魔剣になった俺(04)
†††
「ゴーレムめ、この魔王ノエルが相手だ!」
そう言うとノエルは、俺を鞘から引き抜き、両手が燃え盛るゴーレムに向かって走っていく。
ちょっと待て! いや、どう考えたって無理だろ!
俺も、別に剣道やフェンシングの経験があったわけじゃない。けど、明らかにノエルの動きは子供が武器を振り回すだけのそれで――素人丸出しなのが、素人にもはっきり分かる。
(いいから下がってろって! 慣れない刃物振り回すとか、危ないから!)
武器にあるまじき事をガンガン心の中で叫ぶが、ちっとも伝わらない。
「姫様っ!? 危ないから早くお逃げください!」
ケルンは、ゴーレムとノエルの間に割って入るようにし、槍でゴーレムを牽制しつつ、慌ててノエルに逃げるよう言う。
しかし、ノエルは反抗する。
「嫌だ!」
おいこのワガママ娘!
「魔王が、民より先に逃げるなんて事があってはならぬ! 父上なら……父上なら、絶対に逃げない!」
「ですから、村人達と!」
ケルンは額に汗を流しながら、必死にノエルを庇って戦う。汗は、ゴーレムの発する炎の熱気のせいだけじゃないだろう。
しかし、ノエルはきっぱりと言う。
「ケルンも! 我が民だ! ケルンを置いて逃げたりなんか、絶対にしない!」
……あ、ケルンの涙腺が緩んだ。こっち側に背中を向けているが、気配でなんとなーく分かる。
魔王様、姫様はこんなにも立派になられました……と、呟いている。
(感極まっている場合かっ!)
しかしまあ、俺も思うところがないわけではない。
推測だが、魔王というのは、世襲制なんだろう。
まだ子供といっていい年齢のノエルが魔王を名乗っているということは、先代の魔王、ノエルの父親はもう亡くなっていると思われる。
ノエルは、立派な魔王になるため、一生懸命なんだろう。自力で魔剣を引き抜こうとしたり、今だって、震える足で、ゴーレムの前に立っている。
――いい子じゃないか。
正直、俺をダンジョンから連れ出してくれさえすれば、俺の持ち主は誰でもいいと思ってた。
けど、今は違う。一緒にいたのはほんのわずかな時間だけど、俺はノエルに引き抜かれて良かったな、と思ってしまう。単純だけどな。
しかし、ゴーレムは俺達の事情に構ってはくれなかった。
ゴーレムは、自分のパンチが当たらないとみるや――握り拳を大きく開いた。
(ヤバい!?)
俺と同じことを、瞬間的にケルンも感じたのだろう。咄嗟にゴーレムに背を向け、ノエルを抱きかかえてかばう。
「ぐあっ!」
ゴーレムの掌から、打ち出された炎の塊が、ケルンの背中を焼いた。
「ケルン!」
「くっ……!」
ノエルは涙目で、うずくまるケルンを見た。ケルンは槍をついてどうにか立ち上がるが、今の炎は相当熱かったはずだ。
火傷を負いながらも、ゴーレムを睨むケルン。だが、立っているのもやっとの有り様だ。
「うう……!」
ノエルは、俺を構えてケルンの横に立つ。だが、一歩もそこから踏み出せない。
当たり前だ、ノエルは、全然体を鍛えたことのない少女。威勢はよくても、戦えるはずがない。
――絶体絶命だ。
ゴーレムが、炎に包まれた巨大な拳を、二人を潰そうと振り下ろす。
どうにかならないのか。
俺は魔剣ラグナロク。魔王の手に相応しい、最強武器だろ!?
転生チートとかステータスオープンとか、何かないのか、もうなんでもいい、目の前の敵を――
(吹き飛ばしてくれっ!)
「え……?」
ノエルは、驚きに声をあげる。
俺が強く念じた瞬間――魔剣の黒い刀身が、銀色に輝きだした。
そして、剣を中心に竜巻のように風が渦巻き始め――暴風が吹き荒れる。
風は迫るゴーレムの炎をかき消し、さらに、勢いで巨体をずるずると下がらせる。
何か知らないが――俺、風を操れるのか!?
よし、イケる。ノエル、俺を掲げろ!
「わ、わ、わあっ!?」
俺は風を操り、ノエルの周りに上昇気流を発生させた。ノエルは半ば俺に引っ張られるようにして、俺を高く掲げる。
(いくぜ――『真空刃』っ!!)
心の中で叫んだのは気分だ。
銀色の風の刃が黒く輝く剣から次々生み出され、ゴーレム目がけて飛ぶ。
ゴーレムの固い胴体には、風の刃はかすり傷程度しかつけなかったが――そのうちの一つが、ゴーレムの足の関節に入る。
固いゴーレムも、パーツの繋ぎ目は弱いらしい。ゴーレムの右足が、胴体と切り離され――バランスを崩したゴーレムは後ろ向きに倒れて、動かなくなった。
「い、今のは一体……?」
ノエルは呆然としている。
ふっ、つい調子に乗って少年漫画のごとく、技名など叫んでしまったが、まあどうせ今の状況が中二感満載なのだ。
見たか、ゴーレムよ! これが異世界の方程式「友情・努力・勝利」なのだ!
……うん、何か色々すっ飛ばして勝利をもぎとったが、努力に関してはノエルが頑張ったのだから問題ない。
友情は、これから育むさ。ノエルに俺の声が聞こえない以上、一方的かもしれないが。
よろしくな、ノエル。