最後の戦い(03)
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膨大な知識と情報の奔流に流され、シャデラリーゼルの意識は、少しずつ溶けていた。
ラプラスにその知識を供給しながら、シャデラリーゼルは今までの記憶を全て再生していた。
――私は、ずっと戦ってきた。
ラプラスの封印のために、魔剣と聖剣に魂を供給する。
そのため、シャデラリーゼルは、魔族と人間の争いを引き起こすため暗躍してきた。
争いの火種となる事件を起こし、煽り、そして、争いが始まってからは、二つの勢力が拮抗するよう働きかけてきた。
どちらかが争いに勝って片方を滅ぼしてはならない。もしくは共倒れになって人々が滅亡しては元も子もなかった。
誰もが戦いの始まりが何だったかなど、忘れてしまうような、長い長い時を、シャデラリーゼルは、争いを見守りながら、存在し続けた。
今日も、シャデラリーゼルは、遥か上空から争いを見続ける。
気の遠くなるほど争いを見続けてきたが――その光景は、いつまでも変わらなかった。
愛する人を守る、仇を取る。もはやシャデラリーゼルが手を加えなくても、ひたすら続く争い――。
血を、涙を流す人々。
(……愚かだ)
これ以上、終わらない、変わらない悲劇を見続けなくてはいけないのか。
こんなことなら――ラプラスが人々を滅ぼしてしまった方が、ずっと良かったのではないか。
(――もう、もう止めて)
振るわれた剣が、また新たな命を奪ったのを目の当たりにした時――シャデラリーゼルは、使命を放棄した。
†††
『滅んでしまった方がいい! もう魔族と人間は争い続け、救いようがない! 変わらない争いを見続けるのは、もう――!』
「シャデラリーゼル!」
ロイバンシュビッチは、その名前を呼んだ。だが――、
『我が名はラプラスだ! 世界を理想に導く存在!』
ラプラスが手を突きだすと、ロイバンシュビッチとセラは弾き飛ばされ、地面に向かって落とされる。しかし、ロイバンシュビッチは落ちながらも、セラに向かって呪文を唱える。
「反重力の魔法を、譲渡する!」
ロイバンシュビッチの両手から、セラに向かって魔法が飛んだ。それを受けたセラの体は落下を止め、浮かぶが――ロイバンシュビッチの体は真っ直ぐ地面に向かって吸い込まれるように落ちていく。
「……っ、確かに、僕達は、愚かかもしれない!」
セラは、空中を蹴って――ラプラスに向かう。
「僕も魔族を憎んだ――! 故郷を焼いたと思って、魔王を殺したいと思った!」
ノエルもまた、俺の風魔法でラプラスに向かう。
「我も、民を守るために、人間を滅することを考えた! だが――これからは変わるのだ!」
(そうだ、ノエル――世界を変えていくのは、お前の役目だ!)
魔族と人間が争い続ける悲しい時代も、もう終わりにする。
その新しい時代を作る魔王に、心優しい少女は相応しい。
『不可能だ、愚かなお前達には! お前達はずっと争ってきた!』
「変わってみせる!」
力強く、セラが叫びながら突進する。
「何年、何十年かかっても――そのために、僕達は滅びるわけにいかない!」
伊織と俺も、熱に浮かされたように叫ぶ。
(そうだよ、変わっていくの! たとえ少しずつでも、後戻りしながらでも、進んでいくの!)
(そうだ、それが、世代を繋ぐ意味なんだ!)
(一人一人が弱くても、賢くなくても、思いを受け渡しながら進んでいく、それが――)
それが、人が魔道具に勝るもの。
(――魔道具にはない、人の強さなんだ!)
凄まじい力が、俺達の内側から湧いてくる。セラと聖剣は太陽よりも眩しく、ノエルと魔剣は月よりも美しく輝く。
俺達はラプラスの魔法を蹴散らしながら、突き動かされたように進む。
それはもしかしたら――平和を願っていた、今まで剣に宿った全ての魂が、力を貸してくれたのかもしれない。
ノエルが真正面から叩き落とすように、セラが背後から突き上げるように、ラプラスにそれぞれの剣を叩きつけたのは同時だった。
両側から凄まじい力が、ラプラスゴーレムに加わり、ラプラスゴーレムは粉々に砕けた。
しかし勢いは止まらず、聖剣と魔剣はそのままぶつかりあう。
激しいエネルギーの塊が衝突したことによる光と風が、大陸中に届くのではないかという勢いで放出される。
†††
地上では、魔族も人間も、固唾を飲んで空の戦いの行方を見守っていた。
「くっ、何も見えない……!」
ケルンは、自分が仕える主の無事を、ただひたすらに祈った。
まだ幼い少女でありながら、立派な魔王であろうとし、その小さな肩に、どれだけの重圧を背負っていたのか、ずっと側近でいたケルンは、誰よりも知っている。
せめて、ノエルが成人するまで、彼女には重荷を背負わせたくなかった。だからこそ、ケルンは自分の主を、姫と呼び、大事に守り育ててきた。
しかし――どうだろうか。過酷な運命に、戦い続けるその姿は、まぎれもなく、王者の姿だった。
「魔王様……!」
金の勇者と、銀の魔王。あまりにまばゆい光を放つため、途中からその姿を確認することができなくなっていた。
分かるのは、それが壮絶な戦いであるということだけだ。
「あっ……!」
光が収まった時、両陣営とも、そこに見えたものに歓喜の声をあげた。
ゆっくりと、二つの人影が、地面に向かって降りてくる。
それは、手を繋いだ、勇者と魔王の姿だった。




