序章
————僕は、捨てられた。
ねぇさんに、捨てられたんだ。
預けられたのは、【試衛館】
ボロボロの道場。そこが、今日から僕の住む場所となる。
「おぉ。君が宗次郎か。」
そう言って、近づいてきたのは、この道場主の義理の息子、嶋崎勝太。後の、近藤勇であった。
ニコニコと笑顔を見せる男。
この人が、跡取りとか、こんなオンボロ道場潰れちゃうんじゃない?と、そう思った。
突然、頭を撫でられ、宗次郎は、不機嫌丸出しの表情で、男を見る。
「あぁ。悪い。」
と、離れていく手に、内心ホッとした。
連れてきた女は、深々と頭を下げる。目の前の幼い子どもは、名を沖田宗次郎といい、陸奥国白河藩藩士・沖田勝次郎の子として、江戸の白河藩屋敷で生まれた。武家の生まれである宗次郎は、道場主である周平の内弟子になる事が決まって居た。
「さ、道場の様子でも見てきなさい。」
姉である、ミツがそう言った。
「————はい。姉上。」
その場から、立ち去った宗次郎を悲しそうな表情で見送るミツ。
「ミツさん。あの子は、
————女の子ですね?」
ずっと、ニコニコして居た勝太が、真剣な眼差しで、言い放つ。
「————あの子は、男の子ですっ!」
声を荒げたミツ。しかし、すぐに冷静になり、「すみません。」と、謝罪した。
「あの子は、男の子です。じゃなかったら、此処に、連れて来るはず、ないじゃないですか………。あの子の事、よろしくお願いします。」
深々と頭を下げるミツの目には、涙。
唇を強く噛みしめる彼女に、それ以上の事は、言えなかった。
「…………あぁ。わかりました。」
その言葉が、勝太の精一杯の返事だった————。
カンカンッと木刀が交わる音が響き渡る。
丸い目を、更に丸くして、宗次郎は、道場の中を見て居た。綺麗な肌に、綺麗な手。それは、どう見ても男の子には、見えない。
ミツを見送った近藤は、そんな宗次郎の姿を見つけ、夢中な様子の宗次郎に歩み寄った。
「どうだ?中に入ってみるか?」
その声に、肩を揺らし勝太に、視線を向けた宗次郎。
「姉上は、………帰ったんですか?」
置き去りにされたのか?と、聞かれている様な気分となる。
「あぁ。帰られたよ。」
「————そう。ですか。」
そう言えば、宗次郎の視線は、道場へと再び向けられる。
「アレ、そんなに面白いですか?」
勝太に向けられた問いであろう。アレ。とは、きっと、剣術の事。
「あぁ。楽しいぞ!どうだ?やってみるか?」
ニカッと笑いながら、勝太は、本当に楽しそうに言ったんだ。だからか、少し、やって見たいと思ったんだ。
木刀を振り回した事は、沢山あった。
でも、いつも一人で隠れてやって居た事。見つかったら、酷く叱られた。
————女子がやるもんじゃありません!
そう言って……。
じゃあ、なんで、今頃になって、男のふりをさせてまで、私を捨てるの?
どうして、私なの————?