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血染めの蝶  作者: 結月澪
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試衛館

結局、嫌でも試衛館での生活は、始まった。

勝太が、進めるままに、木刀を持ち、振るう日々。


時間があれば、木刀を振るった。それしか、やる事が無いのが一番の理由だ。


勝太の意に反し、宗次郎の腕前は、なかなかのものであった。他の門人である子供より筋がいい。

必然的に、期待が生まれれば、勝太も、周助も宗次郎に話しかける機会は増えて行く。たった一言であっても、宗次郎と歳の変わらない門人は、面白く無い。


次第に、宗次郎は、嫌がらせをされる事が増えていった。


「やーい!口減らしっ!」そう言って、ごはんをひっくり返すのなんて、いつもの事。ただ、空腹に耐えればいいのなら、耐えるだけ。


何も言わない宗次郎に、次第に調子付く者が続出した。周助も勝太も気付く程に、それは、エスカレートして行った。


ある日の事、偶然勝太が庭へ出ると、宗次郎が突き飛ばされる場面を目撃した。助けに入ろうとした時


「子供の喧嘩に、大人がしゃしゃり出るもんじゃない。」


周助から注意を受けてしまった。しかし、宗次郎一人に対し、相手は四人。喧嘩。で片付けるのは違う気がした。

ギュッと手を握りしめる勝太。


「お前、あいつの何を見てるんだ?

あいつはな、今、戦ってんだよ。自分自身とな。」


訳がわからなかったんだ。その時は……。

「ほら、宗次郎を見てみろ。」


促されるままに、宗次郎に視線を向ければ、俯き、口をパクパクと、開け閉めして居る様が見て取れた。

尚も、宗次郎を蹴ったり、殴ったりする奴らを見れば、きりりと胸が痛んだ。


「いいか?勝太。お前は、あいつを止める、要となれ。」

「かなめ…ですか?」


要…それは、宗次郎の最も大事なモノになれと言う意味。

「今のあいつには、自分では抑えきれないだろうよ。」


周助が言った瞬間、身体を突き刺すような、ピリピリとした殺気が漂ってきた。


周助は、宗次郎を見て満足そうに、ニヤリと笑うのだ。


「あいつは、とんでもねぇ。化け物だ。」


宗次郎の殺気に、背筋を震わせる。こんな感覚は、初めてであった。


兄弟子達を睨みつける宗次郎。二歩、三歩、兄弟子達が後退したのは、その後であった。


要?そんなもんに、なろうとして、なれるものでは無い。心を閉ざした彼女には、今は、どんな言葉でも刃となりうる可能性が高い。周助は、それをやって退けろと勝太に言うのだ。


「あいつは、他の奴と違う。

————立派な剣客になるだろうよ。」


周助は、そう言い残し、その場を去った。勝太の足が動いたのは、その直後の事であった。




武士。そう言えば、聞こえは良いだろう。

しかし、武士には、上級武士、中級武士、下級武士の三段階ある。口減らしに出されたぐらいだ。自分の家は下級武士だろう。


武士。それが何が凄いのだ?普通に家に帰れる君たちのが、よっぽど羨ましい。帰りたいのに、帰れない。

いや。帰ってはいけない。


「やーい!武士の子なのに口減らしっ!」


許せなかったんだ。口減らしと罵り、武士の子なのにと言われた事が————。


ただ、兄弟子達を睨みつけ、殴りかかった時だった。


「辞めなさい!宗次郎!!」


身体を背後から抱き上げられ、止められた。

なんで?どうして僕を止めるの?兄弟子達は、止めなかったじゃない。そうか。僕は、所詮お荷物だから……

だから、この人も僕を悪者にするんだよ。


————僕は、何も悪い事なんて、していないのに!


勝太の腕から逃れた宗次郎は、自室へと、逃げるように駆け込んでしまった。


「宗次郎っ!!」


周助は、物陰からその様子を一部始終見ていた。


「だから、言ったんだ。

子供の喧嘩に、大人がしゃしゃり出るもんじゃねぇ。ってな。勝太。お前も、まだまだ、青いな。」


やれやれ。どうしたもんか。と、周助は、頬をぽりぽりと掻いて、「あぁ。」と、声を漏らした。



「喧嘩が駄目なら、試合をやらせてみるか。」


と、一人呟いた。



周助の提案により、練習試合が行われる事になった。


道場に現れた宗次郎を見て、兄弟子達は、コソコソと影口を叩き、指を指して馬鹿にしたように笑うのだ。


宗次郎は、手をぎゅっと握りしめ、ただ、悔しそうに顔を歪めた。


これは、何の為の試合なのだろうか?


————あぁ。そうか。みんなして、僕を笑いたいのか。口減らし。そう言って。


何度も言われ続け、自分は哀れだとも言われた。


確かにそうかも知れない。

何の為に、生きているのか、どうして、剣術なんかしているのかさえ、わからない。


腹が減っても、食べたいごはんは、床に落とされ、満足に胃にも入らない。ごはんの行き着く場所は、いつも床の上。僕が何をしたって言うの?



未だ、笑い続ける兄弟子達。

それを止めようと、一度は上座に周助と腰を落ち着かせた、勝太が再び腰を上げ様とする。



「どこへ行く気だ?勝太。」


周助に、そう呼び止められ、勝太は、動きを停止させた。


「カナメになれと、言った筈だ。

あいつには、力がある。折角、羽根があるのに、飛ぶ事を知らなければ、ただの邪魔な物体に過ぎない。


助ける。その言葉の意味を————履き違えるな。」


今の勝太には、周助の言った言葉の意味が

よく理解できなかった。


嫌がらせをされている。だから助けたい。では、ダメなのだ。それは、ただの独りよがり。宗次郎は、それを求めてなんて無いのだからーー。


羽根がある。羽根とは、才能か?では、飛ぶとはなにか。



お前には、わかるか?勝太。


宗次郎には、羽根がある。

蝶の様に、綺麗な羽根がな。


















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