エピローグ:俺と妹が転生した世界は
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魔王城の執務室にて、美しい少女が、従者や宰相達と共に仕事をしていた。
彼女は次から次へと渡される書類に目を通し、サインをしていく。
「これはどういう意味なのだ?」
「そんなことをして、民に負担はないのか?」
まだ年若い魔王は、側近に政治の様々なことを尋ねながらも、しっかりと自分の意思で政務を執り行う。
そんな魔王ノエルの成長を、側近のケルンは噛みしめていた。
「魔王様――少し休憩に致しましょうか」
「うむ、そうだな……もうじき人間の使者が来る。我は少し休んで応接間に向かうから、彼らのもてなしの準備をしておいてくれ」
「かしこまりました」
ケルンは礼をし、部屋を後にする。
侍女を一人残し、宰相達も執務室を出ていった。ノエルはふう、と息をつき、椅子の背もたれにもたれかかって独り言を呟く。
「忙しいが――これは我の望んだことだからな」
ふと、壁に飾られた漆黒の剣に目をやる。
もう語り掛けてくることのない剣は、魔王の執務室で大切に保管されている。
魔剣を手に、あの戦いに臨んだのは、もう二年も前のことになる。
あれから、被害を受けた街や村の復興、戦死者の家族への保障など、魔王としての仕事は山積みだったが――二年経った今でも、ノエルの仕事は減るどころか、増える一方だ。
ラプラスゴーレムの件をきっかけに、魔族と人間の和解を推し進めているからだ。人間の王との対話は、まず成功したといえる。双子水晶を介した会議も頻繁に行われ、徐々にではあるが、国交を持ち始めている。
もちろん、両者の溝は簡単には埋まらないが、ノエルには頼もしい協力者がいる。
ノエルは客人を迎える服に着替えると、応接室に向かった。
「魔王様。ご無沙汰しております――」
人間の使者――セラとキースが恭しく礼をするが、ノエルはそれを遮った。
「ここには我らしかいないのだから、いつもの通りにしてくれ。今は休憩中なのだ」
ノエルが笑顔で言うと、セラとキースも笑顔で答えた。
「そう? じゃあ、ノエル。久しぶり」
「久しぶりっす!」
魔族と人間の対立、特に民衆の感情面においての溝は大きい。
それを埋めるために動いてくれているのが、人間の勇者であるセラと、その護衛兼、参謀役であるキースだ。
聖剣に選ばれた勇者のセラは、人間にはもちろん、ゴーレムから魔族の村を救ったことから、魔族の間でもそこそこの人気がある。
セラは平和の使者の象徴として、人間と魔族の間を行き来したり、地方を回ったりしている。
「僕はまあ、田舎者だし、政治のこととかはよく分からないけど、みんなが仲良く暮らせる世界を作るためなら、ノエルやキース、王様に協力したいんだ」
「そのためなら、きれいな顔も最大限利用するって、セラもしたたかになったっすよね……」
「キースがそうしろって言ったんじゃないか」
共に同じ和平という目的のために活動する仲間として活動しているうちに、互いを信頼できる親友と認めたセラとキースは、困難な旅もどこか楽しそうにしている。
セラの腰には、勇者の象徴である聖剣が提げられている。聖剣もまた、以前のように語りかけてセラを助けることはなくなったが、セラは頼もしい仲間と、自身の能力で旅を続けていた。
「あれから二年――遺跡地帯の片づけも終わって、時々、交流のバザーが開かれるし、国の通行証を持っていれば自由に行き来できるようになったね」
「うむ。皆のおかげだ。これからもよろしく頼むぞ」
セラは目の前の少女に微笑む。
この少女が、魔王として新しい時代を築くために、必死に努力してきたことを、知っているからだ。
その時――応接室の扉が、勢いよく開かれた。
セラ達はそちらの方を見る。
そこにいたのは、白っぽい銀髪に金の瞳をした美少女と、漆黒の髪に銀の瞳をした美しい青年だった。
†††
「えええっ、もうお茶会始めちゃったの!? せっかく私が甘いもの好きなノエルちゃんのために、ハワイアンパンケーキを再現したのに!」
妹の伊織が、巨大なパンケーキの上にてんこ盛りの生クリームを積んだものを、みんなの前に勢いよく置いた。
セラ、キース、ノエルは驚いて振り向いた。
「そ、それ食べ物っすか?」
「そうだよ! お兄ちゃんと生クリームを必死に再現したんだから! ささ食べよ食べよ!」
「……最近ケンゴとイオリが、城の厨房で何やらしていると聞いたが、これを作っていたのだな」
ノエルに聞かれ、俺はああ、と応えて頷いた。
「えーっと、材料的には問題ないと思うんだけど、例によって味見は誰もしてないんだよ。てなわけで、キース、食え」
「何で俺っすか!?」
えへへー、と伊織はキースの隣に座って、切り分けたパンケーキをキースの口に運ぶ。悲しいかな、美少女にあーんをされてはキースは逆らえない。
一気ににぎやかになったお茶会に、ノエルが楽しそうに笑う。
今日はノエルがたまに見せる、年相応の笑顔が見れたと、俺は内心ガッツポーズをするのだった。
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セラは、ロイバンシュビッチに向かって尋ねた。
「頼みは分かりました。では、提案とは?」
「ああ。封印の器を、変更しないかと思う」
そうして、ロイバンシュビッチが抱えてきたものを見て、俺達は驚いた。それは、シャデラリーゼルの体だった。目を閉じたまま動かないが、その傷は全て修復されており、ただ眠っているだけの少女のようだった。
ラプラスの魂を封印する時に、俺達がロイバンシュビッチから受けた提案とは、ラプラスを封印する魂の器に、魔剣と聖剣ではなく、二つの人型のゴーレム――シャデラリーゼルとロイバンシュビッチの体を使わないかということだった。
「お前たちは前世では人だったのだろう。お前たちはこれから、永遠を――長い時を生きなければならない。であれば、剣の体であるよりも、作り物とはいえ、人に近いゴーレムの体を使っていた方がいいだろう」
確かに、シャデラリーゼルの魂も、ロイバンシュビッチの魂も、ラプラスと同一化して眠ることになる以上、二つのゴーレムの体は魂の抜けた抜け殻になるし、オリハルコン製のゴーレムであるということは、魂封印の器としての条件も満たしている。
「どちらがどちらの器に入るか決めてくれ」
そう言われて、俺と伊織は迷わずにそれぞれの新しい体を選んだ。
当然、前世で男だった俺がロイバンシュビッチ、女だった伊織がシャデラリーゼルの体だ。
そして封印は行われた。
黒髪の美青年のゴーレムには、ラプラス達の魂の半分と、それを封印する俺の魂が。そして白髪の美少女のゴーレムには、ラプラス達の魂のもう半分と、妹の魂が入っているわけだ。
代わりに、俺達の魂が抜けた魔剣と聖剣は、魔道具としての性能はあるものの、ただの剣になる。
「わあ、すごい! 体が動くよ!」
「おお……ってか、これが俺の体か……」
封印が完了した後、目を覚ました俺達は、久しぶりに感じる人の体の感覚――自由に体が動く感覚に、驚いた。
伊織はぴょんぴょん飛び回り、俺は手を握ったり開いたりしてみた。本当に金属製とは思えないしなやかさだ。
「――本当に、ケンゴなのだな?」
「イオリ……ですか?」
急に話し方や表情が変わった二つのゴーレムに、ノエルとセラはやや戸惑ったが、話すうちに、俺達の人格を確かに感じ取ってくれた。
「……そういえば、僕は魔剣様と話すのは初めてですね。改めて、セラです。イオリには大変世話になりました」
「あ、改めてよろしく。伊織の兄の健吾だ。俺も健吾でいいよ」
「ノエルちゃん、私が伊織だよ。お兄ちゃんがお世話になってます!」
「え、あっ、こちらこそ……」
そうこうしているうちに、人間軍と魔族軍が、俺達のもとに駆け付けた。
「魔王様! ご無事ですか!」
「セラ! 一体……!」
ケルンやキースに、俺達は手を振って答えた。
一瞬、シャデラリーゼルの姿をしている伊織を見て、ケルンやキースは顔を強張らせたが、伊織が笑顔で手を振ったのを見て、すぐに別人らしいと察したようだ。
そして俺達――魔王と勇者、魔剣と聖剣は、皆の前で固く握手をした。
「魔王ノエルの名において、ここに全ての戦いの終結を宣言する――!」
それは、人々が未来を勝ち取るためにゴーレムと繰り広げた戦いだけでなく。
長く悲劇を起こしてきた、魔族と人間の戦いも含まれていた。
†††
で、それから俺達は魔王城にご厄介になっている。
最初は、間違っても俺達の器が壊れて、ラプラスが復活したら大変なので、俺達をそれはもう、城の奥で大事に大事に扱う方がいいのではないかという話になったのだが、オリハルコン製の体が簡単に傷付くわけもなく。
魔剣と聖剣をちゃんと管理した上で、俺達が兄妹喧嘩さえしなければ、オリハルコンが壊れることもないんじゃね? という結論に達してからは、自由にさせてもらっている。
妹の伊織は「美少女に転生した上に年も取らないし肉体も最強! チート転生!」と言っては、このゴーレムライフを堪能している。
世界をふらっと放浪してきたり、ノエルのお使いで人間国に行ったり、気まぐれでセラやキースの旅についていったり、気まぐれに俺達と魔王城でまったりしたり。
シャデラリーゼルだった時はほぼ無表情だったからあんまり思わなかったが、伊織の器は相当な美少女に作られているので、笑うと本当にかわいい。
最近では、その容姿を活かして、こっそり人間の国でアイドルをやってると聞いた時、俺は目眩がした。
そして俺は、ノエルの補佐役として魔王城にいる。
まあ、平凡な高校生だった俺は、知識チートなんか発揮できるわけもなく、政治にはほぼノータッチなんだが、ノエルの弱音を聞いたり、根を詰めて働きすぎの時に休憩を促したり、それでも休憩を取ろうとしないノエルを背負って無理に旅行に連れ出してみたり(後で怒られた)――そういう形で、ノエルを支えている。
何たって、俺は魔剣――魔王の懐刀だからな。
「むぐぐぐぐ……あ、甘いっす。甘くて美味しいっす」
「本当? じゃあ僕たちも食べようか」
「うむ、今日の菓子は美味しそうだな!」
「毒見に使うなんてひどいっす!」
わいわいとパンケーキを切り分けるノエル達を見て、伊織がガッツポーズをしたので、俺もサムズアップで答える。
ふと、伊織が俺の隣に来て話しかけた。
「ねえお兄ちゃん、私さ、RPGではエンディング後の世界のあるゲームが好きだよ」
「ん?」
「ほらあ、ラスボスを倒した後の世界を見れるタイプのやつ。ラスボス倒してエンディング見たら、ラスボス前直前に戻ってから裏面がスタートするのも多いけどさ、なんか主人公たちに感情移入した私としては、世界が暗黒直前になってるところにまた戻るの好きじゃないんだよね」
「あー」
前も言ってたな、そんなこと。
「物語は、そしてみんな幸せに暮らしました、の後が大事なんだよな」
「そうそう」
これから先、俺と妹はこの世界の物語をずっと見守り続けていくんだろう。
ハッピーエンドの、その先を。
それはとても、楽しい日々になりそうだった。
人もすなる「異世界転生」といふものを、自分もしてみむとてするなり。
小説家になろうにて、始めて「異世界転生」なるジャンルを知った私。
よし、自分でも「異世界転生」を書いてみたい!
そんな思いつきで、構成もそこそこに、ノリと勢いで書き始めたのが本作です。
前作の『青空の冒険者』が、広い世界を、主人公達が個人的な事情で動き回る話だったので、今回は、狭い世界にて起こる世界の危機を巡って、駆け回る話にしようと思いました。
少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。
お読みいただき、ありがとうございました。




