魔剣になった俺(02)
†††
「我は魔王ノエル! 魔剣ラグナロクよ、我を受け入れろ!」
目の前の少女は、そう言い放った。
(魔王? この女の子が?)
俺は自分をつかむ女の子を見る。可愛らしい女の子が魔王……いや、意外とよくあるパターンだから、それはいい。
え、俺って魔剣だったの?
改めて俺は自分の体を見下ろす。シンプルなデザインは、装備したら呪われそうな、禍々しい感じはしない。
しかし、自分が収まっている鞘の中に意識を集中して、よく確認すれば刃の色は漆黒だったし、なるほど、闇属性な感じはしなくもない。
まあ、人の魂とか宿ってるしな……。魔剣っぽいといえば魔剣っぽい。
そして、名前はラグナロクか……。ゲームだと最強武器の一つになっててもおかしくない名前だな。神々の黄昏か……やや中二病っぽい感じもしてむずがゆいが、まあいいか。
さて、ノエルと名乗った少女は、鞘ごと地面に突き刺さってる俺の柄をしっかりと握り、力を込めた。
(よし、魔王! 俺はお前を受け入れるぞ! 早くこの退屈な洞窟から連れ出してくれ!)
「むむ………むうっ……」
力いっぱい俺を引き抜くノエル。しかしノエルは顔を真っ赤にするだけで――……一向に俺を地面から引き抜けない。
……。
ノエルは一旦、俺から離れると――息を整え、俺に向き合い直した。
「……な、何故だ魔剣よ! 何故我を受け入れない……!」
いやいやいや!
俺は君を受け入れる気満々だよ! ただ、君が非力すぎるだけなんじゃないかな!
再びノエルは俺を両手で掴み、一生懸命に引っ張る。
「ふんぬぅ……ううっ」
しかし、幼い少女の細腕には、がっちり地面に突き刺さる俺は引き抜けなかったようだ。
ノエルは泣きそうな表情で俺を見る。いや、そんな顔されても。俺が悪いの?
「うう……お願いだ……。我が、魔剣を持ち帰らねば、人間たちから、民を守ることができぬのだあ……」
ふうむ。話と前世のテンプレ的展開から察するに、魔族は人間と争っているようだな。
俺は元人間なので、やや複雑な気分だが、まあ、この世界の人間ではない。
魔剣に転生した以上、このか弱そうな魔王の武器となるのもやぶさかではない――君が俺を持てればな。
地面から引き抜けないようじゃ、振り回すのも不可能な気がする。
そんなこんなで、俺とノエルが困り果てていた時、俺のいる小部屋に、男がやって来た。
「姫様!」
男は、かなり大柄で、槍を背負い、鎧とマントで武装していた。整った顔立ちの男で、年は……二十代後半ってとこか? ブルーグレーの髪が印象的だ。元の世界ではありえないビジュアルの人々に、改めて異世界に来たことを実感する俺。
「な、ケルン! 魔剣の間には、王族以外は入れぬしきたりだろう!」
ノエルは、男に慌てて言ったが、男――ケルンはノエルに跪く。跪いても、小柄なノエルと同じくらいの位置に目線がある。
「申し訳ありません、姫様。しかし、姫様があまり長く出てこられないものですから、何かあったのではないかと……」
「な、何もない! 今から魔剣を引き抜くとこだったのだ!」
思い切り見栄を張るノエル。
なるほど、お供がいたわけか。よく考えたら、こんな少女が一人でダンジョンの奥に来れるわけないもんな。
ああ良かった、あの男なら俺を引っこ抜いてくれそうだ。
しかしノエルは、「手出し無用だ!」と言い、真っ赤な顔で唸りながら、俺を引き抜こうとする。
おい、ケルン、お前も微笑ましい笑顔で見てないで助けろ。
するとケルンは、自分の嵌めていた手袋を外して、ノエルに渡した。
「姫様、あまり力を入れると、姫様の手が傷ついてしまいます。こちらをお使い下さい」
「む? し、しかしこれは……」
「私は問題ございません」
ノエルは、受け取った手袋をしばらく見つめていたが、やがて、頷いてそれを嵌めた。
そして再び俺に向き合うと――あっさりと俺を地面から引き抜いた。
「おっ? や、やったぞ!」
「さすが姫様。魔剣に認められたのでございますね」
「うむ! よし、早く帰って、皆に見せてやらねばな!」
満面の笑みを浮かべるノエルに、それを慈愛に満ちた目で見つめるケルン。
俺は調子に乗ったノエルにぶんぶん振り回されながら、二つのことを推測した。
まず、あの手袋は、多分、持ち主を力持ちにする、魔法の道具か何かなんだろう。
そして、ノエルがこんなにも非力なのは――ケルンが過保護なせいなんじゃないかと、思うのだった。