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血染めの蝶  作者: 結月澪
3/6

手にした木刀の重み

気迫は、確かに宗次郎のが優っていた。しかし、気迫だけでは、勝てる筈もなく、宗次郎の木刀は、床へと叩きつけられてしまった。


勝者は、兄弟子であった。


周助の言い方では、宗次郎が勝つと思っていた勝太は、周助に視線を向けた。彼は、満足そうに宗次郎に視線を向けていた。


「俺が育てた門下生だ。そう易々と勝ってもらっちゃあ、困るんだ。だけどな勝太。 あいつは、大事なモンを知ったな。」


いまだ、宗次郎に視線を向け続ける周助は、何かわかるか?といった表情で勝太を見た。


「………いえ。」


「悔しい気持ちだよ。木刀を振り回すだけじゃぁ、勝てねぇんだ。負けて悔しい。勝ちたい。 その想いがあいつに宿ったみてぇだな。」


宗次郎に視線を向ければ、小さな手を力一杯握りしめていた。剣術の稽古で血豆が出来、潰れ、皮が硬くなってきたその手は、道場に来た頃の綺麗な手では無くなっていた。しかし、勝太は、悲しげな表情でそれを見やる。


「なぁ。勝太。」


周助の柔らかな声色に、耳を傾ける。


「お前は、あの子が可哀想だと思うのか?」


可哀想。勝太の気持ちを代弁すれば、その言葉がピタリと当てはまる。勝太は、口にするのを戸惑いながら返事をジッと待つ周助に「……はい。」そう返事をしたのだった。


「何故だ?」

「………はい?」


「どうして、可哀想だと思う?」


口減らしと捨てられた子供だから?

兄弟子達に、殴られたりするから?


どちらも可哀想だと勝太は、思った。答えようとした時、周助が口を開いたのだ。


「何にも、可哀想じゃねぇじゃねぇか。子は、親離れするモンだ。それが遅いか早いか。ただそれだけの事だろうが。何故兄弟子が、あいつに構うと思う?


あいつが優れてるから。ただの妬みだ。


何が可哀想だ。羨ましいじゃねぇか。

生きる意味を模索できるガキなんて、そう、居ないぜ?」


そうだろう?と、周助は、勝太に言い放った。


しかし、勝太には、周助の言う本当の意味を理解する事は、出来ては居なかった。


「何をしている?勝太。

手を差し伸べるべき時は、今だろ?」

「え?」

「お前が、あいつに剣術を教えてやれ。 」


周助の言葉に驚きを隠せない勝太は、返事をするのを忘れ、ただ、周助を見て、悔しそうにする宗次郎を視界に映した。


あの子を逃す事は、出来ないのか?そう考えた勝太。しかし、逃した所で、あんな子供が、一人で生きて行ける筈がない。だったら、俺が、あの子に剣術を教えてやればいい。生きていく為に。自らの身を守れるぐらいに————。



そう思ったら、勝太の身体は動いた。立ち上がり、足を進めた先には、宗次郎の姿。


「勝太。今は、それが最善の策だろうよ。蝶を生かすも、殺すも、お前次第だ。こりゃ、長生きしねぇとな。」

と、周助は、一人呟いたのだった。





試合の後、僕の前には、道場主である男の姿があった。きっと、哀れんでるんだ。試合に負けたから。だから、手を拳にしてるんだ。


とっとと、その場を去ろう。そう思った。


「宗次郎。」

「なんですか?」


ぶっきら棒に答える宗次郎は、勝太の顔なんて見なかった。目に映すのは、道場の床だ。


「よく、頑張ったな。」


言葉と同時に、大きな手が宗次郎の頭を撫でる。


意味がわからない。負けたのに、頑張った。と言う勝太に、ようやく、宗次郎の瞳は、彼を映した。泣きそうな瞳のまま、笑う目の前の大人。


その姿は、亡き父の姿を思い出す。どこも似て居ないのに。全く違う人なのに————。


何故、自分は、目の前の男に、父の面影を重ねるのだろうか?


————どうして…?


大きな手は、宗次郎の頭をまた撫で始める。そして、気付けば、自分の頬に何かが流れ落ちた。


この人は、違う。父上じゃないっ!


大きな手を払いのけ、宗次郎は、その場を去った。


「宗次郎っ!」


勝太の声が道場に響く。周助は、それを見て、木刀を手に立ち上がった。


「ったく。世話が焼ける。」


そう言って、宗次郎の後を追ったのだった。



「はぁ。はぁ。」

息を切らし、井戸までやってきた宗次郎。濡れた頬を袖で乱暴に拭う。


ーー頑張ったな。


あの人は、父上じゃないのに……。なんで、重なって見えるの?


父上は、もっと格好良くて、凄い武士なんだっ!あんな、あんなヘラヘラしてる人とは、違うっ!


「………悔しいか?宗次郎。」


その声に、宗次郎は、勢い良く振り返った。


「はぁ………っ。周助先生。」


そこに居たのは、周助であった。

『悔しいか?』それは、試合の事であろうと、宗次郎は、口を開く。


「僕、まだ剣術やり始めたばかりですし、負けて当然ですよね。」


そういって、宗次郎は、笑顔を貼り付けた。


「んな事を聞いてんじゃねぇ。剣術をやり始めたばかりだぁ?ふざけるなっ!!」


周助の怒鳴り声に、宗次郎は、貼り付けた笑顔を引きつらせた。


「上手いも下手も、関係ねぇ。

悔しかったか、悔しくなかったかを聞いてんだっ!」


何故、自分は、怒鳴られなければならないのか?わからない。だが、自分の気持ちは、わかって居た。


「————。っ。悔し…かったです。」


やっと出た声は、湿って居た。


「あぁ?聞こえねぇな。なんだって?」


「————悔しかったです。負けたのが………悔しい。勝ちたかった。見返したかった。


————なのに、出来ませんでした。」


宗次郎は、ただ、庭の小石を視界に映す。それは、なぜか歪んで見えた。


「そうか。」


周助の声色は、優しいものへと変わり、宗次郎の前に手を差し出した。


「宗次郎。いいか?その気持ちを忘れるな。

剣術はな。習った期間じゃねぇ。


嘘なんかつかなくていい。泣きたいなら好きなだけ泣け。笑いたいなら笑えばいい。


————お前の周りは、敵ばかりじゃねぇんだからよ。」


驚いた様に、周助を見る宗次郎。その目は、見開かれ、頬は、涙に濡れていた。


「敵と味方の区別ぐらいしとけ。宗次郎。」


「敵と、味方?」


「少なくとも、この道場にお前の敵なんかいねぇよ。」


と、木刀を差し出され、おずおずと、それを手にする宗次郎。


「なぁ。宗次郎?」

「?はい?」


「お前、剣術好きか?」


今まで、周助の笑った顔なんて見た事なかった。しかし、今、彼は、笑顔で自分に問う。


木刀を手に、宗次郎の口は自然と動いた。


「————好きです。剣術。」


「そうか。俺と同じだな。」


嬉しそうに、そう言った周助に、宗次郎の頬も緩んだのだった。


手にズッシリと重みを感じる木刀。道場では、木刀は皆が共有して使う物。自分の木刀なんて無い。


しかし、手にした木刀を本当に、もらってもいいのだろうか?


と、周助に視線を向ける。


「ん?」


「……あ、あの。これ、本当にーーーー。」


「宗次郎。」


優しく名を呼ばれ、宗次郎は、「はい?」と返事をする。


「お前にやりたいんだ。コレを————。」


そう言った後、周助は、迷惑だったか?と、小声で宗次郎に問う。


迷惑なんかじゃない。むしろ、嬉しかったんだ。自分の木刀が持てた事が……。手にした木刀を見たまま宗次郎は、返事をするのを忘れてしまって居た。その嬉しそうな表情を見て、周助の頬も緩む。


「宗次郎。コレで強くなれ。喧嘩なんて馬鹿げてる。そんな強さじゃなく、大事なモノを守れる人間になれ。」


ずっと、木刀に向けられていた宗次郎の瞳に、周助が映る。


「————大事な、モノ?」


「あぁ。今は、何もないかもしれない。それでも、生きて行けば、必ず出会える。

————命をかけても、守りてぇモンってやつにな。」


幼い宗次郎には、そんな自分を、想像する事は、出来なかった。ただ、今は、手にある木刀の存在が嬉しかった。だから、宗次郎は、「ありがとうございます。」そう、礼を言う事に留めた。


嬉しそうな宗次郎を見て、周助は、道場の方向を見た。そこには、ただ立ち竦んで宗次郎を見やる勝太の姿があった。


宗次郎の笑った顔など見た事なかった勝太。木刀1つで、嬉しそうにする彼女。勝太は、自分なりに頑張ってきたつもりだった。しかし、彼女が先に心を開いたのは、周助だった事に、内心驚き、焦りが生じた。


————勝太。お前、あいつの要になれ。


周助の言葉。

あの子は、どうしたら、自分に心を開いてくれるのだろうか?


宗次郎を見ながら、勝太は、そんな事を考えていた。





























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