


 何が起こったのか、理解が追いつかなかった。

 ブルムハートがその光る指先で虚空にルウン文字を刻んだかと思った、次の瞬間。


 紅いゴーレムが、吹き飛んだ。


「ご、あッ……!?」

「――ヴァハ?」


 ヴティアの呻き声と、ファヴニルの間抜けな声。

 そして、ヴティアの巨体は真っ直ぐに、夜空へと打ち上げられて星の海へと消え去った。


「彼は殺す必要がありません。王の言う事を聞くだけの男ですからね……どうか、見逃してあげてください。後でナウディアーとまとめて、私がきっちり常識と良識を仕込みますので」

「は? え? ど、どゆ事……?」

「……ヴァハ、ヴァハハハハハハ!! ヴァッハッハッハッハ!!」


 僕やジュリと同じく呆然としていたファヴニルが、突然火山全体を揺るがす様な大笑いをあげ始めた。


「成程! 成程!! 人間にくだらん知恵でも吹き込まれたか、ブルムハートよ! まさか、このファヴニルに謀反むほんとはな!!」

「ええ、そうですね。人間のせいで事務機構的システムチックでなくなったと言われれば、それはまさしくその通り」


 ブルムハートが指を振るうと、ジュリが握っていた聖剣、その刃に刻まれていた封印のルウン文字が砕け散り、消えた。


「さぁ、ジークが選んだ者。聖剣を取り、立ち上がりなさい。貴方も英雄にしてさしあげましょう」

「……は……?」

「この時代においても聖剣ジークは無事、英雄に不足無い人間を探し当てた。……まぁ、性別が生前のジークと同じ男性であるならば、聖剣を扱うには大体不足しませんがね。重要なのは、理由はどうあれ聖剣を携えて邪悪なる者と対峙する舞台に立てる勇気。ただそれだけ……それを私は、貴方に認めた。つまり私は【賭け】に勝った。今度こそ(・・・・)、ファヴニルを殺す。ジークが好んだ妬ましいクソ英雄、あの軟弱男の尻を拭う。そのための準備は整ったのです」

「は、はいぃ……?」


 急にペラペラ喋り出したと思ったら、よくわからない事をつらつらと……


「……何だかわからないけど、ロー。これってチャンスじゃないの? あのドレス女が協力してくれる、聖剣も使える、これなら、魔王を――ファヴニルを殺せるんじゃ……」

「ジュリ、それは無理だ。ファヴニルは……魔剣が無いと殺せない」


 ブルムハートからの受け売りだけれど……


「ファヴニルの鱗には、どんな攻撃も――それこそ聖剣の光も弾いてしまう魔術がかかっている。魔剣ブリュンヒルドが使える魔術を妨害する魔術でそれを封じてからじゃあないと、絶対に殺せないんだ……!!」

「なッ……!?」

「ヴァハ! よく知っているな人間! ………………いや、待て、何故知っている?」


 ……?


「それを知っているのは、我とあの忌々しい男だけのはずだ。人の世に出回っている伝承は聞いた。我の殺し方の仔細しさいは、伝わっていなかったはずだ」


 何を言っているんだ、ファヴニルは……


「そこにいるあんたの部下(ブルムハート)に聞いたに決まっているじゃあないか」

「それこそ有り得ない。ブルムハートは――王下三魔将は、復活してから我の身を分けて生み出した存在だ。だが記憶は共有していない。こいつらとて、以前に我が敗北した状況の仔細は知らないはずだ」


 …………は?

 それって、どう言う……って、ブルムハートが口に手をやって、クスクスと笑い始めたぞ。

 あれは性格が悪い奴の笑い方だ。笑うと言うより嗤うって感じの笑い方だ。


「……ブルムハートよ、何が可笑おかしい?」

「『王の鱗に刻まれた魔術の影響で、私はルウン魔術を授かった』――なんて御粗末な作り話、まさかここまで信じてもらえるとは思わなかったもので」

「……ブルムハート……貴様……貴様は一体、何だ……!? 貴様は一体、我の何から生まれたァッ!?」

「愚かな邪竜の王、お前は自身がかつて、死の際に何をしたかも忘れたの?」

「かつての死の際……? ……ッ……貴様、もしや……!!」

「お前はかつて、最期の足掻きと魔剣ブリュンヒルドを、その身に、その魂に取り込んだ。そして私は、お前の魂を元手に再構築されたその身を分けて生み出された」


 ……! まさか……!


「名乗りましょう。我が真の名は――魔剣ブリュンヒルド。神代の戦士(ジークフリート)を愛し、そして結ばれた戦女神ブリュンヒルデの残照。かつてジークフリートだった聖剣、ザイフリートの伴侶剣つがいにして、無数のルウン魔術を刻まれしひと振りのつるぎ

「…………!!」


 ブルムハートが……魔剣、ブリュンヒルド……もとい、女神ブリュンヒルデ……!?

 え、じゃあ……


「ファヴニル。執念深き哀れで愚かな邪竜。お前は賭けた。成功するかもわからぬ延命措置、僅かな魂の欠片を離脱させ、いつかこの世に再臨し、また邪悪の限りを尽くせる可能性に。私も同じ。逃げ惑うお前の魂の欠片の中に滑り込み、今度こそお前を完璧に消滅させるこの日が来る可能性……我が夫の肝入りであるあの情けない英雄の尻拭いをできる日が来る事に、賭けた。そして勝った。控え目に言ってもざまぁみろ」

「貴様……貴様貴様貴様貴様ァァァーーーーッ!!」

「決する時は来た。いざ、尋常に――まずは【魔術妨害】の術式を喰らえ!!」

「なにッ!? ちょ、待っギャアアアアアアアアア!! クソがァァァア!!」


 うわッ、会話の流れから唐突に、ブリュンヒルデがルウン文字を飛ばした。

 文字列は迅速に、そして容赦無く、ブリュンヒルデの話に律儀に耳を傾けていたファヴニルの全身に貼り付いて行く。


「さぁ、聖剣使い、何をもたもたとしているのです!! さっさと聖剣を取る! 立つ!! 急ぐ!!」

「は、はいぃぃ!! ジュリ、聖剣を!」

「あ、うん」


 ジュリから聖剣を受け取って、構える。


 ――「流石は俺の嫁なのだな」――


 この脳に直接響いてくる声は……ジークフリート!


 ――「ブリュンヒルデがあの程度でくたばるはずがないと踏んでいたのだ」――


 ああ、だから君は、最初に僕に話しかけてきた時、聖剣だけでファヴニルを倒す事はできないとは言わなかったのか。

 ブリュンヒルデがこうして必ず駆けつけてくれると信じて……!


 ――「ん? いや、それは単純に君達の言う魔王とやらがファヴニルだとは予想していなかっただけなのだ。まぁ、陣取っている場所や狙っている国、じわじわとなぶあそぶ様な侵略の手法などの共通点を見い出し、想定はしておくべきだったかも知れんのだな……うむ、やはり俺は生粋の戦士(脳筋)、頭脳労働は向いていないのだな」――


 ……周到でしっかり者のお嫁さんをもらえて良かったね、ジークフリート。

 成程、今のブリュンヒルデの指示がやたらに様になっていたのは、この駄目旦那の尻を叩きなれていたからか……


 ――「うむ、ブリュンヒルデは魔剣になる前からやたらに気が強かったのだ。浮気などしようものならば『正しき教育のため、尿道に刺し込んであげましょう』と馬鹿デカい神の槍を携えて……」――


「無駄話をしないッ!!」

「はいッ!!」

 ――「了解です我が嫁(イエス・マイ・マム)ッ!!」――

「ぐッ!! 貴様らァァァ!!」


 ! 不味い、無駄話をしている間に、ファヴニルに時間を与えてしまった。


 巨竜の口内に、黒い炎が踊る。

 こちらが聖剣の光を放つ前に、焼き尽くして殺そうと言う算段らしい。


 ――「大丈夫なのだな」――


 ジークフリートの言葉の直後、ファヴニルが黒い炎を、いや、黒い光を放出した。


 しかし、黒い光は弾かれる。

 半透明、風によって築かれた、巨大な城の城壁によって。


「これは――」


 ナウディアーが使っていた風のルウン魔術【絶対防風領域パルイーフ・ザーマク】!

 そうか、ナウディアーの魔術はブリュンヒルデが刻んだもの、つまり彼女が貸したものだ。本家本元の使い手であるブリュンヒルデならそれをより強力に使いこなせて当然。


「ここには既に、聖剣ザイフリートと魔剣ブリュンヒルドが揃っています。そして貴方はこの舞台に立った。ならば後は貴方がどんな駄目人間でも、ファヴニルを討てる。防御は任せて、さっさと聖剣ジークを振りなさい。それが貴方の唯一にして最大の役目です」

「チィッ!! 小癪!! ほとほと癪だがッ、致し方なし!!」


 あ、ファヴニルが翼を広げた!!

 飛んで逃げる気か……!? ああ、確かに、僕がファヴニルなら、この状況は詰みだと判断して逃げる。


 ヤバい、急いで聖剣を振り上げて……


 ――「駄目なのだ、普通に光を撃っても、それでは前回の時と変わらんのだな。ファヴニルに復活の可能性を残さず今度こそ完全に殺すには、最大火力で撃っとくべきなのだな。つまりちょっと溜めがいるのだな」――


 そうは言われましても……!?


「何してんのよ、ノロマ!!」


 見かねたのか、ジュリがホルダーから拳銃を抜き取って、発砲。

 本当、射撃の精度がすごい、こんなに汗だくで顔色も悪いのに、ジュリが撃ったたった二発の弾丸は、一発ずつ、ファヴニルの両目を撃ち抜いた。


「ギャアアアアアアア!? 目がァ、目がァァァァッ!?」

「はッ!! 瞼ごとブチ抜いてやったわ!! 本当に魔術妨害とやらが効いてんのね……で、あんたはさっさとしなさいよ!!」

「そうですよ、さっきから呆然と余所事めいて!! 貴方がキーマンだと言っているでしょうがこのグズ!! 穴と言う穴に神の槍をねじ込んでしまいましょうか!?」

「ちょッ、わかっているから!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! 痛い痛い痛い!!」


 ジュリ、銃口で喉仏をグリグリしながらしかも引き金引くのやめてよ!!

 弾切れしてなかったらどうするつもりだったの!? って言うか弾切れしてても心臓に悪いよ!! あとすごく痛いッ!! 発砲直後だから銃口が熱いのも痛い!!


 ブリュンヒルデも、光る指を僕の鎖骨の隙間にねじ込んでぐりぐりするのやめてよ!!

 って言うかせめて一本にしてよ!! 四本はキツいよ地味に激痛だよ!! 指先の光が熱した鉄板みたいに熱いのも痛い!!


 たまったものではないので、二人の手を振り払う動作も兼ね、急いで聖剣を振り上げる。

 ジークフリートの助言通り、少し溜めを……!!


 さて、ファヴニルがのたうち回っている間に完了してくれるか……!?


 ――「フルパワー充填完了なのだな」――


 思ってた一〇倍は早く済んだ。うん、いいねそのユーザーフレンドリー。


「グェェー!! 畜生がァァァ!!」


 ファヴニルが「目の痛みを気にしている場合じゃねぇ!!」と気付いたらしく、翼を羽ばたかせて飛び立った。


 ――「慌てる必要は無いのだな。もう、間に合わせはしないのだ。存分にやれ」――

「わかった!!」


 行くぞ、聖剣ザイフリートの必殺技――


「【栄光よ、邪悪を祓えスヴェート・ヴァスクリッタァァァ】ァァァーーーッ!!」


 聖剣の刃から放たれる、光の轟流。

 邪悪を討ち払う聖なる【栄光】――即ち、悪に対する勝利の光。


 振り下ろした光芒の波は一直線に大地を走り抜け、そして、天へと昇る。


「ひ、せ、迫ってくる!? 光が、あの光がッ! 来ると言うのかァァァ!?」


 天へと駆け上がる一筋の光、その道中には、空へと逃げた邪悪な竜の魔王――ファヴニルの背中。

 目は見えていなくとも、わかるだろう。あれだけの光の轟流が迫ってくれば。


「ふざけるな、ふざけるなァァ!! 我はまだ全く満ち足りてはおらぬ!! こんな所で、滅びる訳にはいぴゃッ」


 王の称号を関する者の最期として見れば、あまりにも呆気なく。

 だが、ただの悪党の最期として見れば、実にお似合いに。


 星の海を目指す一条の光に蹴散らされて、その巨体は爆裂四散した。


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