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血染めの蝶  作者: 結月澪
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無礼な男現る

「いつか、命をかけて守りたいモノができる。か。」


その日の夜、宗次郎は、布団に入った所で天井を見ながら、周助が言った言葉を口にした。


そんなものが本当に自分に出来るのか?


そんな気持ちだった。


そして、考えるのだ。そんなモノが出来たのなら、それは、自分にとって大事な人なのか、それとも、信念という形無い物であるのか?と。


部屋の片隅に置いた、周助から貰った木刀。それを見つめて、少しだけ口角をあげ、目を閉じた。


「明日も、剣術がんばろう。」


自分の木刀で、剣術をする姿を思い浮かべながら、宗次郎は、眠りについたのだった————。



翌日、いつもと変わらない朝を迎えた。


宗次郎は、布団を畳み、身支度を整えた。そして、部屋から出たのだが、黒い影にぶつかり、宗次郎の軽い身体は、ふらりと傾く。


「っと。危ねぇ。」


聞いた事のない声を聞きながら、なんとか倒れずに済んだ事に、ホッとした。


そして、声の主にやっと視線を向ければ、そこには、黒髪を高く結い、切れ長の瞳の男の姿。


「————どちら様ですか?」


気づけば自ら声を発していた。


「あぁ?いや。宗次郎ってのが入った。って聞いたからよ。見に来たんだ。」


と、言い放った男。その男の探し人は、自分である事に驚きながら、名乗るべきか少し戸惑った。しかし、自分の問いとは違う答えをする男に、怪訝そうな顔を向けたのだった。


目の前の男は、一体誰なんだろう?


そう思いながらも、ぶつかった時に腕を掴まれたまま、離してくれない。しかし、倒れずに済んだのは、目の前の男のお陰だ。


掴んだ腕を離してほしいが、助けてくれたのに、離せ!と言うのは失礼だし。


「……あの?本当に、どなたですか?」


とりあえず、もう一度だけ尋ねてみた。


「あぁ?俺の事しらねぇのか?」


知らないから聞いたんだよ。なんなの?この人。


はっきり言って、目の前の男は、宗次郎にとって、苦手なタイプの男であった。自分に自信があると言うか、神経が図太そうと言うか。


第一印象は、そんな感じであった。


「……知らないです。」


無難な言葉を口にして、とりあえず、相手の出方を待つ。


「俺の名は、な。 土方歳三っていうんだ。

————お前は?」


名前を聞いて、自分の名を尋ねられ、宗次郎は、困った。名を名乗るのは、礼儀だが、とりあえず、腕を離さないのは、何故だろう?


「あの。………腕を。」


と、言いかけた宗次郎だが、男の視線は、期待に満ちているように見えた。


「あ、はぁ。沖田、宗次郎です。」


根負けした。目の前の男に。


土方は、驚いた様な目をして、細い腕を引いて、距離を詰める。


「お前が?だって、お前————」


そう、声を上げた土方だったが、


「歳っ?歳!なんだ此処にいたか。」


勝太の声に、ようやく、土方の腕は、宗次郎から離れたのだった。土方が何を言いかけたのか、宗次郎は、知る訳はない。


勝太の姿に気をとられた土方。宗次郎は、その隙を見計らって、その場から逃げ出した。


周助の事は、少なからず信じようと思えた。しかし、勝太を信じる気など全くない。そして、無礼な男にも関わりたくなかった。


「宗次郎っ!」


まただ。また、ああやって怒鳴るんだ。


宗次郎は、自室へと駆け込み、襖を閉めた。今、思えば、あの人にいい印象など初めからない。初めて此処で会ったのも、あの人だったし、姉さんを帰したのも、ーーーーあの人だ。


いつも、ヘラヘラ笑ってるだけ。


兄弟子達は助けるのに、僕を助けてはくれない。


「大っ嫌いだ。あんな人。」


握りしめた小さな手は、血豆だらけ。


————女子が剣術なんかするんじゃありません!



「……さい。」



思い出すのは、家族みんなで過ごした、普通の日常。

家族で笑い、食卓を囲む。そんな日々。


————女子が。


「五月蝿いよっっ!!」



じゃあ、なんでこんな所に、私を捨てたのさ!


此処に来なければ、私は、

————剣術なんて好きにならなかった。


『宗次郎。おめぇ。剣術すきか?』


教えてください。周助先生。大事なモノって、どうやったら見つけられますか?



「……強く、なりたい。」



あんな過去に囚われないぐらいに。

こんな事で、泣かないぐらい、強くなりたい。


そう思った宗次郎は、乱暴に自分の濡れた頬を袖で拭った。


走り去ってしまった宗次郎の背を勝太は見つめ、土方の視線に気づき、表情を変えた。


「……いや。あの子が、宗次郎だ。」

「周助先生の弟子っつうから、どんな小僧かと思ったが、あいつ、女じゃねぇか。」


やはり。気付いたか。

この男は、そういう事には、人一倍鋭い。


「頼む。歳。 この事は、黙っといてくれ!

頼む!この通りだっ!」


土方の目の前に、膝をつき、頭を下げた勝太に、土方は、驚き、顔を上げさせようとする。 しかし、頑なに、頭を下げ続ける勝太に、根負けした。



「言わねぇよ。言わねぇから!頼むから頭を上げてくれ。勝っちゃん!」


「本当か?」


と、さっきの事は、無かった事のように勝太は顔を上げた。


やれやれ。と、土方は、近くの縁側に腰を下ろす。


「んで?なんで、そこまですんだよ?」


勝太は、立ち上がり、膝についた土を落としながら、土方の言葉に耳を傾けていた。


「なんで?なんでって。そりゃ、行く場所が、無くなっちまうじゃないか。折角、剣術が好きになったのに。」


「男のナリで、ずっと過ごす事になっても、そっちのがいいってか?」


「………。まぁ。どっちにしろ、酷な話しだがな。」


土方は、ため息を吐き、


「まぁ、勝っちゃんらしいけどよ。」


と、腰を上げた。勝太は、土方を見て、首を傾げる。

「歳?どこ行く気だ?」


そう言えば、土方は、振り返った。


「あぁ?あいつ、剣術好きなんだろ?だったら、手合わせぐれぇしようかな。ってな。」


勝太は、それを聞いて苦笑いした。


「それに、勝っちゃんが頭下げるぐらいなんだろ?あいつ。」


その言葉に、ゾッとした。


「おい!歳!」


土方は、何か勘違いをしてないか?

そう思った時、土方の姿は、目の前から居なくなって居た。



目を乱暴に拭った後、宗次郎は、耳を疑った。


「おーい。宗次郎っ!」


無礼な男、土方が自分を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。

そして、その声は、明らかに近づいてきていた。


「なんなの?あの人。」


自分に、なんの用事があるのだろうか?そんな事を考えていたら、目の前の締められていた襖が、予告も無しに開け放たれた。


「……え?」


目の前に佇む男の姿に、ただ唖然とした。

口元は、狐を描き、宗次郎を見下す男。それは、さっきの無礼な男、土方で間違いない。


「宗次郎。剣術しねぇか?」


その言葉の後、土方は、ニカッとわらった。


「嫌です。」頭の中で返事をする宗次郎。だが、それを言葉に出来なかったのは、目の前の男の笑顔の所為だ。


一言で言えば、見惚れてしまった。その言葉がぴたりと当てはまる。


土方の手に持った木刀を見て、宗次郎は、血豆が潰れた手を握りしめた。


兄弟子達には、かなわなかった。周助先生の木刀で、目の前の男を倒せたらーー。


そんな、楽観的な考えで、宗次郎は、土方を見て返事をした。


「いいですよ?剣術しましょう。」


勝つか、負けるか、目の前の男の腕前なんて知らない。だけど、無性に剣術がしたかったんだ。



宗次郎が周助から譲り受けた木刀を手にした時、勝太が、ようやく宗次郎の部屋へとたどり着く。


「歳!何をする気だっ!」


土方は、勝太を見て、小さく息を吐き出した。

「何って……。剣術すんだよ。」


「……剣術って。それは、ダメだ!」


宗次郎は、その言葉に俯いてしまう。道場主の跡継ぎが、ダメだと言えば、試合など出来ないことは、宗次郎は、わかって居た。しかし、土方は、宗次郎を見て、口を開いたのだった。


「————勝っちゃん?剣術がやりてぇ奴に、ダメだっつうのは、言っちゃいけねぇんじゃねぇか?

どんな理由があるにしろ、俺は、こいつと手合わせしてぇんだ。」


「————歳。」


「別に、怪我させるつもりもねぇ。だがな。やるからには、本気でやる。それが男ってもんだろ?」


勝太は、悩む。土方は、きっと宗次郎が此処に居やすい様に、そう言っているんだ。しかし、まだ、子どもである宗次郎を土方と手合わせなんてさせていいのだろうか?


なにしろ、ガキ大将であった土方だ。剣術のみならず、喧嘩だって、宗次郎より優っている。


不安は、山積みの状態で、すぐに、「いいだろう。 」とは、言えなかった。しかし、次の瞬間、


「どうして、手合わせしてはいけないか、理由を教えてください。」


いつも、自分の考えなど口にしない宗次郎が、初めて勝太にそう言った。


その目は、


自分は、やりたいんだ。何故、邪魔をするの?


そう言っているかの様な、力強い視線だった。



————勝太、守るという言葉の意味を履き違えるな。


周助が言った言葉が蘇る。


「いいだろう。」


その言葉は、随分簡単に、勝太の口からこぼれ落ちたのだった————。

























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