私は勇者の武器として(03)
†††
時間は、少し前に遡る。
森の中を疾走する白い影、それを追う黒い影。共に獣を超える速度で森を駆けていた。
二つの影は、一定の距離を保ったまま走っていたが、唐突に白――シャデラリーぜルが足を止める。
追跡していた黒――ロイバンシュビッチは、シャデラリーぜルの前に立ち塞がった。
「何のつもりだ」
「私と貴方の性能は互角。いつまでも走っていても意味はないわ」
「そうではない」
ロイバンシュビッチは、銀の瞳でシャデラリーぜルを見据える。
「何故、ラプラスを封印する使命を捨て、裏切った」
「ラプラスが正しいと分かったからよ」
シャデラリーぜルの口調に、僅かに熱がこもった。
「何?」
「人は儚く、脆く、壊れやすく――必ず死ぬ定めにある。短い時の中で過ちを繰り返し、愚かな存在。私たち永遠の命を持つ魔道具には全てが劣る」
それはラプラスの考え、そのものだった。
「ラプラスは正しかった。完璧な世界に、人など不要」
「――それは違う」
「何故違う?」
シャデラリーゼルは、ロイバンシュビッチに向かって目にも止まらぬ速度で迫り、鋭い蹴りを放つ。
ロイバンシュビッチはその一撃を避けた。
避けた隙をつき、シャデラリーゼルはロイバンシュビッチを突破し、逃亡する。
「……。」
ロイバンシュビッチはあえてシャデラリーゼルを追わなかった。
共にオリハルコン製で、性能の等しい二つのゴーレムが戦えば、相討ちになる可能性が高い。
ロイバンシュビッチがここで壊れてしまえば、ラプラスを封印する術を知る者がいなくなる。
聖剣に続き、魔剣が折れた今、ラプラスの器――ラプラスゴーレムが修理されていれば、魂が自由になったラプラスは復活してしまう。
ロイバンシュビッチは急ぎ、村に戻った。
一刻も早く魔剣を修理しなくてはならない。
†††
キン、キン、キン……と、規則的に金属を叩く音が響いている。
小屋の中には、お兄ちゃんを修理中の黒っぽい人と、セラ、キース、ノエルちゃんがいたけれど、みんな無言だった。……空気が重苦しい。
そこに、鎧を来た男の人が入ってきた。
「姫様。怪我をしていた村人達の手当は終わりました。……彼らには、近隣の村まで歩いて避難してもらいます」
「……うむ」
ノエルちゃんは項垂れる。
「……魔王様。村にはあれだけの被害が出たっすけど、死人は出なかったっす。……奇跡っすよ」
キースがノエルちゃんを慰めるが、ノエルちゃんは首を横に振った。
「だ、だがっ……ラグナロクが犠牲になってしまった! ラプラスというのが復活するのであろう?」
「……これから、どうしよう?」
セラが、意見を求めて周りを見渡すが、キースもケルンさんも黙ったままだった。
……え、えっとね。状況説明をプリーズ?
「方法は一つしかない」
黒っぽい人が言う。全員がそちらを見た。
「魔剣の修理が完了次第、聖剣と共にラプラスゴーレムを破壊し、魂を再び剣に封印する。そして、人間と魔族で戦争を再開する」
――何ですと、戦争の再開?
「……それしか、ないのか? 民を守るには、我が手で――人間を殺すしかないのか?」
ノエルちゃんが俯き、手を握り締める。
いや、ちょっと、何を物騒なことを!
「僕だって――そんな、皆がただ殺されるなんて許せない。人間を守るために戦うよ」
ななな、セラまでー!? ちょっと待とうよ!
私はカッ、と輝いた。近くにいたセラとキースが目を細める。
「聖剣様……」
皆の注目が集まったところで、2回点滅を繰り返す。NOのサインだ。
「戦争は、するな、と仰るのですか?」
ピカッ、もちろん!
「しかし、ラプラスは……」
えーと、だからその、ラプラスって何よ。
困惑を示すために、ピカピカチカチカと点滅を繰り返す。フィーリングで伝わらないかなあ。
そんなやり取りをしていると、黒っぽい人が、急にガバリと立ち上がる。
「――!? 何故、その聖剣が、意思を有している?」
「え、何をそんなに驚いているっすか? ロイバンシュビッチさんだって、意思のある魔道具じゃないっすか」
ロイバンシュビッチは私に近付いてきて、急に私を掴もうとした。驚いたので、反射的に結界で弾いてしまう。
「……。」
うわ、睨まれた。よく見たら、美形な人だな。セラとはタイプが違うけど。
「何故だ? 器が壊れたと同時に、ラプラスの魂は放逐され、元の器であるラプラスゴーレムに引きつけられたはず」
「この剣に宿っているのは、ラプラスではないと思います。ずっと旅をしていましたが、人々を殺そうなんて、そんな意思は感じられません」
セラが言うと、ノエルも頷く。
「ラグナロクもだ。我を守り、優しく慰めてくれた……ラプラスなどという、恐ろしい存在のはずはない」
「では、魔剣や聖剣に宿っていたのは、ラプラスを封じていた人々の魂では?」
ケルンさんの言葉を、ロイバンシュビッチは否定する。
「ありえない。人の魂は、多少の猶予こそあれ、すぐに輪廻転生による霧消が始まる。お前達の言うような、一つの人格を長く宿せるものではない」
だからこそ、ラプラスの魂の封印には常に多くの魂の供給が必要だったのだ、と言うロイバンシュビッチ。
……いや、だからラプラスって?
ロイバンシュビッチは、再度私に近付き、そっと手をかざす。
「確かに――魂を感じる。しかし、異質な――これは一体?」
ロイバンシュビッチの感じている疑問の正体は、わかる気がする。
それは、私がここから別の世界から来た魂だからだ。
「……この魂から、詳しく話が聞きたい。可能か」
私はピカッと肯定したけど、キースは難しい顔をした。
「聖剣さんとは、はい、か、いいえ、でしかやり取りできないんすよ……。詳しく話を聞くのは難しいっすよ」
確かに。イエスorノーでしか意思を伝えられない私は、向こうが考えつく質問に答えるくらいしかできない。異世界なんて概念が、この世界になかったら、私の正体について説明するのは、ほぼ不可能だろうなあ。
うう……モールス信号を覚えたいよう。
すると、ロイバンシュビッチは少し考えた。
「いや、会話をする方法はある。もしかすれば――この魂に、世界を救う方法があるかもしれない」




