最後の戦い(04)
†††
砂埃を上げて、地面に叩きつけられたロイバンシュビッチは、すぐに立ち上がり、空に向かって、再び跳躍した。
上空で、激しい光が生まれ、キラキラと、ガラスの欠片のようなものが落ちてくる。それは、破壊されたラプラスゴーレムの欠片だった。
ひときわ大きな欠片のうち、目を閉じた女性の頭を、ロイバンシュビッチは、空中で抱くように受け止めた。
「シャデラリーゼル……独りにして、済まなかった」
戦いの最中、ラプラスに対抗するべく生み出されたシャデラリーゼルとロイバンシュビッチの魂には、感情というものが付加されていた。
ただ、効率と合理性だけを追及した存在であれば、それはラプラスと同調し、第二・第三のラプラスとなるだけであったからだ。
それがシャデラリーゼルの中に孤独と絶望を生み、ロイバンシュビッチの中に愛情と喪失を作り出した。
もう二度と応えない片割れの魂に、ロイバンシュビッチはそれでも語り掛けた。
†††
(危なかったねえ……)
(本当だな……)
俺は風を操り、伊織は結界を操り、ノエルとセラの二人を守りながら、ゆっくりと地面に下りていた。
「もう少しで、我らまで砕け散るところであった……」
「ははは……。」
互いの渾身の一撃は、ラプラスを壊してもなおオーバーキルで、激しくぶつかり合ってしまった俺達は、お互いに相手の使い手を倒してしまうところだった。魔王と勇者の共倒れなんて、洒落にならない。
「ノエル、顔色が悪いけど、大丈夫……?」
「う、うむ……」
ノエルの顔は若干青白い。乗り物酔いだ。あれだけ空中で上下左右に揺さぶりまくって、吐かなかったのが素晴らしい。
「セラこそ、ボロボロではないか」
(そうだよセラ……傷だらけだし、服もボロボロ)
だなあ、セラの負傷は激しい。あちこちに傷を作って、血を流して、破れてボロのようになった服を着ている。
(きれいな顔に傷を作っちゃって……てか、その恰好は俺が見てられないぜ……)
(……あ、あのさ、お兄ちゃん。セラは男の子なんだ)
(な、なんだとお!?)
俺がいきなり声を上げたから、ノエルはびくんとした。
「急にどうしたのだ、ケンゴ!?」
(い、いや、セラって男だったのか!?)
「え、ええ、ええええ!?」
ノエルもまたびっくりした声を上げる。セラはきょとんとした。
「……何か?」
そうか……俺の声は、互いに共鳴している伊織には聞こえているし、「心運びの石」の効果で、ノエルには聞こえているけど、セラには聞こえてないのか。同じく、伊織の声もノエルには聞こえてないわけだ。
(いやあ驚いた。マジで? マジでセラって男なの?)
(うん、そうなんだよ。でも、別に本人もわざとやってるわけじゃないの)
「あ、あの、我の手を、その……!」
(あ、ノエルちゃん可愛い。顔赤くなってる)
(申し訳ないけど、さすがに俺達も疲れたから一まとまりで能力を制御したい。地面に下りるまでノエルはセラと手を繋いどいてくれよ)
「あの……なんか、僕の聞こえないところで、内緒話をしてません?」
そんな風に、さっきまで世界の命運をかけて戦っていた思えないような――魔王と勇者という組み合わせとは思えないような――ほのぼのとした会話をしながら、俺達は地面に下り立った。
地面では、ロイバンシュビッチが俺達を待っていた。
「――では、ラプラスの魂を分割し、封印する」
「魂の分割って、どうやるんですか?」
セラが尋ねると、ロイバンシュビッチは簡単だと言った。
「オリハルコンの剣である魔剣と聖剣であれば、魂をも斬れる」
(魂を斬るって、なんか妖刀みたい……)
伊織が呟く。まあ、今更だろ。
「魂の分割後、器に導く。その後器に対して再起動を要求し、固定化および、上位の魂による封印――」
「…………。」
ノエルとセラが困惑した様子で顔を見合わせた。俺と伊織も、表情こそないが困っている。
(や、難しいこと言われても分かんないんだけど……)
(ラプラスを最初に封印した古代と違って、魔法の知識が失われているからな……)
何なんだよ、再起動の要求って。
「――それらの魂の制御は俺がやるが、それについて、頼みと、提案がある」
「何なのだ?」
ノエルが尋ねると、ロイバンシュビッチは、自分の胸に手を当てた。
「俺の魂を、ラプラスと共に封印してほしい」
「え? そんなことしたら……同化しちゃうんじゃ?」
そうだ。人工の魂同士は、同化してしまうから、封印に使えないと言っていた。現に、シャデラリーゼルの魂はラプラスのそれと同化している。
「だからこそだ。……。シャデラリーゼルを、一人にしたくない」
「……本当によいのだな?」
「ああ。俺もまた、シャデラリーゼルを失くしたことで、いつこの心が壊れてしまうとも分からない。このまま存在し続けるのは難しい……永遠に消滅しない俺がいつか狂う前に、封印を頼む」
俺達は相談の末、ロイバンシュビッチの頼みを受け入れた。
それをセラが代表して伝える。
「頼みは分かりました。では、提案とは?」
†††
ノエルは、今までの旅路を思い返していた。
城の奥で、ただ飾り物の姫のように扱われており、無力と無知を思い知らされていた日々。封印されている魔剣を持ち出すために、代理の者が行くべきという城の者達を説き伏せて、自ら魔王である証が欲しくて、ケルンを連れて旅だった日。
偉大な王だった父の言葉を心の中で唱えて、恐怖に震えながらも、敵の前に立った。常に、父であればどうするかを考えながら、魔王らしく振舞おうと背伸びをした。
人間であるセラや、魔族と人間の間の子であるキースとの出会いは、ノエルの人間に対する考え方を変えた。
魔族と人間の戦いの真実の前に、戦いは避けられないものなのか、不安で胸がいっぱいになった。
魔剣が折れてしまった時、自分の無力さを思い知らされた。
魔剣に宿っていた魂は――ケンゴは、ずっとノエルを見守ってくれていた。
ノエルのことを、認め、共に戦ってくれた。
ケンゴは、ノエルのことを「持ち主で良かった」と言ってくれたが、ノエルこそ、魔剣に宿っていたのが、彼で良かったと心から思う。
「”魂の座標固定。個体ロイバンシュビッチの魂の抽出を実行。確認。同個体を起点とした、個体ラブラス、および個体シャデラリーゼルの魂との結合を実行。確認。――個体、魔剣ラグナロク、および個体、聖剣エクスカリバーの能力による分割を実行”」
セラは、ロイバンシュビッチに教えられた呪文を、一言一句間違えないようにと、少し緊張した様子でゆっくりと唱える。
がくり、とロイバンシュビッチが、糸の切れた人形のように力を失って項垂れた。自分の持つ魔剣と、向かい合うセラの聖剣が、それぞれ、銀と金の淡い光を帯び始める。
(ありがとう、ケンゴ)
(――ん?)
ノエルは心の中で呟いた。返事が返ってきた。
(世界を救ってくれて……私を、助けてくれて)
(……まあな)
ちょっと照れた、若い青年の声が答える。
(……っと、そろそろ……じゃあ)
(……うむ)
セラの呪文の詠唱は続いている。
「――”魂の定着先を指定。個体ロイバンシュビッチに魂の制御権限を移行。封印を開始”」
ふわり、と剣が軽くなったような気がする。それと同時に、プツリ、と糸が切れるような感覚と共に、ずっと剣から感じていた、気配のようなものが消えた。
そして、魔剣と聖剣は、輝くのを止め、元通りの黒の剣と白の剣に戻った。
あまりにあっさりとした終わりに、ちゃんと封印ができたのかどうか、セラとノエルはやや不安になって、相方の名前を呼んだ。
「――イオリ? あの……封印って、うまくいったのかな?」
「ケンゴ、返事してくれないか?」
二つの剣は、沈黙したままだった。




